第16話ー遺体回収と報酬での買い物ー


 戦場の後始末……なんてものは誰もやりたがらない。

 それも悲惨な結末だった現場ほどだ。

 先日の大侵攻で相当数の人間がドミネーターに殺害され、回収されきれずに残った遺体が本土に敷かれた防衛ライン上に存在していた。

 

 防衛戦線に派兵される兵士の大多数は名もない民間軍事会社の人間などが多い。

 大企業所属の兵士らは、遺体回収部署が存在しているため戦場で亡くなった所属兵士は認識票で判別され確実に回収される。

 そして帰りを待っていたはずの遺族に引き渡されるのだ。


「数日立ってもひどい有様だな」


 方舟外、本土防衛ラインはかつて高層ビル群が立ち並んでいた場所に敷かれている。

 文明が栄え経済活動も活発だったそこはドミネーターの度重なる襲撃により壊滅し、今やおびただしい量のガラスやコンクリート、鉄筋などの瓦礫の山と成り果てていた。


 そんな中にすこし歩けば一人二人と兵士の遺体が転がっているのだから、仕事には困らない。

 

 赤いジャケットにフードを被って顔を隠した男と、拘束衣にグレーのパーカーを羽織らされている、やはりフードで顔を隠した少女が遺体や遺品回収をしている姿は異様な光景だった。


「しどぉ、さっさと動きなさいよぉ」


「良いよな君は。遺品回収するだけでよぉ」


「好きでちまちまこんなの集めてるわけじゃないんだけどぉ。なにぃ? ケンカするぅ?」


 今日で4日目。

 ネロは遺体に触れてしまうとやはりグレアノイド侵食を起こしてしまうため、それを起こさない遺品集めを手伝っていた。

 連日こんな作業をしているためフラストレーションが溜まっているのか、ネロはぶんぶんと腕を振ってしきりにケンカを求めてくる。

 この子は兵器であることを前提に調整されていることもある上に、体内因子状態が安定しており体調も良好になったため体を動かしたいのかもしれないとヒナキは勝手に考えていた。


「なんだよ、そんなにケンカしたいのか?」


「したぁい」


「したいのかよ、やべぇなこりゃ。命いくつ必要になる?」


「だって強いでしょぉ?」


「なんでそんなことわかんだよ」


「んー……なんとなくぅ」


 ネロは箱庭で育ってきたためか、言動はあれだが心根は純粋で素直である。

 考えたこと思ったことがそのまま言葉に出るため、適当な事を言っているわけではなさそうだが。

 

 本格的にこの少女のストレス発散方法を考え始めた時にふと目に入った同業者や企業の遺体回収部署の姿。


 この数日を通してかなりコチラの姿を確認されており、なにやら噂をされているのも認識しているが……まぁあたりさわりないなら良いだろうと気にしないようにしていた。

 ネロも彼らには全く意に介さない態度だったため助かった。


 日の落ちてくる時間になると、企業連が手配している遺体回収車両の荷台に乗って方舟へ戻る。

 遺体のひどい異臭に包まれながら帰還するのもある程度慣れてしまったが、ネロはまだ慣れないらしく眉間にシワをよせてずっと鼻を押さえているようだ。


 都市について遺体を待っている遺族に引き渡す時間がやってきた。

 回収者であるヒナキやネロは立ち会う必要はないのだが、ヒナキはネロの命に対する価値観などを養えるかもしれないと毎日立ち会わせていた。


 遺体袋を開いて泣き出す肉親、家族、特に子供の悲痛な泣き声や物心ついていない子の言葉は辛いものがあった。

 

 当然だが身元が判別できない遺体も多い。

 遺族に遺体すら渡らないこともほとんどだが……。


「この子たちは帰る場所あるのぉ?」


 身元がわからなくなり遺族に引き渡されない遺体に対しネロは言う。


「帰る場所なんてない。燃やされて骨になって土の下か海に撒かれるのか、それだけ」


「……ふぅん」


 ヒナキは死後の世界やら神やら仏やらは全く信じていないためそう伝えるしかなかった。

 だがネロは遺族に引き渡される亡骸と引き渡されもせず焼却処理される亡骸を見比べた時に思うところがあるらしく、何やらすっきりとしない面持ちだった。


「あの時、君があそこで頑張ってなけりゃもっとこんなのが増えてただろうぜ」


「うん、そうかもぉ」


「ただ君が異形化してたら、もしくはあの野郎どもに回収されてたら……これ以上の人間が死んでたかもな」


「……」


 ヒナキのその言葉に対し、何かを言おうとしたがぐっと我慢して言う。


「……助けてくれてありがとぉっ」


「え、いやべつに礼とかいらないって。びっくりした」


「なんなのぉッ!」


「うわあ、ごめんて。ほんと善意の押しつけしたかったわけじゃないんだよ。これから先あんま無理すんなってこと言いたかったんだ」


 顔を真っ赤にして怒り腕を振り上げたネロに対し、両手を突き出してどうどうと宥めてやった。


 今回の仕事を通して、自分が護ってきたものとはなんなのか。

 そんなことの理解を深めてもらえたらなとヒナキは思っていた。

 

 だが、そんな彼の思惑とは裏腹に周りの目は冷たいものだった。


 不審な格好で遺体を回収し金を稼ぐ姿に、遺体漁りスカベンジャーズなどという不名誉なあだ名をつけられていることなんて二人には知る由もない。


 ……。


 事務所に帰ると相変わらず企業連合のビルの一室から遠隔で通信を入れてくるアリアから本日分の報酬の話をされる。

 本日分の報酬は二人合わせて十数万ほど。

 1日で稼げる金額としては破格ではあるが、やはり仕事内容が短期的かつ請け負う人間がいないため適性な価格なのだろう。


 稼いだ金はネットバンクに払い込まれる。

 今は殆ど現金で買い物をすることはなく通信デバイスを通した電子マネーでの買い物となるため財布などを持ち歩く必要はない。


 明日はオフのため、とりあえず着るもの……とくにネロの下着を買いに行こうと言う話になった。

 初日に案内された大型ショッピングモールに脚を運ぶ。


 流石にそこでまで顔を隠していると逆に目立ってしまうため、ヒナキの隣を歩くネロはパーカーのフードを下ろしその美しくかつ愛らしい顔を出していたのだが……。

 

「めちゃくちゃ見られるな」


 多くのテナントが立ち並び、平日午前中ながら人通りがそこそこ見られるショッピングモールメイン通りを歩いているとその少女の容姿は相当人の目を引くらしく、しきりに目線を感じていた。


「……すごぉ」


 当の少女はそんな視線を全く気にせず、初めて近くで目にするキラキラとしたショーケースに目を奪われていたのだが。


「他の人に触れたりしたら駄目なんだろ? 大丈夫か?」


「あたしからわざと触りに行ったりぶつかったりしない限り大丈夫ぅ」


 できるだけ人のいないと聞いていた朝方の時間を狙っていったため、他人に触れたりすることは起きない上ネロの感知能力と身のこなしがあればたとえ故意に触れられようとしても大丈夫だろうと連れてきたが……。

 主に顔とふくよかな主張の激しい胸にいく他人の視線は防げない。


「とりあえずさっさと下着買ってつけないとな」


「どしてぇ?」


「さっきから何回自分のことについて噂されたかわかってるか? とりあえず揺れてるそれ抑えておかないと目立って仕方ないだろ」


「これ目立つのぉ?」


 自分の胸を下から持ち上げるようにするネロに対しすぐやめるように言い、下着を売っている店に入った。

 ……が、販売スタッフが来てお求めのものを話すとネロのカップ数を図ろうとメジャーを出してくるので断った。

 流石に店員にネロの体に触れる可能性があることをさせるわけにはいかない。


 女性販売スタッフは訝しげにしていたが、フリーサイズのものはないかとヒナキから言われたためしばらく考えたあと持ってきたのは黒のチューブトップブラだった。

 試しに試着室でつけさせると、がっつり胸の上半分が零れそうにはなっているがまあ揺れは抑制できそうだったため……。


「これあるだけください」


「か……かしこまりました」


 上は良いとして、下はネロが窮屈なのはいやだと良い布面積が少ない黒のショーツを選び買っていた。

 その後下着以外の普段着も購入したが、ヒナキもネロも現在の流行などを知らず店員にもあまりお世話になりたくなかったため無難なものを数着購入して店をあとにした。


「しどぉ」


「ん?」


「おなかすいたぁ」


「家帰ってレーション食うか?」


 実のところ、ヒナキもネロも現在朝昼晩の食事は栄養価を最適なものに調整されている軍用レーションを主食としていた。

 見た目や味などは二の次である食料であるため、ほぼ無味のカロリーバーを口に放り込んで水で流し込むという食生活を送っていたのだ。


 ヒナキは昔からそれに慣れていたし、ネロは基本点滴やどろどろの液体状完全栄養食しか口にしていなかったため特に文句はなかった。


 だが、このモールに来てどうだろうか。

 所狭しと並ぶ店の中にあるいい匂いがするレストランなどの存在。

 その香ばしいような甘いような香りに鼻孔がくすぐられては興味が湧かないほうがおかしいだろう。


「なにか食べてみるか。何食べたいとかあるか」


「あれがいいわぁ」


 速攻で指を指し示したのはクレープを主に販売している店だった。

 ヒナキはネロを連れていき、メニュー看板から自分が食べたいものを選ばせて購入。

 店頭引き渡しだったためヒナキが出来上がったクレープを受け取りネロに渡してやった。


 両手でクレープを掴んだまま静止しているネロに対し、ヒナキは食べないのか問うと……。


「これどぉやって食べるのぉ」


「とりあえず、包み紙ちょっと破ってかぶりついてみな」


 言われたとおり、ネロは包み紙を爪で切った。

 爪が鋭すぎて一緒にクレープも切れてしまったが、白いクリームと肌色の生地にかぶりつく。

 咀嚼した瞬間ネロの中の食事への価値観がエラーを起こしバグってしまってしばらくフリーズした。


「……」


「おい、大丈夫か? 電源落ちてるぞ、口以外」


固まったまま口をもぐもぐさせているため心配したヒナキが声をかけたが……。


「しどぉ」


「おお、起動した」


「ネロ、あしたからずっとこれ食べるぅ」


「やっべぇ事言いだしたぞこいつ」


 衝撃的な事があったときなど、感情の高ぶりを見せた際には一人称が自分の名前であるネロになるのかと思いつつ。

 明日からの主食がクレープにならないようにするため他にも美味しいものを食べさせる必要に駆られてしまった。

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