第8話ー覚醒せし者ー
隣で軍用アサルトライフルのロック解除を行っているアリアを守りながら、ステイシスが入ったコクーンの奪取を阻まなければならなくなった。
時間にしておよそ1分。
短いように聞こえるが、相手の手際がよく1分もあったらこの部屋から運び出されてしまうだろう。
そしてなにより足止めを困難にさせているのがアルファ1のコードで呼ばれている兵士の立ち回りだった。
(あの護衛……やり手だな)
搬出しているコクーンに張り付きすぎず、丁度ヒナキからの銃撃を抑えられる位置を常に把握した上で立ち回っている。
物陰から物陰へ兵士に悟られないよう移動していても常に位置がバレている感覚。
恐らくこちらの動きを察知するための兵装を使用しているのだろうが……。
銃撃の応酬。
搬出しようとしている2人の兵士に対し連続で引き金を引く。
頭を出せばアルファ1に撃ち抜かれる可能性があるため銃口だけを覗かせた、いわゆるブラインドショットであるが数発に1度は至近弾となっていた。
しかし兵士は足を止めず、アルファ1は飛び出たハンドガンの銃口を狙ってライフルの引き金を引いてきた。
「ぅなッ!」
おかしな声が出た。
ライフルの5.56mm弾頭がハンドガンの銃身に直撃し、爆ぜた。
バレルが破損しスライドが割れ、もう使用することができない。
まずい、このままでは対抗する手段がない。
このまま頭を抑えられていては何もできないまま、あと十数秒でこのフロアからコクーンが出ていくことになる。
視線を先程死亡した兵士指揮官へ移す。
捕捉したるは喉に刺さったままになっている軍用ナイフ。
「あんた」
「もう少しで完了します……!」
「いや、それはあんたが撃ってくれ。使い方はわかるんだろ」
ヒナキは指揮官の喉に刺さっていたナイフを引き抜き、院内着の裾で刃を挟むようにし付着した血液と脂を拭う。
「俺があの護衛を抑えるから、搬出してる奴らどっちかを撃ってくれ」
「……! わかりました、任せてください」
彼がナイフを右逆手に握り、相手護衛兵士に対し構えたところを確認し何をしようとしているか察したアリアはすかさず了承の返事をした。
そこからコンマ数秒の間にヒナキは医療機器に足をかけ、踏み込み飛び出した。
「飛び出してくるか!!」
アルファ1は頭どころか全身をさらけ出してきた男に驚愕することになる。
先程まで隠れてちまちまとコチラを撃ってきていた人間と同一人物だとは思えない、獣のような素早さでコチラに向かってきている。
それもコチラの銃口、その照準がピタリと合ったタイミングでうまく遮蔽物で射線を切ってくる。
黒い帯の隙間から見える赤い瞳、そこから何故か放たれている赤い光が線状の残光となって向かってくることに恐怖さえ覚えた。
(捉えた!)
ヒナキは最後の遮蔽物から飛び出し、アルファ1へ肉薄する。
的を小さく収めるために腕を十字に、足を畳み飛びかかった。
1発、銃弾が左肩を貫通し血しぶきが舞うがナイフを握っているのは右手だ、問題なく扱える。
「クソッタレが!!」
アルファ1は激昂しながらアサルトライフルを放り投げ、振りかざされたナイフの切っ先に対して右腕を差し出した。
本来首を狙っていたナイフの刃先はアルファ1が差し出した右腕に突き刺さり貫通する。
突然の強襲に焦りを覚えたのはアルファ1だけではなかった。
搬出を行っていたアルファ2、及び3も足を止めてしまう。
「アッシュ!!」
「私はいい!! 足を止めるな早く行け!!」
凄まじい衝撃を伴って倒れ込みながら、アッシュと呼ばれた兵士は叫ぶ。
搬出の足が止まったのは時間にして数秒。
だがその数秒があれば十分だった。
先程までこちらの頭を抑えてきていた護衛の兵士はヒナキが抑えた。
残り二人はコクーンを運んでいる。
アリアはセキュリティロックの解除を終えた軍用ライフルのストックを肩にベタ付けしてホロサイトを覗く。
強化外骨格を着込んでいる敵兵士、狙うべき部位は……。
息を止める。
狙いを定める。
引き金を引いた。
コクーンを運んでいた兵士の一人、その首から血しぶきが上がり膝から崩れ落ちた。
片側の支えを失ったコクーンは強い衝撃を伴いながら床に落下する。
「アルファ2、KIA!!」
アルファ3と呼称されていた兵士はそう叫びながらライフルを構えアリアに対し銃撃を始めた。
「ううッ!!」
至近弾で火花が大きく散り、アリアは体をビクつかせるがすぐに反撃を始めた。
ここで自分が隠れてしまえば今度はヒナキが危ないためだ。
「クソが!! 指示変更だアルファ3、こいつだ、こいつをなんとかしてくれ!!」
「了解!」
「させませんって……!」
アリアは勇敢にも銃口を向け続けようとするが、アルファ3からの銃撃は正確で下手に身を晒すことができないでいた。
アルファ3はそれに対し、軍用ライフルの銃口はアリアに向けたまま片方の手を空け、腰からサイドアームである小型のハンドガンを取り出しヒナキに向けた。
「おい離せって!!」
「離すか……!!」
アルファ1はヒナキをその場に留まらせるために腕を掴んだまま離さない。
アルファ3がハンドガンの引き金を引こうとしたその時、首に衝撃的な違和感を覚えた。
それは一瞬、なにかに触れられた感触だった。
そのあとすぐに自分の皮膚が硬化するような感触の後に衝撃的な痛み。
それが首から徐々に全身に広がっていく。
「な、何なんだ……これは!!」
「クソ、嘘だろ……起きてしまったのか……!!」
アルファ3の背後から首を掴む一人の少女の姿がそこにはあった。
十代前半ほどの身長に薄褐色の肌、長い銀灰色の髪から覗く両の赤い瞳。
拘束衣もなにも身につけていないため全裸の少女のその目は暗く淀みきっており、クマがくっきりと出ていた。
この世の何もかもに絶望しているような悲壮な表情を浮かべながらそこにあった。
首を掴まれている兵士は叫びながら、体を痙攣させそのうち石にでもなったかのように動かなくなる。
そして倒れ込んだのだが、その際……。
とても人間が倒れたとは言えない硬質な音が鳴り砕けた。
(あれが触れるだけでも危険と言われる方舟の生体兵器……!!)
アルファ1、アッシュは目の前で瞬間呆気に取られていたヒナキを押し返し蹴り飛ばした。
床で砕けた兵士に一瞥もくれず、首を傾けながらアッシュへ視線を向けた。
「……うざいからあんたもこうしてあげるぅ」
ひたひたと床を歩き接近してくるステイシスにアサルトライフルの銃口を向けた。
一瞬ためらってしまった。
生体兵器と呼ばれる彼女があまりにも艶かしく美しかったから。
きれいなバラには棘があるというが、棘どころか猛毒を含む奇形花のはずだ。
引き金を引いて銃弾を放つ。
この距離だ。外すわけがない。
ひとりでに動いた”髪”に弾かれてしまった。
「嘘だろ。どうなってるんだ」
「今から壊されるのにそれ知る必要あるのぉ?」
死の手が近づいてくる。
凄まじい恐怖が全身を覆う。
しかし最後に残った理性で腰に装備していた円柱状のものを取り出しピンを抜く。
それは床を転がり、炸裂した。
このフロア内全域に閃光と音が満たされ、数秒、空白の時間が生まれてしまった。
……。
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