第6話

 三月二十七日。那智はとあるホテルに向かっていた。半グレ組織「創造主」のリーダーであると呼ばれる男との面会の日であった。今日は、このグループに那智が加入するのに適しているか否かを判断する、最終チェックであった。

 この「創造主」は半グレ組織にしては珍しく、メンバーの加入の是非に厳しい。誰も彼もを受け入れることはしないようだ。まずは下っ端のメンバーが接触してから、があるように思われれば、上の幹部に紹介する形をとっている。そして何度か幹部と接触したのちに、その能力や覚悟を認められて、ようやく最後、リーダーとの顔合わせを行う。これにて、正式に半グレ組織「創造主」のメンバーとして認められる。

 優斗によると、リーダーの意向によって、メンバー選出は非常に厳しく行われているらしい。よその組織の多くは、メンバーや準メンバーになるのに大して時間がかからないようだが、この組織ではそうはいかない。信頼を勝ち得て、初めて構成員になれるという。この仕組みはメンバー集めに多大な時間と労力を要するが、しかしその甲斐あってか、「創造主」は多方面に影響を与えるほどの組織へと成り上がっていた。悠人曰く、メンバーのがよその団体とは一線を画しているとのことだった。

「Aさん緊張していますか? 」

 那智と悠人はホテルのフロントで待ち合わせをしていた。

「いや、別に……」

 那智はさすがというべきか、このような状況には慣れているようだった。

「さすがですね。それに大丈夫ですよ。Aさんはすでに認められたようなものです。俺がリーダーに、Aさんがいかにすごい人物なのかは伝えていますので」

「そいつはどうも」

 二人は話しながらエレベーターに乗り込んだ。

 最初エレベーターに乗り込んだのは那智と悠人の二人だけであったが、ドアが閉める直前に一人の男が走ってきた。

「すみませーん」

 那智がエレベーターのドアを再び開ける。

「すみません、ありがとうございます」

「いえいえ」

 悠人が落ち着いて返事をした。

 入ってきた男は、黒のスーツに、紫のネクタイを締めていた。手には少し大きめの段ボール箱を抱えている。

 エレベーターが閉まると、そのまま止まることなく、十九階まで動き続けた。十九階に止まると、先ほど入ってきた男だけが「失礼します」とだけ言って出て行った。

 エレベーターは再び閉まり、上へ動き出す。那智と悠人は二十階に到着する。

「この階です」

 悠人は「開」ボタンを押し、那智を先に降りさせようとした。

 エレベーターから降り、目的の部屋まで歩き始める。約束の部屋は、ちょうどこの階の廊下の突き当たりであった。二人は何かを話すわけでもなく、ただ黙って歩き続ける。

 悠人はふとした瞬間に足音が聞こえたのを聞き逃さなかった。その足音は遠くの階段から響いているような感じがした。優斗には、階段を上がっている時の響き方に感じられた。

 ドアの前に着くと悠人はカードキーを上着から取り出した。

「すみません。一応ルールなのでここで携帯している武器があれば、私に渡して置いてください。けしてAさんを疑っているわけではないですが、ルールですので。

「わかった」

 那智は、携帯していた拳銃を一丁、優斗に渡した。

「これだけですか? 」

「ああ、確認してもらって構わない」

 那智はそう言うと、手を広げて、ボディチェックを促した。

 悠人はさっと体に触れ、確認を行った。

「大丈夫そうですね」

 悠人はそう言うと、手に持っていたカードキーを差し込み口に入れた。

 悠人は、ゆっくりとドアを開けていく。

 悠人はこの時、別段何かを気にしていたわけではないが、なんとなく後ろを振り向いた。先ほど聞こえた足音がそうさせたのかもしれない。それともただの気まぐれであったか……。ふと振り向くと、そこにはさっき十九階で降りた男がゆっくりと歩いてきていた。手には相変わらず段ボール箱を持っている。

「なんだ……」

「早く入りましょう」

 那智の言葉で我に帰った。悠人は、那智を先に部屋に入れようとしたが、那智の「お先にお入りください」という言葉の指示に従った。

 部屋は広々としていた。渡り廊下を少し進んだ先に、大きな部屋が一つ、また隣にもドアに仕切られた部屋があった。

「ヒデさん連れてきましたよ。新しいメンバー候補」

 那智の視線の先には大きなソファに座っている一人の大柄な男がいた。サングラスをかけ、白色の目立つスーツに赤色のネクタイを着用していた。

 周囲には幹部とおぼしき男が二人立っていた。両人とも、ガタイのいい、そして肝が座っていそうな男たちであった。

「おお、こいつがお前が言っていた奴か」

 リーダーと思われる男はタバコをふかしながら、少し姿勢を前のめりにして座り直した。そして那智の顔をゆっくりと覗き込むような視線をした。

「話は聞いている。確かに、良い情報屋やと思う。けどな、俺たちのメンバーになりたければ、それだけじゃあかんねん」

 男はそう言うと、握り拳を胸に当てた。

「ここや。覚悟が必要やねん。お前にそれはあるか? 」

 那智は静かに頷いた。

「そうか……」

 数秒の沈黙が、部屋を覆った。

「それよりも、お前、なんか見たことある顔やな」

 男の発言を聞いた那智は不敵な笑みをこぼした。

「そうやな……。よお、久しぶりや。元気しとるか? 」

 那智の声が今までになく低くなった。その場にいた悠人も、今の那智の声は初めて聞くものであった。

「Aさん、言葉使いに気をつけてください」

 悠人には気になることが多くあったが、ここで深く質問をすることはなかった。あくまで自分の仕事を完遂しようとする。

「久しぶりって……。以前はどこでうたっけ? 」

 男は少し視線を斜め上にずらして、思い出そうとした。手を顎に起き、数秒考えたのちに、目をハッとさせた。

「もしかしてお前……、佐渡か? 」

 那智の笑みはさらに大きくなった。

「正解だよ……、灰田……」

 那智の言葉と同時に、室内に銃声が轟いた。思いもよらないタイミングでの銃声。室内にいた誰もが反応できないでいた。

 人が倒れる音が聞こえた時、室内にいた幹部二人は、やっと目の前で起きた出来事の処理を行えそうであった。

 悠人の心臓は、一発の銃弾で穴が開けられていた。倒れた悠人の周りに血が流れ出ている。

「おい、悠人! 」

 少しずつ状況を掴めてきた幹部の一人が優斗に駆け寄る。

 もう一人の幹部が入り口側の渡り廊下を確認する。そこには、いるはずのない男の姿があった。

「貴様誰だ! 」

 その言葉と同時に幹部が腰に携帯している拳銃を取り出そうとした。しかし、すでに拳銃を握っている人間に、早撃ちで勝てるわけがない。

 続いて、室内に二発の銃声が響いた。

 灰田の目の前で、二人の幹部もバタバタと倒れていった。

「お前は、弘中碧斗か……」

 灰田は落ち着いた様子で、那智の後ろにいる人物を確認した。

「正解。お前の大嫌いな木偶の坊だよ」

 碧斗はおどけた調子で答えた。碧斗は拳銃を灰田に向けながら、少しずつ灰田の方へと近づいてきた。

「久しぶりだね」

 碧斗の態度は灰田も驚きを隠せなほど、堂々としていた。灰田が知っている弘中碧斗ではなかった。

 那智と碧斗が、灰田の前に揃った。小さなテーブルを挟み、灰田と向かい合っている。

「どうやって入ってきた? 」

 灰田の質問に、那智が笑い出した。

「お前、部下の教育が行き届いていなかったぞ」

 灰田は訝しそうな顔をする。

「どう言うことや? 」

「招待客より先に部屋に入る馬鹿がどこにおんねん」

 那智はより一層笑い出した。

 灰田が碧斗の方を見ると、碧斗は小さなドアストッパーのようなものを持っていた。

「なるほどな……。俺の教育不足というわけか……」

「そういうこと」

 碧斗はおどけた調子で答えた

「それより……、俺たちが何しにきたか、思い当たる節、あるよなー? 」

 碧斗が切り出した。灰田は碧斗の目をまっすぐ見ていた。

「わからへんな」

 灰田の返事は冷淡であった。

「あまりふざけたことを言うなよ、眉間に穴が開くぞ」

 那智は、苛立ちを隠せないでいた。

「ふざけたことなど言うてない。わからへんから、わからへんと言うてるんや」

 灰田の言葉を聞いた瞬間、碧斗が発砲した。

 銃弾は灰田の頭の右を抜けていった。

「なんでそんな苛ついてるねん? 」

 灰田は、しかし動じることがなかった。

「寺月ゆあなのことを言ってるんや! 」

 那智は、今までに聞いたことのないような怒声を出した。耳が痛くなるほどの声量であった。

「…………」

 しかし、灰田は何も答えない。

「お前の愚行のせいで、ゆあなが死んだんや! 」

 那智の怒号にも、一切怯まない灰田はまっすぐ那智の目を見ていた。

「俺のせい? 何言うてんねん。あの女は自殺したんやろが」

 灰田の態度に耐えられなくなった碧斗は、灰田の横まできてから思い切り頭を蹴った。鈍い音がした。

「痛いやろが」

 灰田は少し体制を崩した。

「お前のせいで、ゆあなは自殺したんや。お前が行った行為のせいで、心を病んでな」

 碧斗が灰田の胸ぐらを掴みながら、顔を近づけて言う。

「俺のせいである証拠がどこにあるねん? その女は自殺したんやろ。俺のせいで病んだ証拠がどこにあるねん」

 この状況でも、灰田は一切悪びれる態度を示さない。

「お前、よくもまあ、そんな適当なことが言えるな。それにお前はこんな世界で生きているんやろ。この世界に証拠の提示義務などあると思うか? 」

 碧斗は拳銃を灰田のこめかみに突きつけた。指は引き金にかかっている。

「撃てや。こんな稼業をしているからな、いつでも死ぬ覚悟くらいできとるわ」

 碧斗は今にも、引き金を引きそうであった。

 那智が一つ、灰田に尋ねた。

「お前、ほんまにゆあなに懺悔の一つもないんか? 」

 那智の言葉に対する灰田の返答は、ある意味予想通りだったか。

「ないな」

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