第15話ー任務通達ー


 ヒナキは心身ともに疲弊していたため、隣で裸で寝っ転がっているネロを全く意識もせず深い眠りにつくことができた。

 ……のだが。


 真っ先に寝に行ったはずのネロの方が全く寝付けないでいた。

 メディカルコクーン内で寝ていたため目が冴えているということもあるが、とにかく自分の身の回りの環境がガラリと変わり気持ちの整理がついていないということもあり興奮冷めやらぬ……という感じである。


 そしてその結果が目に見えて翌日、早朝に現れていた。


「よぉ、おはよう。起きたんだな」


「……」


 ヒナキは上半身の汗をタオルで拭いながら吹き抜けの上で顔だけ出してきたネロに挨拶をした。

 彼は朝一番から外に出てランニングと筋トレを行っていたのだ。

 随分とさっぱりとした自分とは裏腹にネロの表情から見て取れるのはご機嫌のななめさ。

 昨日の夜寝てないのがとすぐに分かるほど目の下に影ができており、気怠げに手すりに身を預けている。

 

 突如この事務所のどこかで音が鳴った。


 触らぬ神に祟りなし。

 寝不足で機嫌の悪そうな少女はとりあえず放っておいて、古いテーブルの上に置かれてあまり風景に合っていない最新式の通信端末のボタンを押した。


 押すと空中に投影される立体モニター。

 そこにはこのノア・プライベートミリタリーカンパニー社長、アリアクロイツェフの顔が映し出されていた。


《おはようございます、お二人共》


 ネロは相変わらずむっつりしており、ヒナキは挨拶を返す。

 昨夜ネロが壊した盗聴器らしきなにかのことはあえて話さず、おとなしく要件を聞く。


《早速仕事が取れそうですので取り急ぎ連絡をさせていただきました》


「お、良いな。内容は? ドミネーター退治か? 要人やら重要物資の護衛とか?」


《そんな大きな仕事はまだ取れませんよ……。端的に言えば警備です》


「警備?」


 警備任務。

 民間軍事会社が請け負う仕事にしては随分とおとなしめな依頼だが、大切な役割には違いない。 


《半月後、方舟都市の中でも一番の広さを誇る道路……セントラルストリートにて各メーカーが最新の兵器を発表するショーパレードが行われます》


「随分物騒な催し物だな。……で、そこの警備にあたれってことか?」


《はい。本来はウチみたいな発足間もない会社が仕事にありつける事自体ありがたいことなので、多少地味でも我慢してください》


「別になんも思ってないよ。報酬金額は?」


《丸一日で1万5千円ですね》


「うーん……こっちの世界の物価がどうかわからんけどそこそこってとこか?」


《万が一なにか危険が伴う事象があった際はそれぞれの行動に対し報酬や手数料が追加で払われます。とりあえず受けられそうな仕事はなんでもやっていきますよ》


 とんっ、と。

 ネロが2階からヒナキのすぐ近くに着地した音がした。


「……デトの修理間に合うのぉ?」


《損傷が激しかったので内部機関までは間に合わず、装甲のみフルリペアします》


「デトってのは?」


《ステイシス専用の特殊二脚機甲戦術兵器ウィンバックアブソリューターのことです。貴方も防衛ラインにいたなら見ませんでしたか? 真っ白な二脚機甲戦術兵器を》


「ああ、ドミネーターと融合しかけてたあれか……」


 あれはネロ=ステイシスが搭乗することを大前提に開発された、まさに方舟の最高戦力という肩書がふさわしい性能をした特殊二脚機甲戦術兵器ウィンバックアブソリューターである。


 二脚機甲戦術兵器には大きく分けて2種類存在しており、電力や化石燃料、一部核燃料での駆動を行うもっとも一般的な人型兵器。

 巨大な武器を持ち、人と変わらぬ機動力を持つそれは戦車と比べても遥かに強力でドミネーターに対し大きな対抗策となっている。


 一方、特殊二脚戦術兵器……通称ウィンバックアブソリューターはただでさえ強力な二脚機甲戦術兵器とは一線を画す存在である。

 人体に対し極めて有害であるグレアノイド粒子と呼ばれる未知のエネルギー物質を機体に搭載された”反重力炉”にて精製し、フォトンノイドと呼ばれる青い粒子を生み出す。

 それをエネルギーとして機体の稼働に用いているのが特殊二脚機甲戦術兵器である。


 通常の二脚機甲戦術兵器が装備している兵器の性能や携行弾薬に継戦能力を左右されるものであることに対し、ウィンバックアブソリューターは自身が生み出す反重力炉の粒子供給量、兵器の粒子出力によって戦力が決まる。

 そしてもう一つの大きな特徴として、空戦能力を有している。


 これは名の通り反重力炉が地球上の重力に対し反作用を起こす力場を展開する機能を持っているため、超重量の金属の塊を浮かせる事ができているという。


 ただし、これだけ強力な兵器であるウィンバックアブソリューターであるがフォトンノイド自体完全に無害と言える物質ではないため、それぞれの企業規模ごとに所有機体数が決まっている。

 方舟企業連傘下大企業であるGNCでも5機、その双璧を成すセンチュリオンテクノロジーでも3機と定められているという。

 そもそも中堅企業くらいであると所有することすら認められていない兵器なのだ。


 その中でも異彩を放つのはステイシスが搭乗していたグレア・デトネーターと名付けられた、アンチドミネーターを体現するため純白の装甲で仕立てられたウィンバックである。

 その機体はステイシス自身のグレアノイド粒子に対する耐性を前提に、グレアノイド粒子と呼ばれる超高圧縮エネルギーをそのまま供給、出力に使用した規格外のものだった。


「……まさかその白い機体がパレードに並ぶのか?」


《はい。グレア・デトネーターは方舟に住まう民衆にとって護り神のようなものですから。先日の大侵攻の際に大破したとはいえ、あの黒鎧含め撃退させたのはステイシス機となっていますしね》


 民衆に対する情報操作。

 本来であれば黒鎧の怪物の撤退を促したのはヒナキが乗っていた黒い機体だったのだが、方舟の護り神と言われるほど民衆からの信頼が厚い純白の機体の敗北は報道されてはいけないものだったらしい。

 まあ、それを除いたとしても黒鎧以外のドミネーターの大群を圧倒していたのは事実であるが。


《毎年、試作段階の未発表兵器を搭載された彼女の機体が一番人気なんですよ》


「へぇ。まあ端的に言えば安心安全ですよっていう、民衆に対するプロパガンダってとこか」


《そういう意味合いもありますが、基本的には方舟企業の兵器発表会、そしてそれを買ってくれるお客様探しってところが大きいですかね。方舟内外から人が集まりますので、かなり大きなイベントなんですよ。特に今回は先日の大侵攻、本土側の不審な動きも相まって相当数の警備が用意されるようです。本来警備任務などにはつかないような方も採用されているという噂も流れてきてますし》


 有名な人と一緒に働けるかもしれない……などという感情はこの世界に来たばかりのヒナキには無縁のものではあるが。


《GNCの中でも最強と名高い兵士RBアールビーも主要警備地点に配備されるらしいと》


「うげぇ……」


 RB。

 随分と奇っ怪な呼び名だが、有名な軍所属の人間らしい。

 その名を聞いたネロが苦虫を噛み潰したような顔を浮かべたことに対しても興味が湧くが……。


《会えたらラッキーくらいに思っていてください》


「いやこっちでいくら有名でも俺はしらないからな。会えたところでわからんよ」


 セントラルストリートパレードの警備任務は半月後だ。

 それまで何をするのかという話になり……。

 上がって来るわ来るわ、雑用としか言えないような仕事がわんさかと。


《……本日からしばらくは本土防衛前線まで向かい、先日のドミネーター大侵攻で亡くなった方の遺体回収や遺品回収などを行います》


「おいそれを先言えよ、超ヘビィな仕事じゃねぇか」


《当面の目標は、二脚機甲戦術兵器を購入することです。機甲兵器を持っていないのと持っているとでは受けられる仕事の質が段違いですから》


「そのために何でもやれってことね。なかなか人使いの荒い社長のようでわくわくしてきたよ」

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