ノアの弱小PMCー異世界から来た兵士と兵器少女、たった2人の防衛戦線ー

稲荷一等兵

第1章ープロローグー方舟大侵攻

第1話ー出撃要請ー

「総一朗、第1防衛ラインHQよりステイシスの出撃要請がございました」


「受理できん。あれは先だっての任務で心身共に不安定な状態だ。企業連傘下の特殊二脚機甲部隊はどうした」


「緊急時防衛体制にて、この中央統制部の防衛に当たるようです」


「我が身第一の政治家気取り共が……最前線で命を張る兵士達を見殺しにする気か」


 顔を真っ白な仮面で隠匿した男が書斎机に座りながら悪態をつく。

 話をしている相手はおそらく秘書と思われる女性であるが……。

 どうも雲行きの怪しい会話を行っているようだ。


「センチュリオンテクノロジーの二脚機甲部隊に救援要請を。私の名を出せばおそらく……結月少尉が動くだろう」


「彼らが我々企業連合の要請に対し動くとは思いませんが」


「だから私の名を出せと言った。全ての責任は私が持つ、企業連の名は出さなくていい。こうしているうちにも奴らに我々の大事な戦力が削がれている。急げ」


 重苦しい雰囲気の中、この書斎の正面扉が何かを感知し自動で開く。

 彼らは開いた扉の先を確認すると……。


 そこには頭の先から足首を全て覆うよう作られた拘束衣を身にまとった人型の何かがいた。

 かろうじて右目の部分のみ切れ込みが入っており、そこから赤い瞳が覗いているが……。


「ステイシス……調整槽から抜け出してきたな。おとなしくしていろ」


 全身拘束されている彼女はたどたどしい足取りで歩いていたが派手に転倒。

 転倒したそれを起こそうと秘書である女性は反射的に手を伸ばそうとするが、ハッとした表情を浮かべ差し出そうとする手を止めてしまう。


「お父様……ネロは大丈夫だからぁ」


「ネロ=ステイシス。総一朗の決定です。今の貴方に出撃を許可することは……」


「……うるさい」


 秘書である女性は言葉に詰まる。

 拘束衣のせいで身体の自由が効かず芋虫のように床に這いつくばりながらも睨みつけてきたその赤い瞳にあまりにも鋭い殺気を感じたからだ。


「……わかった」


「総一朗!?」


「企業連合の特殊二脚機甲部隊が動かない以上、このままでは大勢の死傷者が出る。最大限の調整は行う、出撃を許可しよう」


「あり……がとぉ、お父様ぁ……」


「アリア、今すぐ出撃に耐えうるまで身体の調整を行う。今すぐ調整班を呼び因子バランスの調整を行わせろ。急げ、奴らは待ってはくれんぞ」


 遠くで様々な指示を出している"お父様"の声が聞こえる。

 だがそれ以上に頭の中ではうるさく叫び続ける破壊衝動の渦に目の奥が痛み精神が侵されていく。

 体が自分の意志とは関係なく暴れだそうとする。

 必死にそれを抑えつけ……抑え続けると肉が裂け、ひどい痛みに苛まれる。


 だが、戦っているときだけは。

 あの怪物を殲滅しているときだけはその痛みや衝動を忘れられる。


 ネロ=ステイシス。

 この世界を守護する最高戦力である彼女はただ、戦うことだけを目的として生み出された兵器であった。

 故に戦場の中でしか生きられない体にされ、戦場を望み、人並みの幸せを知ることなく戦場で死んでいく運命にある。


 異なる次元からこの世界へ侵攻してきた怪物に対抗するため生み出された、悲しき生物兵器。


 これは、彼女が求めるものが戦場から別のなにかに変わることを願う物語。


 ……――。


 宵闇の地平線、さらなる敵勢力確認。

 大小様々な異形が赤い光を放ちながら群れをなしている。

 人類に対し害をなすそれらはおびただしい数の閃光を放った。


 その先行は確かな質量を持ち、人類の叡智を結集し開発された防衛兵器をまたたく間に破壊し爆炎が上がる。

 勇敢にも銃を構え立ち向かった兵士たちの全身が破裂し、荒れた大地が血で染まった。


《敵勢力再出現!! 出現後攻撃により残存勢力の40%に甚大な被害が発生しています!!》


《こちら防衛地点アルファ。第2波の比にならない火力で奴らが押し寄せてきている。このままだと防衛ラインを突破されるぞ! 機甲兵器の再投入はまだか!!》


《機甲兵器部隊は第2波敵性軍隊進行により戦線復帰が困難です。現在――……》


《ふざけるな!! 機甲兵器なしでは皆轢き殺されるぞ!!》


《現在、方舟最高戦力に対し出撃依頼を要請しています。調整が済んでおらずもうしばらく時間を要します。企業連合より通達です》


 最高戦力の投入目処が立つまで戦線を維持してください。  以上


 初めは数万の兵士達がその異形と相対していた。

 だが敵勢力の攻撃が激しく半数以上が死傷。

 隣で銃を握っていた戦友の頭が爆ぜてザクロのようになりさも当然のように死んでいく。


 増援もなく侵攻の終息も見えない。ただただ泥沼の中であがき続けることしかできない地獄に彼らはいた。


「HQ、HQ、こちら"センチュリオンテクノロジー"結月。企業連の特殊機甲部隊に動きは?」


《こちらHQ、現状前線への出撃命令は出ていません》


「前線崩壊後の首都機能防衛のためなら前線でいくら人が死のうがお構いなしね。嫌になるわ」


 特殊二脚機甲部隊。おそらく現在進行中の異形に対し効果的な兵器であることは確かだが首都機能を防衛するため、前線へ出てこないようである。

 その情報を確認し、まさに前線へまっすぐ向かっている彼女は呆れていた。


 不気味な宵闇空に走る一筋の青い光。

 その光を放出している人型兵器を確認し、前線の兵士たちは歓声を上げた。


「センチュリオンテクノロジーの姫君が来てくれたぞ……!」


「おいおい1機かよ……。企業連の奴らは何やってんだ……」


 援軍に湧く歓声の中でも落胆するものが少なからず存在した。

 あの青い人型兵器はたしかに戦力としては大きく、あの異形と対峙するに足る機体であるが……それはある一定数の異形とならばの話。

 眼前に広がる異形の大群はまるで津波の様相を呈している。

 その津波に対しあの1機では焼け石に水もいいところだ。


 青い人型兵器コクピット内の敵性感知レーダーに無数の反応アリ。あまりに多くもはやレーダーによる索敵は意味をなしていない。


「ノックノックを連れてこなくてよかったわ。この数じゃ僚機がいてくれても同じだもの……。……――敵性存在補足、航行モードから防衛戦闘モードへ移行」


《戦闘モードヘノ移行確認。全戦闘システム準備……準備完了。敵性存在スキャン完了。HUDへ各ステータスノ表示ヲ開始》

 

 機体のシステムAIによる機械的な音声案内が響く。

 青い人型兵器に搭乗する彼女は大きく息を吸い込み、ゆっくりと吐く。

 操縦桿を握る手に力がこもり、じわりと汗が滲むのを感じた。

 立ち位置を兵士や陸上兵器が存在する地上へ変更するため高度を下げ、瓦礫まみれの地上へ鋼鉄の脚部を着地させた。

 推力機構から多量の推進剤を噴出させ機体を安定させながらも、残る慣性と超重量級の機体質量のせいで硬い地面を抉り捲り上げながらもその青き機体は降り立った。

 機体各部から冷却剤による白い煙を漂わせながら、各兵士たちが装備している通信機へ発信する。


《こちらセンチュリオンテクノロジー所属部隊、結月。第2次防衛ライン各部隊へ通達。最高戦力投入目処が立つまでこの防衛ラインは私が請け負います。都市部を中心に今すぐ10Km以上後退し、体勢を立て直してください》


 この防衛戦線はあまりに戦力を削られすぎており、穴だらけである。防衛すべき都市部を中心とし半円状に広がっていた戦線を後退させることで少しでも密度を高め、穴を塞がなければならない。

 企業連から下された判断は現状維持ではあったが、兵器製造を主事業とする企業であるセンチュリオンテクノロジーがエース機体を投入することで少しでも人的被害を抑える方向へ舵を切ることができた。


 だが、それもどれだけ効果があるかはわからない。

 兵士及び兵器群はそれぞれ礼、賛辞を述べながら急ぎ戦線の後退を始めた。

 ある者は一目散に、ある者は事切れた戦友を担ぎながら。まるでこの世の地獄から逃げ出すかの如く。


《驚異ノ接近ヲ感知》


「わかってる」


 敵群からの波状攻撃が来た。

 自分の役割は後退していく兵士たちを守ること。

 この機体が現状可能な複数の攻撃機能防衛機能からより最適なものを瞬時に選び、展開する。


 機体背部及び肩部に格納されているハニカム構造ミサイル射出口を一斉展開。特殊な"粒子"を搭載することで敵性存在が話す赤き閃光に対する効果と威力を発揮するそれを一斉射出。

 それは機体を中心に広範囲扇状に展開しこちらに向かってくる赤い閃光群に向かって飛翔する。


 そのミサイル群は青く凄まじい爆炎と衝撃を伴って空中で爆破される。

 広範囲に渡って行われたそれはこちらへ向かってきていた赤い閃光の大半を吹き飛ばし、無力化したが……。


《敵性驚異70%ノ排除ヲ確認。30%接近続行。着弾予測約15秒》

「脚部アンカーで機体を固定、イージスシステム広範囲展開! 全部は受け切れないからプリズムで攻撃を拡散させて!」

 

 機体背部に畳まれるように装備された8本のブレード状機構が展開し、それぞれの推進機構から青い推進剤が放たれ機体から分離。

 右翼側左翼側それぞれ4本ずつに分かれて広範囲に展開された。

 自立駆動するブレードはそれぞれ青い粒子を全面に放出し、それぞれが広範囲にシールドを形成する。

 そのシールドは複雑なプリズムを形成し、向かってきた赤い閃光を受けた後内部で屈折させ本来狙いでない場所へ受け流させた。


 青い機体自身も前面にシールドを展開し、攻撃を受けた。

 着弾時のあまりの衝撃に衝撃吸収用のダンパーに守られているはずのコクピット内が激しく揺れ、表示が明滅し体が跳ね内壁に体中を打ち付けた。

 

「うっ……!!」


 頭と鼻から温かい液体がどろりと肌を伝う感覚。

 裂傷を負い、しばらくして激しい痛みが襲う。

 

「状況……を」


《後退中ノ各部隊へ中程度ノ被害ヲ確認。後退続行中。機体損傷、右腕部左脚部に甚大ナ損傷ヲ確認。出力80%減少。粒子残量60%……》


その他現在の状態を吐き続けるシステムAIだったが、その報告もはるか向こうから聞こえるような錯覚を覚えるほど耳鳴りがひどかった。


(たった一度の攻撃を防ぐだけでここまで消耗するなんて……!)


 恐怖による身体の硬直、操縦桿を握る手から血がにじむ。

 この機体の搭乗者として選ばれてから今まであの異形を何度も屠っては来たが今回は常軌を逸した状況だ。

 相手の物量があまりにも多く攻撃密度も高すぎる。


 この機体性能がどれだけ高いとはいえ……これでは多勢に無勢すぎる。現に後退中の部隊にも被害を出してしまった。


《警告。警告。再度敵性驚異の波状射出を確認》


「早すぎる……防ぐだけじゃもう……!」


 コクピット内に鳴り響くけたたましいまでのデンジャーアラート。

 自律稼働しているブレードはまだプリズムシールドを展開したままだが、出力されたシールドが時折明滅し出力が低下していることが見て取れる。

 このままだと次の攻撃を防げるかどうかもわからない。


「まだなの……”ステイシス”は……!!」

《着弾マデ20秒》

「残存粒子全出力……、防御態勢を継続!」

《警告。全粒子ノ使用後撤退シークエンスヘノ移行ガ不可能トナリマス。全粒子出力ヘノ再度確認ヲ求マス》

「……大丈夫だから、早くして」

《サー、残存粒子ヲ全テシールドへ出力シマス》


 この攻撃が奇跡的に防げたとしても……、この機体を駆動させるためのエネルギーは残らずその場から動くことができなくなる。

 この機体を捨てて徒歩で逃げる……?

 無理だ。

 これを防いでも同じかそれ以上の密度の波状攻撃が来て轢殺される。


 この選択はある意味、限りなく死を選ぶに等しい選択だった。


「お願い、防ぎきって……!!」


 あらゆる邪悪、厄災を退けるイージスの盾より名をつけられた防御システムならばその名に恥じぬよう機能しろと念じる。

 

……。


ひどい土埃だ。


「……」


 あまりの衝撃に意識を手放してしまった。

 自分が今どこを向いているのかわからない、視覚も聴覚も今はまともに機能していない。

 長い耳鳴りがようやく収まってきて平衡感覚を取戻してきた頃、ようやくこの機体が仰向けに打ち倒されていることに気づく。

 

《機体二甚大ナ損傷ヲ確認。緊急脱出機構ノ使用ヲ推奨。繰リ返シマス。警告警告、機体二……》


 機体状態を表示するモニターを確認したところ両脚部及び右腕部が付け根から吹き飛ばされており、残されているのはコクピット有する胴体部分と右腕部がかろうじて……といったところ。

 防御システムへ機体動力である"粒子"を全て使用してしまったためその右腕部すら動かすことはかなわない。

 そもそも自分の体すら満足に動かすことができないのだ。


(これはもう……駄目だな)


 ひどく咳き込みながらそんなことを思う。

 そしてもう一つ思うところがあった。

 あの異形の大群だが、妙に統率が取れていることに違和感が拭えないでいた。

 攻撃の間隔や、あの数の異形の一斉射撃。

 一定のコミュニティは見られることはあったが、これだけ足並みの揃った大群は見たことがない。

 あの異形群には一定以上の知能を持った統率個体が存在するのではないか……。


「……何!?」


《機体外部ニ敵性存在ヲ確認》


機体が大きく揺れ、彼女が声を上げた。

異形の一個体がこの青い機体の装甲に取り付いたのだ。


ノイズが走る外部を映し出すモニターに赤くギョロついたサッカーボール程度の目玉が無数に映された。

その気味の悪さに思わず息を飲む。


そして、全ての異形の目と自分の目が合ってしまった。

そこにいるのかとでも言いたげな無数の目はおぞましく伸びた触腕を使い機体の装甲を引き剥がす。


「最低……」


嫌な匂いのする外気がコクピットに吹き込んできた。

目の前には直視するにはあまりにもおぞましい黒色(こくしょく)の怪物。

死と直面した自分の中には先程まで一切として考えたこともなかった、普通の女性としての人生への羨望だった。


《……高出力エネルギギギーヲ保有スル……飛翔体ヲカカ感知》


レーダーに反応あり。半懐したスピーカーからノイズ混じりの音声が聞こえてきた。

中央都市の方向から一直線にこちらへ向かってくる青い点が映し出されている。


「機体識別コードは……」


 直後、赤い光の柱が眼前の異形を飲み込む形で落ちてきた。

 稲妻のような音を立て、暴力的な衝撃を放ったそれは触腕だけを残し異形を消し飛ばしてしまっていた。


《機体識別コード受信……識別コード"ステイシス"》


「ようやく来てくれたのね……」


 頭上で推進機構から放たれるけたたましい音が風切り音となり通過していくのを確認した。

 方舟の最高戦力と言われる一筋の光を。


……。


 高度約4,000m付近を飛行する純白の装甲に赤く発行する電子回路を思わせるラインを走らせた人型の巨大機構兵器。

 人型という点に置いては先程の青い機構兵器と同様ではあるが、容姿に関しては全くと良いほどの違いが見られる。


 そもそも機体自体が1回りも2回りも大きいことに加え、機体色と比べ統一性のない灰褐色の巨大な兵装を装備しているため継ぎ接ぎ感が見て取れる。

 その巨大な火力兵装も内部機構が露出していたりとどう見てもまともな運用を考慮されたものとは思えない格好だ。


 最高戦力と名を打たれるそれは地上の異形たちを捕捉。

 しかしその捕捉範囲が尋常ではない。

 ほぼ大群の全てをカバーできるほど捕捉範囲が広く正確である。


 その純白の機体両腰から異様なまでに大きな口径と長さを誇る複数の砲身がせり出してきた。

 その砲身は正面でドッキングされ、複数砲口をもつ砲身となった。


 機体は空中で停止。

 ドッキングされた砲身は赤い粒子をまとわせながら回転を始め、エネルギーを収束させ始めた。

 

 異様なエネルギー反応を感知したのか、地上で蔓延っている異形の大群は揃って空中の白い機体の方に標的を変更し始めた。

 今までその異形1対1対が赤い閃光による遠距離攻撃を行い防衛ラインに対し飽和攻撃を仕掛けてきていたが……今度はその1機の異様な白い機体に対し10数体が1対となり赤く光を放つエネルギーを収束させ始めた。

 空中の対象に対し効果的な威力を発揮できるようにしている。 

 それもあまりに統制が取れた形で一斉に。


 あまりに多勢に無勢、構図は変わらない。

 ただ向かい合っているか見下ろしているかの違いだ。

 エネルギーの収束が先に完了したのは地上の異形群の方だった。


 収束された赤いエネルギーの塊が巨大な槍のような先鋭性をもった形を取り、上空に向かって一斉に放たれた。

 

 迫りくる異常な密度のエネルギーを前に純白の機構兵器は微動だにせず地上を標的として補足し続ける。

 そして……エネルギーの収束を終えた砲身の根本から周囲円状に赤い粒子が放出される。

 更に砲身から分離した金属製のユニットが機体全面に円状に展開、その円の内側に空間の歪みが形成される。


 地上からの攻撃を限界までひきつけ、そして……。


 開放されたエネルギーは強烈な奔流となった。

 開放時の衝撃で純白の機体は後方へノックバックするが、衝撃に対し背面推進機構を使用することで後退を抑えにかかる。

 放たれたその奔流は円環の内側に形成された空間の歪みを通過することで更に増大、拡散することで向かってきていた高密度の攻撃を全て飲み込み地上へ激突する。

 直撃した多数の異形は瞬時に分解され消し飛ばされた。

 瓦礫にまみれた大地にさえも凄まじいダメージを与えながら、継続して射出されているそれは密集した異形群をねじ切りながら飲み込んでいく。


 対異形用の超々広範囲重粒子砲。

 その威力は絶大なもので絶望しか存在しなかった戦況が一気にひっくり返るほどの被害を異形側に与えることになった。

 見渡す限り存在していた敵異形群はほぼ撃滅でき、生存している個体はいるものの防衛戦力で対応できない程ではなくなっていた。

 射撃を終えた粒子砲だが、赤熱した粒子砲の砲身が歪み瓦解していく。

 瓦解していく砲身が大質量の金属塊が地上へ落下し、凄まじい衝撃と共に地面を抉りめり込んでいった。

 絶大な威力を誇るが、その砲自体が1度しか射出の反動に耐えられないのだ。

 役割を終えたその粒子砲の砲身以外のユニットを純白の機体から切り離す。


 残存敵勢力が空中に見える純白の機体に向かって継続して攻撃を行っているが、回避するでもなく装甲でその攻撃を受け弾きながら地上に向かっていく。


 両腕部に大口径の実包を備えたライフルを装備し、射撃を開始。

 機体規模からほぼ対艦砲のような口径であり1撃で地上に点在する瓦礫ごと異形を吹き飛ばす威力を持つそれをまるで豆鉄砲を撃つかのような気軽さで扱っている。


……。


『おやおや、思っていたよりお早いお出ましじゃあないか。有象無象じゃあ相手にならんね、困った困った』


 凄まじい火力で異形をなぎ倒していく純白の機体、その活躍を確認しながら感心したように声を出す。


『だがどうだろう、もう限界だろう、その兵器を動かすだけでも大変なのではないかな。そろそろ限界になるように姫様を虐めてきたからね。火力の高い兵器に頼って機動力をカバーしようとしているのだろうが、そろそろ簡単に楽にしてあげることができるんじゃあないか?』


……。


《空間ノ歪ヲ検知》


 ノイズ混じりのアラート音が、大破したコクピットに響く。


「増援……いや、でも……」


 割れたレーダーで、かろうじて空間の歪みを感知した表示を確認できたがたった一箇所だった。

 あの異形は何もない空間から、ヒビのような歪を伴って現れる。

 多数の増援であればそれだけ歪の規模が大きくまた数も多いはずだ。


 表示されている空間の歪みは1箇所、規模もそこまで大きくはない。

 瓦礫の上のなにもない空間にヒビが入り、赤い光が漏れ出してきた。

 

 そのヒビを押し割るようにして突き出てきたのは黒い甲冑を着た腕のようなもの。

 その腕から順に頭部、胴体と順に姿を現していき……、最後に足が瓦礫の上に出現した。


 黒い鉱石のような体表面は間違いなく異形の怪物のものと同じだが……姿形はまるで人類がその異形に対抗するために開発した人型機甲兵器と同様であった。

 現れたその黒き人型の怪物に気づき、純白の機体は悠然と佇むそれに向き合った。


『我々に気づいてくれたか、方舟の姫君。さあ来るんだ、貴女の苦しみをここで終わりにしてあげようじゃあないか』


 その黒い怪物から声がする。

 頭の中に直接響くような声が。

 純白の鎧に守られている彼女……ステイシスは右手で頭を抑えつけた。

 目の前の黒い人型の怪物が有象無象ではないのは直感で理解できる。


 そしてそれは今の自分では対抗しうるものではないことも。


 そうか、あれが……己を終わらせる”なにか”なのだと理解する。


 だが、ただでは終わらない。

 自分の中でまだ叫び続けるこの破壊衝動を全てぶつける。

 お父様の期待に答えるために、刺し違えてでもこの怪物を破壊する。


 多対一である状況は変わらない。

 彼女が有象無象と認識する小型の異形が横合いから飛びかかってくるが、首を片手でひっつかみもう一方の手で引き抜いた大型のブレードを突き立て引き裂いた。


 異形の残骸を黒い怪物に向かって投擲しつつ、背面推進機構から大量の推進剤を噴出させ接近。

 微動だにしない黒い怪物に向かって推進力を利用しつつ袈裟懸けにブレードを振るった。

 

 だが、黒い怪物がそのブレードの刃に向かって拳を振るうといともたやすくブレードが中程から折れ砕けた。

 だがこれは想定済。

 折れた瞬間にブレードの柄を手放しステイシスはノータイムでさらなる武装を取り出す。

 腰部に備えられたハンドキャノン。

 ブレードを圧し折るために繰り出された拳の間を縫って射撃。

 凄まじいマズルフラッシュと共に超大口径の弾頭が人型の怪物の腹部へねじ込まれる。

 

 ねじ込まれた弾頭はその怪物の腹部で止まったが衝撃は流しきれず、大きく後退させた。


『なんという反応速度だ。素晴らしいじゃあないか!』


 人型の怪物は更に向かってくる純白の機体に対し、称賛の言葉を放つ。

 まるで純白の機体、ステイシスを試すような機動で翻弄し続ける。

 

 不調を全く感じさせない機体捌き、攻撃に対する対処と反撃の手数。

 

 純白の機体は機体各部に備えられた推進機構と武装を用い、凄まじいまでの高速機動戦闘を繰り広げる。

 一方の人型の黒き鎧の怪物はその高速機動に推進剤なしで渡り合い、広い戦場を駆けながら1撃、また1撃と純白の機体に攻撃を加え装甲を割り剥がしていく。


 純白の機体は目の前の強大な相手のみならず、飛びかかってくる異形の相手もこなさねばならずジリジリと削られていく現状を受け入れざるを得なくなっていた。


《ハァ……あぁ……あああ。うああァ……》


「総一朗、ステイシスのバイタル値が異常値を示しています」


 管制室にてステイシスの様子をモニタリングしていたアリアが焦りを隠せないまま現状を報告する。

 純白の機体の搭乗者であるステイシスが心身共に異常な興奮状態であることを示している。

 

「総一朗!」


「把握している。防衛ラインHQへ通達しろ、彼女はもう限界だ。あの黒い鎧のような怪物に関しても想定をしていない。ステイシスを戦線から離脱させる」


 一度外したヘッドセットを着用し直し、アリアはステイシスに呼びかける。


「ステイシス、離脱命令が出ています。戦線から離脱してください!」


《ぅううう……うるさいぃ……!!》


 また大きな攻撃を頂いたのか、凄まじい衝撃音とともに獣の悲鳴のような彼女の声が聞こえた。

 総一朗と呼ばれている男はアリアのヘッドセットを取り上げ、自分で着用し更に呼びかける。


「ステイシス。もういい、戻りなさい。それは想定外の敵だ。君が相手をする必要はない。すでに君は限界だったんだ、無理をする必要はない」


《やぁ……。あたしは……これだけのために存在してるのにぃ……これすらできなくなったら……あたしは……ネロは……!!》


「ステイシス!!」


 悲痛な言葉とともに通信が断絶。

 バイタル値は更に異常な数値を示し続けている。


「まずいな……」


「総一朗、ステイシスですら対応できない敵です。セントラルの防衛に当たる企業連特殊二脚機甲部隊を派兵すべきです」


「すでに申請しているが受理されるまでにまだかかるだろう」


「そんな……くそ、我が身ばかりの老害どもめ……!!」


 通信の断絶、バイタル値……及びある”因子”の数値が異常値が示すこと。

 それは最高戦力である彼女の暴走を意味していた。

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