第2話ー暴走、侵食ー


強い。

自分が今まで壊してきたものの中で一番。


 しかもあの黒い鎧のような怪物は刃物も遠距離中距離の攻撃手段も使用せず、鋭い鉤爪のついた両腕両足のみでこちらを追い詰めてきている。

 いや、弄ばれている。


 せめてもう少しましな体調であれば問題なく対応できていたはずだ。

 

 だが今は駄目だ。

 異常なまでの破壊衝動に精神が侵され、自分ではないなにかになりそうな感覚に振り回され半分も力を発揮できない。

 自分を保つために必死に理性をつなぎとめながらこの純白の機体の操縦桿を握っている。

 でないと守るべきものと叩くべきものの区別がつかなくなるから。


 距離をとってもすぐさま接近してくる黒き鎧の怪物に対し、獣のようなうめき声を上げながら大地を蹴り上げ、さながら瓦礫と岩を散弾のように放つ。


 動きに精彩を欠いてきている。

 黒き鎧の主は口元に笑みを浮かべた。


『そろそろ終わりにしようじゃないか、哀れな姫君』


「うぅ……ッ!?」


 瓦礫の雨あられを物ともせず、真正面から突破してきた黒き鎧は純白の機体の右脚部その膝付近を蹴り、踏み倒した。

 可動域とは逆に凄まじい衝撃が加わった脚部は膝を起点にへし折れ、支えを失った右半身はガクリと地面に落ちる。

 だが、落ちながらも左手に装備したハンドキャノンの銃口を向け……ようとした。


 機体、左腕がない。


『お探しはこれかな』


 黒い鎧の怪物はぶらぶらとまるでおもちゃでも扱うかのように、純白の機体からもぎ取った左腕部を見せつけた。


 一瞬、自分の守るべきもののことを想う。

 ……そんなに大切なものだったっけ?

 ……駄目だ。もう、楽になろう。


……。


「総一朗、ステイシスの”ドミネーター因子”の適合率が許容範囲を大幅に超えました……。このままだと変異が始まってしまいます」


「……」


「総一朗!」


 管制室にアリアの上ずった声が響き、総一朗という男は下げていた頭をゆっくりと上げた。


「出撃準備中の各特殊二脚機甲部隊に通達しろ。破壊目標が一つ増えたと」


「……総一朗!?」


「手綱が切れた。彼女はもう敵と味方の区別もつかないだろう。迷っている場合では……ない」


「……了解しました」


 彼のその迷いのない表情を確認し、アリアは中央管制室へ通信を入れた。


……。


『ほう、ほうほう。まだやれるようだね』


 目の前の純白の機体は残った腕で近くの黒い異形を掴んでいた。

 その異形は先刻の砲撃にてすでに息絶えていたが、その黒い鉱石な体はぐちゃぐちゃと形を変えながら白い機体にまとわりついていく。


『ふふ、ようこそこちら側へ。大変喜ばしいことだ』


 付近の黒き異形の亡骸もまるで磁石に吸い寄せられるかのごとく白い機体にまとわりつき……そして、なくした左腕部と右脚部を補うように形を変えていく。

 そう、まるで異形と融合するかのごとく破壊された箇所を修復したのだ。


「あァはははははははッ」


 鮮烈な笑い声を上げ、機体を立ち上がらせる。

 機体ステータスを示すモニターにはエラーの文字が並び、アラート音が鳴り続けていたが拳を振り上げ破壊し強制的に黙らせた。


『おっと』


 黒き鎧の主は意表を突かれ、ひょうきんな声が漏れる。

 純白の機体に取り付いた左腕部の形をした異形体が触手のような形を取り、伸び、胴体に絡みつき捕らえてきたからだ。


 絡みついたそれを腕で引きちぎろうと試みたが千切れず、引き寄せられほぼゼロ距離でハンドキャノンの一撃をもらった。

 凄まじい衝撃に吹き飛ばされたが、体勢を大きく崩すことなく踏みとどまり正面を見据えた。


 純白だった人型の機体の姿が消えていた。


『動きに立体感が出てきたねえ。いいじゃないか』


 気配は頭上。

 立つ鳥あとを濁さずとは言うがあの大質量の兵器が音もなく跳び頭上を取れるものかと感心する。


 異形の細胞で接いだ腕が大砲の砲身のように変形し、表面がぼこぼこと嫌な泡立ちを見せながら赤い粒子が収束し放たれた。


 赤い光を放つ光線は歪な砲口を起点として広がり地上の敵を飲み込んだ。

 

 黒き鎧の怪物は直撃する前に大きく回避行動を取っていたが、それでも右腕をごっそり削がれていた。

 血液のようなものを噴出させながらも、異常な速度で右腕全てを再生させ拳を広げて握り、駆動に問題ないことを確認。


 因子暴走による異形との融合、堰を切ったような怒涛の攻勢。

 凄まじい力であり、先程相手にしていた機体とはまるで別物であった。

 現状防戦一方であり、反撃できないでいる。


 まあただ、何も持たず使わず身一つで相手をしている現状であれば……の話だ。


 このままであれば間違いなく彼女は異形の因子に呑まれる。


『いい頃合いだ、そろそろ絶望を与えてあげよう』


 腕部と脚部から異形の侵食が進み、白かった機体は黒に染まりだしていた。

 黒鎧の怪物は攻撃をいなした上で大きく後方へ跳び距離を取り、大きく両腕を広げる。


『さあご覧あれ、我が故郷の素晴らしき兵器の数々を!』


 周囲の空間半径数百メートルに及び、空間の歪みが現れひび割れた。

 数十に及ぶそのワームホールからせり出してきたのは大小様々な銃器の数々。


 その全ての銃口が彼女に向いている。

 破壊衝動に侵された頭ではその常軌を逸した状況を正しく処理することができない。

 相手が何をしようが関係ない、全て破壊してしまえばいい。 


 全砲門開放、粒子収束開始。


 白い機体が備える粒子砲塔及び、同化した異形の細胞を使用した複数の複製砲塔がせり出し、眩く輝く赤い粒子をそれぞれに収束させてゆく。


 異次元から現れたおびただしい数の兵器と最高戦力とされる機甲兵器の砲撃がぶつかり合い、凄まじい爆発が一帯を襲った。


……。


 莫大なエネルギーのぶつかり合いにて起こった爆発は土砂を巻き上げ、しばらくは視界が暗くなるほどの密度で舞っていたが……強い風が吹き、砂埃が晴れていく。


 そこには無傷の黒鎧の怪物と、対照的に幹部なきまでに破壊された白い機体の姿があった。

 大破した白い機体には未だ侵食を続ける異形の黒い細胞がアメーバ状になりまとわりついていた。

 破壊された各部から火花が散り、ジェネレーターから赤く光る粒子が漏れ出している。


『方舟とやらの最高戦力は落ちた。さあ、あとは”取り込む”だけだね』


 微動だにしなくなった白い機体に1歩1歩と歩を進め、近づいていく。

 そしてその機体に対し腕を伸ばそうとしたその時、ビタリとその動きが止まった。


『この空間反応の異常は……まさか』


 黒鎧の怪物は頭上を見上げる。

 その視線の先には広大の空の中にぽつんと存在している空間の歪み、赤い光が漏れるそのヒビ。

 

 あそこは白い機体が重粒子方を空から撃ったときに発生していた空間の歪みが存在していた箇所になる。

 通常なら重粒子砲による空間の歪みはすぐに修正されなにもない空間になるはずだった。

 だがそれは未だ存在し続けており、徐々に広がり続けさらには黒鎧にとって芳しくない気配が漏れできていたのだ。


 気づくのが遅すぎた。

 目の前の白い機体に気を取られすぎていたのだ。


 上空のヒビを割り、機械質な腕が飛び出してきた。

 その腕、手首の部分には頑強な手枷がはめられており、ワームホールの向こうから金属質の鎖が繋がれている。


 その鎖はその腕を凄まじい力で異次元に引きずり込もうとしているが、それに抗いながら空間の歪みから這い出してきた。


 黒い金属質な装甲をもつ人型の機体は同じく黒い鎖で四肢を拘束されているが、その拘束もろとも引き摺り、地上へ堕ちてきた。

 凄まじい質量を持つ機体が、大破した白い機体と黒鎧の怪物の間に割って入るように立ち、黒い怪物を睨みつけるように赤い目を持つ顔を向けた。


『できそこない傭兵の生き残りか。せっかく次元の狭間に落としてやったというのに、しぶといものだね』


《ようやく補足できた……。人様の世界に迷惑かけやがって……》


 自分を拘束している鎖を握りつぶし自由になった右手を黒き鎧の怪物に向け、人差し指を立て指し示す。


《もいっかい殺してやるよ》


『はるか昔とは違うのだよ、ヒーロー』


 先程黒き鎧が展開した複数のワームホールからの兵器の出現。

 それと同様のワームホールが、突如現れた黒い機体の周囲にも現れた。

 せり出してきたのは有機的な見た目の怪物のものとは違い、機械的なシルエットをそれぞれ呈す兵器の数々だった。


 砲撃の応酬が始まった。

 黒き鎧の怪物が展開した兵器の弾丸を補足し、それを撃ち落とすように黒い機体が展開した兵器が稼働する。

 撃ち放たれ撃ち落とされたそれらは宮中でまるで花火のような火花を上げて着弾することなく散っていく。


 黒い機体は自らの右手付近に空間の歪みを出現させ、そこから柄のようなものをせり出させた。

 異次元から引き抜かれたそれは自身の機体高以上もある巨大なブレードであり、それを構えて推進機構を使用し、正面に向かって跳ぶ。


『ふん……君は予定になかったんだがね。もう少しだったというのに、歯がゆいことだ』


《……ッ、逃げっつもりか腰抜けェ!》


 黒鎧の怪物は自分の背後に大きな空間の歪みを発生させ、ワームホールを開いた。

 接近してくる黒い機体に対し、後方へ跳びワームホールに飛び込んだのだ。


《野郎……ッ》


 振り下ろしたブレードの刃は、一瞬にして閉じたワームホールのせいでなにもない空間を切っていた。

 空振りである。


 周囲に展開されていた兵器群も同時に次元の向こうへ消えていく。


 残された黒い機体はブレードを次元の向こうへしまい込んだが、直後がくんとひどい衝撃が襲う。


《くっそ、やっぱ完全に振りほどくのは無理か……》


 黒い機体を拘束していた鎖が再度機体を拘束し始めた。

 まるで蛇のように機体に絡みついていき締め上げる。

 その黒い機体に搭乗している男はとっさに緊急脱出装置を作動させた。


 機体の背部からコクピットポッドが射出され、凄まじい勢いで瓦礫だらけの地上を転がっていく。

 ひとしきり転がって大きな瓦礫にぶつかり止まったあと、コクピッドポットから姿を現せたのは……。


 顔全体を黒い帯で巻き隠匿した男性だった。

 右目部分のみ隙間が空いており、そこから見える赤い瞳は再度拘束されて空間の歪みに引きずり込まれていく黒い機体を目で追っていた。


「助けてやれなくてごめんな……」


 自身が乗っていた機体に一瞥し、すぐに後方で侵食が進み続けている白い機体の方に視線を移す。


「急がねェとまずいな」

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