第7話ーステイシス防衛戦ー


 地下30階。

 方舟の最高戦力であるステイシスが療養中であるこのフロアに所属不明の兵士とアリアが到着した。

 そこには同様の兵装を携えた3人の兵士が待機しておりセキュリティドアの解錠を心待ちにしているようだ。


「アルファ1、良い手際だった。流石だな」


「部隊長。この女本当に秘書官ですか? 身のこなしが肩書に合ってなかった」


「軍事関係部署の所属らしいからな、軍隊上がりだとしても不思議ではないだろう。それよりもさっさと開けろ。時間が惜しい」


「了解」


 絞め落とされ意識を失っているアリアをセキュリティドアの前まで担いでいく。

 扉横に設置されてある網膜認証カメラへアクセス。

 閉じた瞼を手で広げるようにし、網膜スキャンをクリアした。


 合金で作られた扉が油圧稼働により軽々と開く。


 アリアを担ぎ上げ、素早く扉の中へ侵入。

 中はだだっ広いドーム状の部屋になっており、その部屋の殆どにステイシスに対する医療行為を行うための特殊な機材が敷き詰められている。


 目的のステイシスはその部屋の中央、医療カプセルの中である。

 ガラスと金属で仕立てられたメディカルコクーンと呼ばれる医療カプセルはステイシスの体型に合わせ仕立てられているためそこまで大きくはなく、ドックから取り外すことができれば2人で十分運ぶ事ができるだろう。


  不透過ガラスのため中の様子を伺うことはできないが……。


「情報にあったコクーンとやらはこれだな? 操作権限のあるナノマシンは?」


「ここに」


 部隊長と思わしき兵士がそう言うと、アルファ1と呼ばれていた兵士が小さなハードケースを取り出してきた。

 中に入っていたのは何者かの血液が入ったアンプルのようなもの。

 おそらくだが、この医療カプセルを操作するために必要なナノマシンがその血液中に存在しているのだろう。

 そのアンプルを操作パネルに近づけると、システムの操作権限が承認された証である表示がモニターに現れた。

 

「順調ですね。随分苦労して準備した甲斐が……」


「無駄口を叩くな。コクーンの取り外しを行う。目標が覚醒しないよう慎重に運び出すぞ」


「こいつはどうします?」


 アルファ1は担ぎ上げているアリアを空いた手の親指で指し示すと、部隊長は少しばかり逡巡したあと口を開く。


「イレギュラーの事態に備えて人質として確保しておく。しばらく担いでおけ」


「了解」


 コクーンの機能を一時停止させ、取り外せるように操作パネルを叩く。

 部隊長、そしてアルファ1の意識は現在コクーンに向かっており、残り2人は周囲の警戒を行うためこの広い部屋の中を哨戒していた。


(連携が固い……。携行してる装備といいその辺のチンピラじゃあなさそうだ。まともにやり合うのは得策じゃないな……)


 そしてその様子を隠れて伺っている男がいた。

 相手は軍用装備でガチガチに固めた兵士4人。

 対して入院患者用院内着に鉄パイプを持った不審者1人。

 普通に仕掛けたところで返り討ちにされるのが目に見えている。


 第1目標はアリアの身柄を保護すること。

 第2目標はステイシスの奪取を阻止することと定めた。


 あとは経験と己の肉体が頼りだ。


 哨戒している兵士の一人が物陰に隠れているコチラに近づいてきた。

 息を止め鉄パイプを握る手に力が入り、じわりと汗が滲む。


《アルファ2、3、コクーンの運び出し準備が整った。戻ってこい》


「アルファ2了解」

「アルファ3了解」


(俺了解。ふう……助かった。まだ仕掛けるタイミングじゃなかったからな……)


 部隊長の通信を受け、ステイシスが入ったメディカルコクーンを運び出すために哨戒に回っていた二人が戻された。

 それに合わせてヒナキも移動する。

 身を低くし息を殺し、物音を立てずスニーキングし……アリアを担いだ兵士及びメディカルコクーンを視認できる位置までこぎつけた。


「両端から保持しろ。落とさないようにな」


部隊長の指示で2人の兵士がコクーンに手をかけ持ち上げようとする。


 今、この瞬間。

 4人の兵士の意識は全てコクーンに向いていた。


 足音を立てず、しかし素早く。

 ヒナキは背後からゴキブリのように接近し……そして。

 アリアを担いだ兵士の背後で大きく鉄パイプを振りかぶった。


「……――ッ!!」


 ドッ……という重く鈍い音が響いた。

 鉄パイプがアリアを担いた男の首側面を強烈に撃ち抜いたのだ。

 瞬間、アリアを保持していた腕から力が抜ける。

 そこを見逃さず、ヒナキはアリアの腰を持ち引き寄せて確保した。


「何事だ……!?」


 膝から崩れ落ちゆくアルファ1に視線を移し、すぐにその後方の男に視線を向けた。

 とっさの判断でアサルトライフルの銃口をその向け、発砲する。


「いッ……!」


 アリアを担いだまま持ち前の瞬発力で後方に跳び、金属製の医療機器を盾に身を隠し射線を切ったが……数発の弾頭の内1発が腰を掠めた。

 掠めただけではあったが深い擦過傷を負い、だくだくと血液が滲み出してくる。


「部隊長!」


「落ち着け! お前たちは引き続き作業を続けろ。コクーンを運び出せ!」


「了解!」


「アルファ1、寝ている場合ではない。さっさと起きて移送に対し護衛を行え!」


「……つー……クソ。アルファ1了解」


 物陰に隠れたヒナキは今しがた強烈に首を殴打した相手が起き上がった事を確認した。


(……嘘だろ、結構良い一撃入れてやったはずなんだけどな)


「何者かは知らんが私が相手だ。姿を見せろ」


 薄暗い中、アサルトライフルのタクティカルレールに装備したライトを点灯させて介入者をあぶり出そうとする。


 ヒナキはそれに合わせてどんどん後退していき、距離を取ろうとしていた。

 距離を取れば取るほどコクーンから遠ざかってしまうため本来なら肉薄したいところだが、無力化したつもりだった兵士の一人が起きたため想定していた動きができなくなったのだ。


(頼む起きてくれ……!)


 ずりずりと後ろに下がりながら、アリアの頬を手のひらで叩き続ける。

 彼女の白い肌が赤くなる頃にようやく目が開いた……。


「ん……、ッ!?」


(声だすンじゃねェ……!!)


 目覚めた際に声を出してしまったアリアの口を反射的に手で塞いだが……。


「そこか」


 遅かった。

 ヒナキはすぐに懐から自動式拳銃を取り出しアリアに見せた。


「ロックが掛かってて使えない。今すぐ使えるようにできるか?」


「……!!」


 目の前に示されたのは兵士に捕縛される際に取り落した自分の銃だった。

 ここに来る途中で拾いはしたが、銃には何らかの方法で本人にしか扱えないようスライドロックが掛かっていたため使用できなかったのだ。

 口を塞がれたままこくこくと頷き、アリアはその銃のグリップを握りロックを解除、更に自分以外の人間が使用できるように使用者限定解除を行った。


 ヒナキはすぐさまスライドが動くことを確認、薬室内に弾が込められていることも同時に確認を行った。


(よし、よしよし……!!)


 対抗できる武器を手にできた。

 反撃の狼煙を上げる時がきたのだ。


 足音とライトがどんどん近づいてくる。

 アリアを背後の医療機器に移動させた。


 身を隠していたヒナキの前に兵士が姿を現した。

 だがそのときにはすでにヒナキは打撃のモーションに入っていた。

 左手に握っていた鉄パイプで、コチラに向けられていたアサルトライフルの銃身を殴打したのだ。

 叩かれたアサルトライフルから複数の射撃音。

 マズルフラッシュに目をやられそうになりながらも、狙いを逸らすことができた。


 すかさず右手に握った銃を兵士に向け……脚に2発、胴に2発、計4発の銃弾を浴びせてやった。


(硬ェな……ッ!!)


 通常なら4発も銃弾を受ければいずれかの銃創は致命傷になるはずだが、そうはならなかった。

 撃ち込んだ弾丸、その全てが防弾性の衣類に阻まれ貫通しなかったのだ。

 貫通しなかったとはいえ、衝撃はそれなりにその身に受けているはず。


 少々後退したものの、腰に装備していた軍用ナイフを取り出し今にも飛びかかってきそうだ。


(弱装弾とはいえ至近距離で9mm弾受けてんだろ! なんで向かってこれる!?)


 懐に飛び込まれるとまずい。

 少々野暮な長さがある上に、軽く決定打に欠ける鉄パイプでは対応するどころか邪魔になる。

 すぐさま鉄パイプを捨て、アリアの自動式拳銃を両手で握り……いわゆるC.A.Rシステム”high”スタンスと呼ばれる狭所での射撃体勢を取る。


 接近し始めた兵士に向かって数発発砲。

 なにかが駆動する機械音と共に凄まじい速さで兵士の体勢が変化し、弾を回避。


 懐に潜り込まれた。

 分厚い刃を持つナイフの鋭利な先端が腹、それも肝臓部分を狙って刺しにきた。


 とっさの判断で左膝蹴りを、兵士がナイフを握る手に向かって繰り出して弾くことができた……ものの。

 片足を蹴りに使用したことによって体勢維持が困難になり、兵士の突貫に対し踏みとどまることができず後方に倒れ込んでしまう。


「何者か知らんがヒーローごっこはここまでだ」


「いッ……」


 マウントポジションを取られ、ナイフの切っ先を心の臓に突き立てるため腕を振り下ろしてきたが、寸でのところで腕を掴んで止めることができた。

 ……が、再び何かが駆動するような機械の音。

 それと共に切っ先を押し込もうとする腕の力が以上に強まった。


(やべぇ押し切られる……!!)


 ぎちぎちと軋む音を立てながら、ナイフの切っ先がゆっくりとヒナキの胸部へ近づいていく。

 

(なんだこの男、強化外骨格のアシストがある膂力に何故抵抗できる……!?)


 焦りを感じていたのはヒナキだけではなかった。

 兵士が装備している強化外骨格……いわゆる己の身体能力を飛躍的に向上させる機械技術を使用すれば常人相手にまず力負けすることはない。


 だが、信じられないことではあるがなんの装備も纏っていないように見える目の前の男が……明らかに不利な体勢であるにも関わらずこちらの力と拮抗したそれで抵抗してくるのだ。


(この黒い帯……そこから見える赤い瞳……この男が例の要注意人物か)


 そしてその赤い瞳に淡い光が灯ったのを見た。

 

「なんだ!?」


 ナイフの切っ先と赤い目の男の間に瞬間的に空間の裂け目が現れた。

 直後、抵抗してきていた腕の力を急激に抜かれ、勢いよくナイフの切っ先をその裂け目へ飛び込ませてしまう。


「かッ……!?」


 喀血。


 自分の腕が空間の裂け目に飲み込まれたかと思うと、すぐ背後に現れたもう一つの空間の裂け目から自分の手と……それを握るナイフが現れたのだ。

 自分の背後、背骨から喉を一気に貫いてしまった。

 ヒナキは空間の歪みを出現させ操作することにより兵士を自滅させたのだ。


 空間の裂け目はすぐに閉じてしまったため、腕を突っ込んだままだった兵士の腕は閉じた際に切断されてしまう。

 事切れて倒れ込んできたため即座にその体を蹴り飛ばし、兵士の亡骸を床に転がした。


「クソ……何だよ全然開かんし維持できね……!」


 ヒナキは兵士の血液を浴びたため腕で拭いながら立ち上がった。


「うわあ」


 立ち上がった瞬間に銃撃を受けた。

 メディカルコクーンの搬送を護衛している兵士からだ。

 幸い狙いは逸れており、すぐに頭を引っ込めて身を隠す。


「嘘だろ……部隊長のバイタルサインが消失した」


「狼狽えるなアルファ2、3。ここからは俺が指揮を持つ。ヤツの頭は抑えておくからさっさと運び出してくれ」


 ステイシスの奪取は続行。

 部隊長の死亡を受けアルファ1と呼ばれていた兵士が指揮を引き継ぐようだ。

 

「だっ……大丈夫ですか」


「見ての通り、大丈夫じゃない。なんだアイツら……俺と同郷の奴らかと思ったらそうじゃないらしい。気配も感知できなかったしな」


 身を隠していたアリアが身を低くしながらヒナキに近寄り、安否を確認するが一蹴されてしまった。

 だがヒナキの言葉を受けて惨たらしく首をナイフで貫かれた手のない死体を確認する。


 部隊章は見当たらないが……装備している銃器を確認すれば大方検討はつく。


「本土製造型式の銃ですね。恐らくですが……政府直轄の軍組織かと」


「政府?」


「はい、方舟内の方々ではないということです」


「なるほど。敵ってことで問題なさそ?」


「その認識で問題ありません」


「承知。その銃使えるか?」


「生体認証によるロックが掛かってます。本来本人もしくは許可が出された対象にしか扱えませんが……」


 アリアは自分の懐から手のひらほどのデバイスを取り出し、兵士が持っていたアサルトライフルに近づけた。


「1分ください。セキュリティに対してハッキングを行い認証を解除します」

 

「1分は遅い! 奴らにあれ運び出されるぞ」


「じゃあ足止めお願いします」


「うはあ、簡単に言ってくれる」

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