第3話ー救出ー


 彼はすぐさま白い機体に駆け寄り、状態を確認する。

 機体の大部分が欠損しているが、その欠損箇所を埋めるように黒くウネウネとした物質が埋まりこんでいる。

 黒い異形の死骸を取り込み融合を始めていたため、機体そのものがあの異形の怪物に変わり始めているのだ。


 「炉の”グレアノイド”を吸収して活性化してんな……。クソ、無事でいてくれよ」


 機体の状況は最悪であり、今すぐにでも破壊しなければ言葉の通りミイラ取りがミイラになることになる。

 持ち前の身軽さで横たわる機体の装甲に足をかけて跳び、コクピット付近へ。

 搭乗口であるハッチは大抵背部にあり、運良くそのハッチは露出していた。


「目の前のセキュリティシステムにハッキングを要請する」


 男はスティック状のデバイスをハッチ付近のコネクタに突っ込みながら事務的に言葉を紡ぐ。

 鎖で拘束され、上空にあるワームホールに引きずり込まれている最中である黒い装甲を持つ機体の目が2回、赤く点滅した。


《了。システムハッキング開始。セキュリティコード解析、固有ノ解除コードヲ複数確認。数分カカル》


「わかった。あっちに引き摺り込まれるまでに終わりそうか?」


《ガンバル》


「ごめんな」


《謝罪不要。アナタヲコノ世界ニ置キ去リニスルコト、コチラコソ悪キニ思ウ》


「良いよ。お互い様だしな」


 デバイスを通して聞こえる機械的な声に対し、男は小さく笑みを浮かべて答えた。

 機械のくせに本当に感情豊かな話し相手だった。


《解除デキタ》


「助かる」


 自動でハッチが開く。

 幾重にも重なった扉が次々に開いていき、ようやくコクピットへの道が開いた。

 コクピット内の壁にも黒い侵食体が這って蠢いている。

 やはり内部まで侵食が進んでいる。

 急ぎ、コクピットシートに向かいパイロットと相対する。


「……囚人か?」


 手足の拘束はこの機体を操縦するため解かれているのだろうが、明らかに身体各部を拘束するための頑強なベルトが備えられた、頑強な繊維を持つ拘束衣を着用した何かがいた。

 頭の先まで覆われているため顔も確認できない。

 大きく胸の部分が膨らんでいるため女性であることはわかるが……。

 とにかく、機体だけでなく彼女にも黒くうごめく侵食体が多く絡みついていた。


 絡みついている黒い侵食体をある程度引き剥がし、パイロットシートから引き離してから担いで外に出る。


 人一人余裕を持って寝かせられる瓦礫の上を確保し意識がない拘束衣の女性を寝かせ、状態を確認するために顔を露わにしようと頭部のファスナーに手をかけた。

 しかしファスナーが下がらない。


《対象ノ開放部ニセキュリティロックヲ確認。簡易。スグ開ク》


「頼む」


 男がデバイスの先端をファスナー部分に向けると青白い光が照射され、ロック機構へのハッキングが開始された。

 ものの数秒でハッキングが完了し、ロックが解除される。

 改めてファスナーを掴み、一気に引き下ろすと……。


「こんな子があの機体を動かしてたのか……?」


 艷やかで長い銀灰色の髪、眉、まつ毛に褐色の肌。

 血に塗れていてもわかる整った端正な顔立ち。

 背丈から大体十代半ばの少女のようだが、下ろして開放されたファスナーの間から見えるなめらかな弧を描く女性の部分は豊かである意味でのアンバランスさを感じさせる。


 閉じている瞼を指の腹を使い少しだけ持ち上げた。

 特徴的な縦長の瞳孔にルビーのような美しさを持つ赤い瞳が確認できる。


「ドミネーター因子適合者の特徴だな。完全じゃないみてぇだけど。こっちの世界にいたなんて……」


 男は手に持っていたデバイスを空中に投げた。

 少女の上でしばらく静止してから生体スキャン用の光を放ち、頭から足までスキャニングを行った。


《確カニ、完全ニハ適合シテイナイ。相当数ノ生体実験ガ行ワレタ形跡アリ。常人ナラバ自我崩壊ヲ起コシテイル》


 少女は突然咳き込み出し、大量の血を吐いた。

 血をもろに顔に浴びた男だったが冷静に振る舞う。

 少女が血液による窒息に陥らないように体を横倒しにし気道を確保した。


「まずいな。因子の拒絶反応が起きてる。このままだと体細胞が耐えられない。異形化するぞ……」


《彼女ニ安ラカナ眠リヲ与エルコトヲ推奨スル》


 ドミネーター因子という、この少女を普通じゃないなにかたらしめている因子による異形化を防ぐためには、生命活動を終了させるのが一番てっとり早い。

 てっとり早いのだが……。


《推奨デハナイ案モ提示スル。対象ヘノ……》


「ゲートキーの譲渡」

《ゲートキーノ譲渡》


 男と機械音が同時に言葉を発した。

 

「それしかねェだろうな。どうせ俺の体はなりそこないだ。ゲートキーは必須じゃない」


《非推奨ダ》


「このまま見捨てるには、この子はあまりにも強大な力を持ってる」


《心配ヲシテイル。我ガ友》


 男は上空の黒い機体に視線を移した。


《ゲートキーハ貴方ノ脳内ニテ神経へ直接接続シテイル。デバイスニヨル転移譲渡ヲ行ッタトシテモ甚大ナ脳機能障害ガ起コル可能性ガアル》


「可能性の話だ。起こらないかもしれない。転移座標の設定はお前に任せるんだから大丈夫だろ」


《成功スレバソノ少女ト因子ニヨル”リンク”ガ発生スル。影響ハ計リ知レナイ》


「それが狙いなんだよ。体内の因子の活性を抑えられるかもしれないだろ」


《……”シドウヒナキ”、ゲートキーヲ手放スコトニヨリ貴方ガ今行使デキルホボ全テノスペック、サーバーカラノバックアップガ無クナル。私ハ心配ダ。我々ハ貴方ニ干渉デキナクナル。貴方ヲ助ケルコトガデキナクナル》


「それで元々だ。お前は心配性なんだよ……ッ!?」


 彼は上空に視線を移していたため気づかなかった。

 異形化が進行し、正気を失った少女が凄まじい目つきで起き上がり自分の首を掴んできた。

 凄まじい力だ。

 息ができないどころの話ではない。

 このままだと首をへし折られる。

 

 締めにきている腕を掴み離させようとするがまるで歯が立たない。

 鋭い赤い光うを放つ瞳がまっすぐ自分を睨みつけている……。


「ぐっぅ……!! 頼む……どちらにせよ……このままじゃ死ぬ……やってくれ……!!」


《……了。緊急時ニツキ承認行為ヲ除外。祠堂雛樹ニ与エラレタゲートキーノ譲渡ヲ行ウ》


 空中にて浮遊していたスティック状のデバイスが男の額付近まで移動し、光を放ち始めた。

 男の脳内にあるという、そのゲートキーの位置をスキャンする。


《ゲートキー位置ヲ捕捉。転移座標指定》


 デバイスから照射される光の線が男と少女の脳を繋ぐようにアーチを描く。


《サヨウナラ、我ガ友。コノ世界デモ、貴方ニ多クノ幸アランコトヲ願ッテイル》


 声はもう出ない。男は次元の向こうへ消えゆく黒い機体に対し、左手をひらりと上げた。

 それが最後のあいさつとなるように。


 《ゲートキー転移開始》


 次の瞬間、視界全てを覆うほどの閃光が周囲を包みこんだ。


……。

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