第5話ー次元旅行者ー


「……というわけで貴方の身柄は私が預かることになりましたので」


「いや、どういうわけ? 脳みそ傷ついてる人間にもわかりやすいように説明してほしいんだよな」


 企業連合管理の大型病院。

 その地下にある頑強な壁に囲まれた病室のベッドに寝かされている彼に対し、アリアは端的に事を伝えたが彼には伝わらなかったようである。

 その彼は得体のしれない場所から突然現れた戸籍もなにもない不審人物なわけで、そのベッドには拘束用のベルトが設置されており、それでがんじがらめにされていた。


「私だって説明してほしいですよ。こんなコトになった理由とか……というか何者ですか貴方。尋問官の質問にはろくに答えられていないと聞きましたよ」


「頭の中にあったものを無理矢理取り出したから記憶が欠けてるみたいなんだよな。身分証はあったろ」


「タグはありましたがそれは身分を証明するものにはなりえません」


 彼の身につけていたタグ……いわゆる認識票を確認する限り、軍隊のような組織に属しているらしいこと、そして名前はシドウヒナキという和名であるということはわかっていた。

 しかしもっとも重要となる、ステイシスに対して行った処置、何故こちらの世界に現れたのか、目的は何なのかなどは一切不明だった。

 それを聞き出すために尋問官が彼のもとを訪れたが、思い出せないの一点張りで得られるものはなかったそうだ。


 確かに彼の大脳皮質を始め脳の数箇所に異質なダメージが加わっていることを確認しているため、恐らく記憶障害というのは本当だろうと結論付けられていたが。


「頭の中にあったものとは?」


「あんたが信頼に足る人だと確認できたら話すよ」


「なら覚えているのでは?」


「どれを覚えてるか忘れてるかなんて俺のさじ加減だろ」


 この男……私達をまったく信用していない。

 確かに信用に足る材料も何もないのだが、最新鋭の医療を受けさせているというのにこの態度はないんじゃないかと思う。 

 アリアはまさに暖簾に腕押しであるこの状況に嫌気が差してしまうが……。


「……悪い。俺もこっちの世界には一人できたんだ。何が良くて何が悪いかのものさしもはっきりしてないんで簡単に信用できない。あんたにも事情があるんだろうが俺にもあるんだ。わかってほしい」


 アリアは腕を組み、ジトリとした目で彼……ヒナキを睨めつけていたがその言葉を聞き大きくため息をついた。


「はぁ……わかりました。ではあまり核心に触れるような質問は避けましょう」


 とりあえずヒナキにとって隠匿しておきたいことであろうこと、いわゆる信用に足る人物にしか話せないであろうことは除き質問をするために近くにあった椅子に腰掛けた。


「おいくつですか」


「28歳だな。……多分」


「多分とは?」


「あっちでもこっちの世界でもない次元の狭間に拘束されてたからな。そこは三次元世界じゃなく、おそらく四次元的要素が絡んでて……まあ簡単に言えば時間の流れがおかしかったんだ。だから今の俺が何歳かは……おそらく28だと思うんだよな」


「そうですか。では私のほうが年下ですね。タメ口を許します」


「どうも」


 そこから淡々と質問を飛ばすアリアだったが、軽口を交えながらも凄まじい警戒心を彼から感じていた。

 間違いなく彼は答えても良い質問にしか答えない。

 だから確実に答えを得られる質問だけ投げかけていく。


 身長や体重、仕事など……。


「いわゆる軍隊に所属していたということですね。兵科は?」


「ドミネーター対策に特化した特殊技能兵って扱いだったな。実際は対人でもなんでも平均水準にはこなせる。こっちの世界で通用するかわからないけど」


「二脚機甲兵器のようなものに搭乗していたと聞きました」


「こっちでもそう言うんだな。確かに乗ってたよ、随分長い間相棒だった」


「傭兵としては随分な優良物件ですね」


「高く買ってくれると助かる。一文無しなもんで」


 アリアは軽く笑みを浮かべ、最後の質問を投げかけた。


「最後に貴方の顔を覆うその黒い帯と……そこから覗く赤い瞳のことを聞いても?」


「帯の方だけなら答える」


「では帯の方だけお願いします」


 この質問はヒナキという男の核心をついてしまい警戒心を強めてしまう可能性があることを認識しながら、それでも確実に投げかけたい質問であったため一か八か投げかけたのだが……。


「奴らに次元の狭間に落とされた時の拘束具の一つとでも言えばいいか? ある程度の身体能力やらなにやらの枷になって万全な状態で動けないんだ。さっさと解きたいから協力してくれると助かる」


「とても興味深い回答です。わかりました、雇い主として協力します。貴方の顔も拝みたいですしね」


 最後の質問が終わったため、アリアは立ち上がった。

 そして電子キーを取り出しヒナキをベッドに縛り付けている拘束具にそっと押し当てた。

 しばらくするとその電子キーから二度電子音が鳴り、拘束がみるみるうちに解かれていく。


「いいのか?」


「なにがです?」


「ここであんたを制圧して逃げるかもしれないぞ」


「そうしたいならどうぞ。逃げた先で頼れる方が居ればですが」


「まあ野垂れ死ぬのが目に見えてるもんな……はぁ、こんな惨めな気持ちになるなんて久しぶりだ」


 あれだけぐるぐると拘束されておきながら今になって惨めさを感じるものかとアリアは笑ってしまった。

 ただ今回の問答で理解できたのは、彼が決して悪い人間ではないということ。

 そして理性的に話せる相手だということだった。


「あなたと共に働く方がもうひとりいます。またご紹介しますよ」


「へえ、楽しみだ」


「ふふ、また来ます。もう少しの間、療養していてください」


 そう言って踵を返すアリアだったが、ヒナキに声をかけられ振り返った。


「なんです?」


「え……あー。一つ言っておきたいこと、というか警告のようなものなんだけど」


 ぽりぽりと頭を掻きながらヒナキはあまり乗り気でないような声色で言う。


「彼女、気をつけて見ててほしい。多分、奴らが狙ってくる」


「彼女?」


「赤目で灰色っぽい長い髪をした褐色肌の……あー、やたら美人な胸大きい背小さい子」


「ネロ=ステイシスです」


「ネロ?」


「ええ。貴方はあの子の顔を見ているのでしたよね。方舟の最高戦力にして最強の生体兵器……とされている子です」


「ああ、そう。とにかくちゃんと見ててやってくれ」


「奴らとは?」


「あの子を追い詰めた鎧みたいなドミネーターがいたろ。奴らは個体じゃない、群体……組織だ。つまり脳みそ持ってるやつが怪物共の指揮をとってる。その指揮者があの子を欲しがってるんだ」


「……頭の隅には置いておきましょう。警告感謝します」


 頭の隅に置いておく?

 いや、そんなわけがない。

 頭の隅どころか先程の問答の中においても最上級の情報だ。


 あの荒唐無稽な恐ろしき怪物共に統率者がいるのか。


 そんな情報は今まで聞いたことがない!


 病室を出た彼女は少しずつ歩速を早めていきながら総一朗の元へと向かうのだった。

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