第13話ー住居紹介、装備支給


 入り口である扉を壊され、出鼻を挫かれた感はあるものの中に入り明かりをつけた。

 内装も外見から想像できるくらいには古めかしく、色あせた書斎机が向かい合わせで2つ、外皮が破れて中身が飛び出たソファー。

 明かりは今どき白熱電球な上に全てのオフィス家具にホコリが薄っすらと積もっていてすこしカビの匂いも……。

 広さだけは一丁前であり、2人で過ごすには少し広すぎるくらいだ。


「手で開けないといけないの初めてぇ」


 そう言ってネロは先程ぶっ壊した扉の取っ手を放り投げた。

 その少女にとっては今目に映っている全てのものが興味の対象らしく……相変わらず淀んだ目ではあるがひとつひとつ部屋の中を探索しているようだ。


「なんだよこの子、まさかドアの開け方から教えないといけないほどの箱入り娘だったのか?」


「えぇ、まあ。ずっと企業連合の研究施設や檻のような部屋の中で過ごしてましたから」


「なるほどなぁ。こりゃ前途超多難だわよっと」


 放り投げられたドアノブを拾い上げながら、ヒナキはぼろぼろのソファーに座った。

 座った途端に積もっていたホコリが舞い上がり咳き込んでしまう。


「こういうのって普通入居前にクリーニングいれないか?」


「時間がなかったもので。それにあなた方の服や装備を整えるので資金面がですね。というかいちいちうるさいんですが。今の所養われる側だってことを忘れないくださいよ、穀潰しが」


「ごめんなさい」


「殺しますよ」


「それは言い過ぎ、さすがに」


 そろそろ堪忍袋の尾が切れかかったアリアに対し、ヒナキは素直に頭を下げた。

 ヒナキはぐるぐると辺りを回り続けるネロをしばらく目で追っていたが、アリアがどこからかトランクケースを2つ持ってきてテーブルに乗せた音で我に返る。


「これは?」


「あなたの服と装備、そしてステイシスの簡易拘束具などですね。外出時まであの拘束衣を着たままだと目立ちますから」


 ヒナキ用に用意されたのは黒いタクティカルパンツと黒いインナー、そしてフードつきの赤いジャケットだった。

 最低限の装備を携行できるタクティカルベストもある。

 ジャケットがフード付きなのは帯で巻かれ隠された顔を更に隠すためだろうか。


「赤黒だな」


「この会社のイメージカラーにしますからね。ちなみにGNCは赤がイメージカラーでセンチュリオンテクノロジーは青なんですよ」


「へえ、また時間のあるときにここの企業事情ってやつも聞いてみたいな」


「そこはお任せください。私、方舟で経営されている会社のことなら大抵把握してますからっ……てここで脱がないでください!!」


 ヒナキが突然自分が着ていたもの……病院の院内着なのだがそれを脱ぎだしたためアリアは顔を背けた。


「いや、せっかくだし着てみようかなって思ってさ……いいじゃん男の裸なんだから」


「そういう問題じゃっ……と、それ全身に巻き付いてるんですね?」


 服を脱いだヒナキの上半身にも拘束帯が雑に巻き付いている。

 雑なため地肌が多く見えているが、かなり引き締まった筋肉が確認できる……が、それ以上に傷の痕がひどい。

 刃物で切られたようなもの、何かに引っ掛けられたようなもの、銃創。

 彼が今までどのような過酷な環境下で生きていたのかを物語っているようだ。


「身体機能を抑制されてるって言ったろ」


「ひどいものですね……」


 と、服を脱いでもらったインナーを着ようとしたヒナキにとことこと近づいてきたネロは、至近距離でじっと胴体部分を見つめた。


「ん、どした」


「すごいごつごつしてなぁい? お父様はこんな硬そうじゃなかったわよぉ。……病気ぃ?」


「苦労してきた男はゴツゴツするんだ。君は見た感じ全然だよな。これからいっぱい苦労しようぜ」


「ふぅん……意味わかんなぁい」


 触りたそうにしていたが、まだ人に自分から触ることに抵抗があるらしく結局一切触れては来なかった。

 この会社の制服と位置づけられるものを着たヒナキはある程度様になっており、サイズも丁度良いみたいだった。


「いいですね。見立てはばっちりだったみたいで良かったです」


「俺が元々着ていたものは?」


「ああ、あの軍装ですか。クリーニング中ですよ、ほつれや生地の摩耗も激しかったんですが丈夫な仕立てだったので捨てるには惜しいと思いまして」


「そりゃありがたいね。一応長い間着てた相棒なもんで……っと、これは銃か」


 トランクケースから更に取り出したのはメインアームとなるアサルトライフルと思わしき銃とサイドアームとなる自動式拳銃が入っていた。


 アサルトライフルの色は無骨な黒で統一されているが、サイドにGNC社の刻印が施されている。


「旧式で申し訳ないのですがメインはGNC社製MIG-6(ミグロク)、5.56mm×45mm弾仕様のプルバップ方式のアサルトライフルです。サイドアームは同じくGNC社製Mod-45(モッドフォーティーファイブ)、名前の通り45口径です。本当は最新式の粒子エネルギー射出方式の銃の方がドミネーターに対しては有効なのですが用意できませんでした」


「いやぁ十分だよ。まさか新品を卸してもらえるなんて思ってなかった」


「GNC社の在庫管理担当者に掛け合って倉庫で埃かぶってたものを格安で譲ってもらいましたから。旧式ですが信頼性は高いのでご安心を。仕様書などはトランクに入れていますから、確認してくださいね」


 ヒナキはメインアームであるMIG-6のコッキングレバーをガチャガチャと引いたり戻したりしながら挙動を確認していた。

 かなりスムーズにそれぞれの挙動を行えるため、たしかに物としてはいいのだろう。


 だが、現在主な敵対象がドミネーターである以上、実弾を使用した銃の時代遅れ感は否めない。

 主流となっているのがフォトンノイドと呼ばれる粒子を圧縮射出するエネルギー銃である。

 

「あとは手榴弾やら予備弾倉に……ナイフか、いいね」


 刃渡りは400mm程だろうか、切り欠きがついたフルタングナイフをシースから出して眺めていた。

 ナイフに関してもメインアームとサブアームポジションの短い刀身のものが用意されていたのだった。


「この子にもなにかあるんだよな?」


「ステイシスは存在自体が武器みたいな子なので銃器などの余計な装備は邪魔になりますので……どちらかというとこれは保険装備ですかね」


 そう言って取り出したのは輪っか4つだった。

 丁度少女の手首と足首に装着できる径になっているという。


「このリモコンで強力にくっついたり離れたりします。拘束衣未着用時に着用し制御不能に陥った際に起動してください。貴方といることにより安定しているとはいえ、検証期間としては短すぎますので。ふとした時に因子活性化が起こり暴走しないとは限りません」


 当の本人を前にしてそんな事を言うものだから、ネロがどのような面持ちか確認したがなんとも思っていないようだった。

 それだけ自分が自分で制御できない状況というものが日常的にあったのだろうか。


「あっ……と、そろそろ戻らないといけませんね……。彼女への簡易拘束具のつけ忘れにはくれぐれも気をつけてください。寝具などは吹き抜け2階に2人分用意してますので、休むときはそこでお願いします」


 そう言って踵を返すアリアだったが、ヒナキは後ろから声をかけた。


「この会社、名前はどうするんだ?」


「ノア・プライベートミリタリーカンパニーで登録申請中です」


「ノアPMCね。ダサい了解」


「一応私が社長であることをお忘れにならないでください。貴方の待遇、楽しみにしていてくださいね」


「靴舐めさせてください」


 ふんと鼻を鳴らしながら、アリアはこの事務所を出ていこうとする。

 ……が、最後に。


「あ」


「なんだよ」


「ステイシスはその、基本羞恥心が欠けているというか育まれていないというか……」


「はあ」


「変な気を起こさないように!!」


「うん……?」


 そんな忠告をして出ていってしまった。

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