第4話ー最高戦力の行く末ー
人類に対し侵攻、殺戮を繰り返す黒い異形の怪物。
その怪物の出現により世界地図が灰色に塗り替えられた。
数々の国や都市が壊滅し、怪物が放つ侵食性の物質により居住地が汚染され住めなくなっていった。
それに対抗するために作り出されたのは人型の巨大兵器、人類の命を守り運ぶ方舟と呼ばれる巨大都市……そしてその怪物の因子を組み込んだ生体兵器だった。
完成体であるネロ=ステイシスの名を与えられた個体が生まれるまで、何百という実験体がその怪物の因子に体細胞が耐えられず変異を起こし黒い異形の怪物となる異形化が起き処分されてきた。
途方もない確率から人ならざる力を手に入れた彼女に与えられたのは、巨大都市方舟を延々と守り戦う役目。
あとは兵器としての領分を守らせるために娯楽は与えず、教育係の女性アリアと管理者として精神の拠り所である総一郎という男があてがわれたのみ。
出撃以外の時間はほとんど自己因子バランスを整えるために、嫌な匂いのする液体で満たされた調整槽の中。
いつ精神崩壊を起こし暴れ出しても問題ないように頑強な繊維で編まれた拘束衣を着用。
あまりに恵まれた美しい容姿をした少女のため、研究者が情に絆されないよう頭の先まで隠されることを強制され生きてきた。
己の価値は人類に仇なす怪物を屠る事。
それができなくなったその時は……。
「処分……ですか」
「ああ。今回の件で中央評議会がその決議を下す予定だと連絡が入った」
「彼らは正気なのですか? 彼女は戻ってきたのですよ」
「何があれの異形化を抑えたのかは現在調査中ではあるが……。一つ言えることは活性化した因子を抑えた原因であるイレギュラーがなければ確実にこの方舟に牙を剥く、史上最悪の存在になっていたということだろう」
総一朗と呼ばれている彼の表情は白い仮面で隠されており確認できないが、推し量ることはできる。
アリアと言う名の彼の秘書である女性はあまり感じたことのない彼の悲壮感に言葉をつまらせていた。
方舟という都市はドミネーターと呼ばれる異形が現れ半ば崩壊した国に変わり、企業が集まり作り上げたいわば独立国家のようなものである。
そう、”ようなもの”……国のようで国ではない企業の集まりのため一枚岩ではない。
その企業の寄せ集まりをなんとかまとめようと設立されたのが企業連合という名の同盟組織。
実質、この企業連合がこの方舟を統治しているのが現状である。
そしてその企業連合のOB的存在であるのが中央評議会。
主に企業連合が行う政治的事案の評議を行う機関であるが、保守的な考えに基づく古い機関であるため改革推進派……いわゆる若い者たちには嫌われる傾向にある。
「そんな……世間にはどう説明を行うつもりなのですか。方舟に住む住民たちは皆方舟の最高戦力である彼女を守りの要として見ているのでは」
「方舟の最高戦力……という偶像をだ。一般人はみな、彼女が彼女であることすら知らない。方舟の危機に対し現れる純白の特殊二脚機甲。それが我々を護ってくれているとしか認識していない」
アリアはしばらく黙り込んだ。
そして気づく。
次に中央評議会の連中が考えそうなことを。
苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべ、血の気が引いたまま言葉を紡ぐ。
「代役を……立てると?」
「舞台に上がるのに顔はいらない。奴らに対抗できる強大な力を持っていればそれでいいのだよ」
「そんな……ッ。そもそも彼女に匹敵するほどの実力者など存在しないはずです!!」
「そう。比類するものがいないのだ。だから彼女は……ネロ=ステイシスは殺されない」
白面の男は大きく息を吸い、吐く。
「ネロ=ステイシスのクローン計画が立ち上がった。彼女はその計画の礎として生き続ける。異形化のリスクを排除するため脳死状態にされた上で」
アリアは絶句した。
方舟を守るために倫理に反する人体実験を幾度となく受け続け、兵器として完成した哀れな彼女をこれ以上辱めようというのか。
いっそ……いっそのこと一息に殺してあげたほうがまだ彼女にとって幸せなのではないかと。
そんな馬鹿げたことが頭によぎってしまうほど前後不覚に陥っていた。
「馬鹿げています!! そんな……彼女の尊厳を踏みにじるような決定は!!」
「そうだ。馬鹿げている。だが今の評議会はその決定をたった数丁の銃の決裁を行うような気軽さで下すだろう」
君の怒りは最もだ。
白面の男は秘書の怒りに同意を示し……そして言う。
「こんなこと、許されていいわけがないと思わないか」
「とっ……当然です……!! こんな非道、許されていいわけがありませんッ」
ついには顔を真赤にして泣き出してしまった秘書に対し、相変わらずの低トーンでさらに続ける。
「ふむ、彼女を……ステイシスを助けたいと思うか」
「それこそ当然でしょう! 正直に言うと未だに私は彼女のことが恐ろしくなる時があります。でも、だからといって意思を殺され体だけ生かされ、生体サンプルとして存在し続けるだなんて許せるわけがありません!」
凄まじい剣幕でそう言う秘書に対し、引き続き冷静に白面の男は言う。
「ならば彼女を救おう」
「……は?」
なんだこいつは。
突然何を言い出すのだ、頭がおかしくなったのかこの朴念仁は。
それができないから今私はこれだけの怒りと悲しみをさらけ出しているのではないか。
臭いものを嗅いだ時の猫のような反応を見せた秘書に更に続ける。
「そうだな……民間傭兵会社を立ち上げよう。私はこの立場であるため会社は持てないが君なら大丈夫だろう」
「……んん?」
「社員はもちろんステイシス」
何だこいつは。
評議会とは違うベクトルでとんでもないことを言い出した。
正直今すぐ叫び出したいところだったが、普段冷静かつ冷酷にこの白面の男の秘書を務めていた自分だ。
この男の突拍子もない物言いには慣れている。
「……そして、こことは異なる世界から現れた例の男だ」
「流石にそれは度が過ぎてませんか総一朗ッ!!」
「まあ落ち着くんだ」
アリアの取り乱しように少しばかり驚いた声色を見せる白面の男はその計画の概要を説明し始めた。
モニターに資料を投影しながら、長時間に渡る説明ではあったが……。
……。
・世間に対しては一時的にステイシスは重症を負い療養中であることにする。
・クローン計画のためのステイシス生体サンプル化は、白面の男の息がかかった研究者に用意させた別クローン生体にステイシスの細胞及び遺伝子サンプルを仕込むことで評議会に対し偽装を行う。
これによりステイシスのクローン計画は体面上行うことが可能である。
・ステイシス及び正体不明な異世界の男を実質白面の男の管理下に置くことで評議会及び企業連合を欺き続ける。
「はあ……まあ要約するとこういうことですね」
「資本金は私の懐から出す。大した額は出せないが会社設備を整える際はそれでやりくりしてほしい」
「しかし、よく研究機関側が協力してくれる気になりましたね」
「ステイシスのオリジナリティはそれだけ彼らにとっても重要なものだったということだ。彼女の脳死処理が行われることを伝えたら激怒していたよ。うちの最高傑作を台無しにするつもりかとね」
それはそれでやはり頭のネジが飛んでいる発言だとアリアは思うが……この際贅沢は言っていられないだろう。
おめーらが延々とステイシスを苦しませてきたんじゃねーのかとか口が裂けても言えない。
偽装に関わらせるわけで、この偽計がバレれば自分が所属している企業連合と評議会を敵に回す可能性があるのだから。
「こことは異なる次元から現れた彼が気になりますが……」
「私にもわからん。だが彼の付近にいるとステイシスの因子数値が安定するという事実は確定している」
実際、彼女の暴走の原因となる因子の活性化はその異次元から来た彼に近ければ近いほど安定し、距離が離れてくると多少の乱れが見える。
それは、彼さえ近くにいる環境を作ればステイシスは調整槽に入り続ける必要が無くなり、投薬も最低限で済むことを意味していた。
だからこそ、その近くにいられる環境を用意する必要があるわけだ。
「だがまあ……評議会に2人ほどステイシスの容姿を知っている人間がいる。それはいずれ……」
そこまで言い、白面の男は黙った。
底知れない不穏さを漂わせていたため、アリアもそれ以上聞き出すことはしなかったが。
「さあ始め給え。登記書類の作成及び申請に事務所の選定。それに傭兵業だ、特例付き殺人許可証も取得しなければな。なに、私の権限を使えばすぐに取得できるさ」
「NPCとして活躍しすぎて有名になっても知りませんからね」
「それはそれで良いじゃないか。さあ、まずはこの方舟を騙すことから始めようか」
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