第6話ー浮き足立つアリアー


 次元の向こうから現れたヒナキから思わず手に入れた情報に浮足立つ。

 夜中であり消灯時間を過ぎているために薄暗い廊下を足早に抜け、エレベーターホールに差し掛かる。


 思っていたよりまともで話せる相手だった、これから管理する側としてはありがたい話だ。

 ただ顔が隠れているため表立って傭兵任務をこなす際の不審者感はなんとかしなければならない。

 どうしたものかと頭を悩ませる。


 現在自分がいるのは地下10階。

 上階行きのエレベーターをボタンを押し待っている。


 コチラへ向かって降りてきているエレベーターは現在未だ地上階にいるようだ。

 表示される回数がぐんぐんと下がり、地下へ差し掛かったところで1度止まり、もう一度動き出す。


 地下3階。


(彼ならステイシスに対しなんの先入観もないはず……。用意した職場でうまく馴染んでくれると良いのですが……)


 報告によるとヒナキはステイシスの拘束衣を解き、肌に直接触れたらしい。

 ネロ=ステイシスへの接触は生物であれば例外なく禁止されているはずなのだ。

 ルールだから触れられないのではない。

 触れることそのものに"害"があるため触れられないのだ。


 それこそ彼の体を拘束している帯のような呪い……いや、解除できる可能性がある分彼の拘束帯のほうが随分マシかも知れない。

 彼女のそれは解決しようもない体質である。


 地下6階。


 もう時計の針はてっぺんを回ってしまっているが、やることが多すぎる。

 まだ仕事中であろう総一朗へ情報の報告をしたあと、自分は秘書室で彼らのための会社を立ち上げる準備をしなければならない。


(今日は徹夜ですね。肌のケアをしっかりしておかないと……)


 年相応の美容意識を持っているために、徹夜で仕事を行うことに少し抵抗があるがそうも言っていられない。

 これから自分たちは限りなく黒に近い灰色の道に踏み込み歩き出すのだ。

 ネロ=ステイシスを少しでも長く維持するために。


地下9階。


(む、ようやく到着しますね)


 地下10階。

 エレベーター到着の電子音が1度鳴る。

 そして重苦しい金属扉がゆっくりと開いていく。


「アリア=クロイツェフ秘書官を発見。確保する」


「……ッ!?」


 エレベーターの中に何者かがいた。

 物々しいタクティカルベストと複数の銃器を携えた赤外線ゴーグルを装備した兵士のような姿。

 アリアはとっさにロングタイトスカートをたくし上げ、小型の拳銃を取り出しその不審人物に向けたが……。


 卓越した棒術のような捌きでアサルトライフルの銃身を使用し、アリアが構えた拳銃をはたき落とした。

 大声を出そうとしたところ、アサルトライフルのストックで喉を殴打され声が詰まり咳き込んだ。

 喉を軽く潰された。声を出すことができない。


(何者……!?)


 考えろ。

 わざわざ構えた銃を使わずこちらの拳銃をはたき落とし、喉を潰してきた。

 こちらを殺す気はない。

 なら何が目的だ。


 そこで思い出す。彼の言葉を。

 多分、奴らが狙ってくる。

 奴らの指揮者があの子を欲しがっている。


 今、彼女は……ステイシスは企業連合の管制塔にはいない。

 先の黒い鎧のようなドミネーターとの戦闘で受けた傷を癒やすために特別医療施設にいる。

 その特別医療施設は……。


(地下30階……目的はやはりステイシス……!?)


 アリアは正体不明の兵士に羽交い締めにされながらエレベーターに引きずり込まれていく。

 そして兵士は迷うことなく地下30階への階層ボタンを押下した。


 地下30階にあるステイシス専用の特別医療室へ入るには、入室権限を持つごく少数の限られた人間の生体認証が必要だ。

 おそらくこの暴漢はどこからかその情報を入手し、丁度この病院にいた自分を狙ってきたのだ。

 このままだとまずい。

 なんとかして誰かに……いや、冷静になって考えてみたら大事にするのはまずい。

 せめて総一朗にこのことを知らせないと。



「貴様、今何をした?」


「……」


 兵士はなにか……そう、音。不審な音に気づいた。

 その音は今自分が締め上げている女の口の中から鳴ったように聞こえた。


「口を開けろ。今すぐに」


「……」


 べっ……とアリアは長い舌を艶かしく露わにする。

 桃色の舌の上に乗っていたのは、なにか小さなスイッチのようなものだった。


「こいつ……!!」


《どうした、アルファ1》


「秘書官が口腔内にスイッチを忍ばせていた。恐らくエマージェンシーコールだ。現状影響は不明。外に動きがあったら知らせてくれ」


《了解した。継続は可能か》


「可能だ。目標を奪取するまでそう時間はかからない」


《了解。急げよ。せっかく侵入の機会を得られたのだ》


 何だ、こいつらは何を話している?

 アリアは薄れゆく意識の中で、総一朗へのエマージェンシーコールが実を結ぶように切に願った。



……。


「……ンで、俺にお鉢がそのままポイ投げされたわけだ、ミスタノーフェイス」


《状況が状況だ、君しか頼る宛がない。初顔合わせがこのような無礼な形になり申し訳ない》


「これ顔合わせてるのか? その白面のせいでわからないな」


《訳あって顔を晒せなくてね。で、協力願えそうかね?》


「訳あって一文無しでね」


《当然、報酬は出そう》


「マーダーライセンスは?」


《不審者の生死は問わない。彼女さえ……そしてステイシスさえ無事であれば》


「いいね、わかった。高く買ってくれよ? なんたってこの世界に来て初の仕事なんだからな」


 男は金属パイプで仕立てられたベッドの手すりを破壊し、棒状のそれを肩に担いだ。


「まぁちゃんと助けられたらの話だけど」


 そしてその檻のような病室の扉は総一朗の遠隔操作にて開かれた……。

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