第2章ーノアの弱小PMCー
第12話ー方舟の全容ー
アリアに案内されるがままについていった結果、到着したのは垂直離陸機用航空機発着場だった。
そこには小型のVTOL着が設置されており、アリアはそれに乗るように指示を出した。
「よぉ、えーっと……早く乗ろうぜ」
発着場は企業連合が保有するビルの最上階にある。
方舟と呼ばれる都市の中心に位置し、地上から400m程高いここからはその都市の様子が一望できた。
檻から出たばかりのステイシスは発着場の縁に立ち、夜の帳が降り様々な人工光に満ちる美しい街並みを見下ろしていたのだが、後ろからヒナキに声をかけられた。
「……」
声をかけたはずだがまったく反応のない少女に対し、どうしたものかと思いはしたが……とりあえず足並みを揃えてやろうと自分も少女の隣に行くことにした。
少女と同じくその街並みを見下ろすと、凄まじい光景に圧倒されてしまった。
さも当然のように空に敷かれた光のラインの上を飛ぶ車。
なにもない空中に映し出されている立体モニター。
美しいビルが立ち並ぶオフィス街ににぎやかな歓楽街。
道路は全て金属質で戦車や対ドミネーター用の粒子砲などが巨大なトラックに牽引されている光景も見える。
街の中に巨大な吹き抜けのような部分があり、その下にはさらなる街並みが確認できる。
この都市は層構造になっているのかと驚愕する。
「本当に船みたいな都市だ。君がずっと護ってきたものなんだよな」
「ねぇ」
「うん?」
「名前、教えなさいよぉ」
自分の感想をまるっと無視して、少女は男に名前を問うてきた。
「ヒナキ。祠堂雛樹だ。好きに呼んでくれ」
「ふぅん……じゃあ、しどぉって呼ぶぅ」
ムスッとしながらも少し照れ恥ずかしそうにし、そう言った少女に対しヒナキは聞き返す。
君の名前をと。
「あたしはネロぉ。ネロ=ステイシス。ネロって呼んでぇ。ステイシスは兵器としての名前だしぃ……」
「! そうなのか、了解了解。じゃあネロ、アリアが呼んでるし早く行こうぜ」
少女はヒナキに手を引かれた。
眠たげな目を目一杯ひん剥いて驚き、声を上げそうになったが寸でのところで我慢できた。
ひゅっという息だけが口の隙間から出たがヒナキには気取られていないだろう。
振り払ってやろうかとも考えたが……彼の手の暖かさが自分にそれをさせなかった。
「ねぇ!」
「なんだよ」
「触る時言うことぉ!!」
「いちいち言わんと駄目か? 今から触りますよーって」
「びっくりするぅ」
「はいはい、じゃあ手ぇ触りますよ」
「遅ぉい!!」
ぷんぷんするネロの手を引いて、ヒナキはアリアが待つVTOL機に乗り込んだ。
アリアが操縦席に座り、操縦桿を握る。
ヒナキとネロは後部座席にて鎮座した。
「丁度いいのでこの海上都市の案内をしながらオフィス兼住居に向かおうと思います」
「そりゃありがたいね。ヘッドセットはないのか?」
「静音機体ですのでつけなくても大丈夫ですよ。会話はちゃんと行えます」
超静音ジェットエンジンによるVTOLのエンジンが始動し、推進機構の稼働音と共に機体が宙に浮くのを感じた。
それと共に臀部がふわりと浮いた感覚に陥り、ヒナキは少しばかり体をこわばらせたがネロは平然としているようだ。
ある程度高度を上げ、氷の上を滑走するかのような滑らかさで空を進み出した時、アリアが都市の案内を始めた。
「現在この会場都市を一望できる高さまで高度を上げました。足元を透過するので驚かないでくださいね」
「へ?」
先程まで足を置いていた床が透明になり、この都市を真上から眺められるようになった。
こんなもの、驚かないほうが難しい。
このまま落ちるかと思ってしまったではないか。
「これが海上都市方舟の全容です。グレアノイド侵食から逃れるため、旧日本国土を切り離し海上へ浮かべた人工島が方舟と呼ばれる所以ですね。遠くに見えるのが本土……いわゆる旧日本と呼ばれる土地となります。眼下に広がる発展した都市とは対照的に荒廃しきっていますが」
今回の侵入者はその荒廃した土地から来たと、そういうことかとヒナキは理解する。
これは奴らが手を組んだ……という線は薄そうだ。
わざわざ奴らが荒廃し、弱った組織と手を組むことは考えづらい。
「気になっていたようですが、この都市は3層構造になっています。上層は今見えている一般居住区画であったり、経済活動エリア、歓楽街や軍施設などがあります。中層は主に研究施設や医療施設、畜産業や食品加工施設など方舟のインフラや生活を支える施設が多く入っていますね」
そして下層は兵器製造工場などがあるという。
センチュリオンテクノロジーや企業連合傘下企業であるGNCなどもそこに巨大な二脚機甲戦術兵器プラントを保有しているようだ。
下層はとにかくセキュリティが厳しく、一般人では踏み込めない場所となっているという。
「正規のルートでは行くことができない最下層という……まあ有り体に言えばスラムのような場所も存在します。そこにはあまり近寄らないでください。いい噂は聞きませんし」
その言葉を最後にVTOL機は高度を落とし、都市上層部のビル群に近づいていく。
そこからはざっくりの説明にはなったのだが、生活に必要な施設……ショッピングモールや広く作られ緑の多いおすすめの公園など、未来的なデザインの都市内部を空中から眺めるように案内された。
ヒナキもそうだったが、食い入るようにそれを眺めていたのがネロだった。
中身は知らないがずっと護らされていたもの。
その中身を初めて知ることができているのだから高揚せずにはいられないのだろう。
ヒナキはヒナキで、こんな機械的で華やかな都市の中にある住居なのだからさぞいいところなのだろうと考えていた。
しばらく夜の空中散歩を楽しんでいたところ、到着しましたというアリアの言葉に現実に引き戻された。
VTOL機が着陸したのは広い庭のような場所だった。
庭のようではあるが有象無象の雑草が生え散らかしており、手入れされているとは到底思えない。
VTOL機から降り、建屋を見たヒナキは一言大きな声で言う。
「ボロいな!!」
まさにその一言の通り、ボロい赤レンガ造りの屋敷がそこにあった。
造りはボロいがそこそこ大きく、たしかにオフィスを兼用する住居としてはうってつけなのだろうが……いかんせんボロい。
そもそも自分たちが今くるまで手入れなどされてないだろうと言う、堂々とした佇まいだ。
「あの……すいません。ここはその、この土地を本土から切り離す前からある建屋なんです。色々なんかいわくがあったりなかったりして誰にも借りられず放置されていたので企業連が管理していたのですが、手入れも何もされていない不良債権化してる物件でして……」
「おい正直だな秘書!! あそこなんて窓ガラス割れてるぞ! 普通あんなきれいな都市案内された後だと期待するだろ、キレイな住居紹介されるってさあ!」
「色々探したのですがある程度プライベートが確保され、厄介な人たちに認知されづらくオフィスにも転用可能な場所がこの端っこしかなくて……お金もないですしぃ……」
ものすごく申し訳無さそうにするアリアに対しこれ以上は何も言えず、まあ家なしになるよりはましかと肩を落とす。
隣を見る。
ネロがいない。
ばっこしという木材がもげる音が聞こえてきた。
「ねぇしどぉ壊れたぁ」
玄関の大きな木製扉がごっそり外れていた。
「鍵開けろやまず」
アリアが言葉なく取り出して見せた鍵を確認した上で、力づくで開けようとしたネロに対しヒナキは静かに怒っていた。
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