第14話ー秘密の話ー


 外からVTOL機の離陸音が聞こえてきた。

 こうしてアリアが急ぎ企業連合のビルへ戻ったため、この薄汚れた古い事務所に方舟の最高戦力である少女と二人っきりになった。


 何話していいかわからない気まずい雰囲気……と普通ならなるようなものだが。

 違った。

 とにかくヒナキはその少女に話したいことがあった。

 そしてそれは少女も同じだった。

 ヒナキに関してはアリアというステイシスという兵器を管理する企業連の人間がいることで下手に会話をかわさなかっただけだ。

 

 ステイシスの方は単純にアリアが気に入らないため口数が少なかっただけ。


 完全にVTOL機の音が聞こえなくなったところでヒナキはネロに声をかけた。


「なあ」

「ねぇ」


 そのタイミングでネロからも声をかけられたため声がかぶってしまった。

 

「先にど」

「あの時、わたしになにしたのぉ?」


 先にどうぞと、言葉を譲る前に前のめりで言葉を続けてきた。

 この少女は遠慮というものを知らないらしい。

 だが少女の気迫に押し負けて軽口を叩こうとするのを止め、真剣に向かい合った。


「覚えてんのか、あの時のこと」


「ほとんど覚えてないわぁ。でもぉ……あの時自分でも何がなんだかわからなくなって……気がついたらすごい光が見えて体がすごく楽になったのは覚えてるのよねぇ。目の前にあたしと同じその目が見えたこともぉ」


 堰を切ったかのように、ネロはヒナキに言葉をぶつけていた。

 ネロはとにかく不思議で仕方なかったのだ。

 常日頃からあれだけ自分を苦しめてきたドミネーター因子による精神汚染、身体的苦痛が和らいでいる今の状況が信じられない。


「君になら話してもいいが他の耳や目があるとまずいからな……少し部屋を確認させてほしいわけだ」


「それなら全部壊しといたわよぉ」


 ネロはその一言と共に右手に握っていた小型の盗聴器を数機、テーブルの上に放った。


「ただ部屋の中回ってたわけじゃなかったのか……」


「ウチのやりそうなことぉ。それで全部だから話してくれるぅ? あんまり待たされると怒るわよぉ」


 拘束衣のだぼっとした袖を振り上げたネロに対し、落ち着いてくれと嗜める。

 おそらくその少女の振り上げた袖を一振りしただけで常人なら首が飛ぶほどの威力があるのだろう。

 見た目は本当に小柄な少女のくせに、一度蹴りを受けた自分だから分かる兵器としての規格外さを持っているのだ。


「盗聴器がこれで全部だっていう証拠は?」


「あはぁ。ねぇしどぉ、あたし何度も同じコト言うのきらぁい」


「今から言うことは君の立場を危うくする可能性があるから怒られるかもしれないけど確認してんだ。頼むよ」


「あたしも嘘ついてわざわざ危なくなりたくないわよぉ」


 ヒナキはその一言に対し、たしかにそうかと納得する。

 まだネロと知り合って短く、人となりは知れないがわざわざ嘘をつくほど狡猾な考えを持つ子であるとは考えにくい。

 たんたんたんと拘束衣の袖に隠れた手でテーブルを小さく連続で叩きだしたため、わかったわかったと話す意思を伝えて止めさせた。


「あの時、君の中にある因子の暴走を抑制するために俺の頭にインプラントされてた”ゲートキー”ってのを移植したんだよ」


「げーときぃ……?」


「ああ、この世界では見ないんだな。爪先ほどのチップなんだが主に体内ドミネーター因子のバランサーとして機能するわけだ。だから今だいぶ楽だろ?」


「……らくぅ」


「んで、これは見たほうが早いか」


 ヒナキは右手の平を上に向け、胸の前まで上げた。

 そしてその手のひらの上に空間の歪みが発生、しばらくするとその歪みが開き小さな空間の穴を作り出した。

 穴の中は暗く、赤い光が漏れてきていたが……すぐに閉じてしまった。


「もう小さいのしか展開できないな。それにやっぱ維持できんわ」


 ドミネーターが異空間から現れるときと同じゲートが開くところを見たネロは目を丸くしていた。

 随分と驚いていたようだが……。


「こんな感じで異空間への門を開けたりする機能があるわけだ。ゲートキー自体は俺の遺伝子情報と紐付いてるから、君がゲートを開けるようにはならないし俺から離れるほどゲートキーの因子バランサーとしての機能が落ちていくんだよな。そのまま楽でいたいならある程度離れないほうが良いかもしれない。こんなやつが近くにいて申し訳ないとは思うけどさ」


「ふぅん。でもこれが因子バランサーならしどぉは大丈夫なのぉ? その目ぇ、しどぉもあたしとおんなじなんでしょぉ」


「まあ絶対に問題なしってわけじゃないけど、君ほど保有している因子量はないし、まあある意味半因子持ちだからな。因子活性による異形化の危険性はほぼないよ」


「少しはあるぅ?」


「いいから気にすんなってそこは」


「別に気にしてないわよぉ」


「そんなこと言って、心配してくれてるんだろ?」


「……」


「ごめんて、その目まじで怖いからやめてくれ」


 しつこいヒナキに対し、黙って目を見開き赤い縦長の瞳孔で見つめて威圧していた。

 はあとため息をついて拘束衣の袖をふりふりしつつ、ネロはヒナキに対し言う。


「その空間の穴を維持できないっていうのぉ、この方舟のせいよぉ」


「ん? そうなのか」


「方舟の中心部に空間固定装置があるからぁ」


 空間固定装置。

 聞くところによると、空間の歪みを起こさせない……起こったとしてもすぐに修正を行うための巨大な装置だという。

 その効果範囲は方舟をすっぽりと覆うほどのものであり、球状に作用している。

 その空間固定装置が機能しているために、方舟都市内に空間の歪みが発生しドミネーターが出現……といった事象が起こらないのだという。


「そんな便利なものがあるなら量産すればいいんじゃないか?」


「資源、技術的に量産どころか二つ目作るのすら不可能よぉ。そもそもどういう原理でそうなっているのか分からないって話ぃ。だからあたしみたいなのが必要になるわけぇ」


 そこにあるということは作った者がいるはずなのだが、それが不明だということらしい。

 そもそもいつ作られたものでいつからあるのかすらわからないオーパーツ的存在なのだという。


「まあそうだわな」


「でもその小さな空間の穴でも開けられるの、本当に黙っておいたほうがいいかもぉ。空間固定装置があるから方舟内は大丈夫っていう市民安全論がひっくりかえされちゃうからぁ」


 そうして話し合っていると思う。

 このネロという少女は何も知らないかごの中の鳥だと思っていたが、理解力もあれば順応性も高い。

 感情的になりやすい部分はあるかも知れないが、それを含めたとしてもある程度理性的なままだ。


「な、盗聴されてないかよく確認した甲斐があったろ?」


「調子乗らないのぉ」


「はい」


 そうしていると、ネロが小さくあくびをした。

 とりあえず話しておきたいことは話した。

 そろそろ寝て、明日に備えようという話になり階段を上がり2階に来た。

 2階は吹き抜けから1階を見渡せるようになっていて、ベッドが2つあるだけの簡素な作りだ。


 流石に寝具は新調しているようで埃一つないキレイなものだった。


「……ああ、そういうことね」


「?」


 ネロはつなぎのようになっている拘束衣を豪快に脱ぎ、そのグラマラスな薄褐色の肢体を露わにさせた。

 身長は間違いなく少女然としているのだが……体つきが少女というにはあまりにも大人びているため困惑する。

 年齢的に相当離れていそうな上にまったく恥じらいのない相手に対し自分が変に意識するのもおかしいかと思ってはいたが……。


「服着たまま寝ようぜ」


「なんでぇ? 寝るときくらいいいでしょぉ。その服重いんだからぁ」


「こうなることわかっててなんで寝間着用意してないんだよあの社長は……」


ネロは布団に飛び込んでうつ伏せのまま枕に顔をうずめてしまう。


「しどぉ」


「ん?」


「おやすみぃ」


「あぁ、おやすみ、ネロ」


そうしてヒナキは明かりを消し、自分もベッドに入り目を閉じた。

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