第7話
にやりと笑った教師に、わたくしの背中に悪寒が走る。
………もしかしなくとも、わたくしはまた面倒ごとを引き起こしてしまったらしい。
「じゃあ、このクラスの学級委員はローズバード姉弟で決定な。俺、静かで従順な真面目ちゃんよりも、教師に向かって真っ向から勝負を仕掛けてくる真面目ちゃんの方が好みなんだー。つーことで、お前ら2人学級委員な!!」
「は?」
わたくしの口から令嬢らしからぬ声が漏れる。いや、当たり前だろう。誰が王女を差し置いて学園での女性の最高位地位に就くことに反対しないというのだ。
しかも、男性の中での最高位地位にライアンを就けると言っている。頭痛がする。激しい頭痛がする。しかし、何故何も言っていないライアンが先生に好かれているのだ。わたくしへの当てつけか?それとも………、
「何故俺にそのような役職を与えるのか分かりかねますね」
わたくしが質問をする前に、ライアンが先生に問いかけた。さすがは我が義弟だ。頭の回転が速い。ま、………わたくしが遅いだけかもしれないが。
「そう!その目だよ!!お前、お姉さんが俺に話しかけてきていた間中、ずーっと俺のこと睨みつけてんじゃん!!俺、そういう反抗的な睨みつける目、大ー好きなんだよねー」
「チッ、」
「おっ、先生に向けて堂々と舌打ちか?良いね良いねー、叩きのめすのが楽しそうだ。しかも、お姉さんとは違うタイプで仕事中に多いにぶつかってくれそうだし。双子でこれだけ似てねーとか、ある意味すごいよねー」
………この教師、本当に大丈夫だろうか。わたくしたちが義理の姉弟であるというのは周知の事実なはずだけれど………。
「俺とディアは義理の姉弟です。それに、俺はディアの言うことには全て従うのでぶつかることは決してありません」
「え、なにそれシスコン?気持ち悪っ、」
「お好きに」
ひらりと冷たく言うライアンに、教室にいた女子生徒の声にならぬ黄色い悲鳴が聞こえた気がした。………わたくしの婚約者なのに。
「はあー、まー、いっか。じゃあ、自己紹介始めんぞー」
ぱんぱんと手を叩きながら『席につけー』とでも言うかのような軽やかさだったのにも関わらず、先生の身体から殺気が放たれた気がした。ゾクリと背中が泡立って、つい魔法式を展開しようとしてしまう。
「俺の名前はスバル。孤児だ。さあ!貴族のぼんぼんの苦労知らずども!!楽しい楽しいデスゲームを始めようか!!」
「は?」
先生の狂ったような笑い声と共に叫ばれた言葉に、わたくしはピシリと身体を硬直させた。デスゲームの意味はさっぱり分からない。けれど、これだけはわたくしにも分かる。わたくしは、今とても危険な状況に立たされていると。
「です、げーむ」
後ろからティアラローズさまの呆然とした呟き声が聞こえた。彼女はどうやらこのゲームの意味を理解しているらしい。凄まじい殺気を放って狂ったように狂気の笑みを浮かべる教師から注意を外さないようにしながら、わたくしはティアラローズさまに向けて叫んだ。
「ティアラローズさまっ、至急ご説明を!!」
「え、あ、で、デスゲームっていうのは別名死のゲー、きゃっ!!」
ティアラローズさまに向けてナイフが投げられる。わたくしはハッと目を見開いて、急いで隠し武器たる扇子を握りしめた。実はわたくしの扇子は特別製で、扇子の根本の留め具を外すと、1枚1枚がナイフになるような仕様になっているのだ。
「ティアラローズさま!王太子殿下と伏せていてくださいっ!!レジーナさま!武器は!?」
「舐めないでくださいまし!武器の常備は乙女の必須事項でしてよっ!!」
隣ではライアンが無詠唱で氷の武器を出現させてわたくしを守るように構えている。
「ディアはあっちで隠れてもらってる王女殿下に、『ですげーむ』ってやつの意味を教えてもらってきて。できれば速攻で聞いてきてほしい」
「分かったわ。死んだら許さないからね」
わたくしは言うや否や、ライアンとレジーナさまに背中を預けて、ティアラローズさまの元に全力疾走した。
ティアラローズさまはぷるぷる震えながら王太子殿下と机の下でうずくまっていて、簡単に見つけ出せた。
「もし、ティアラローズさま。『ですげーむ』とやらを簡潔に教えてくださいませ」
ティアラローズさまは大層怯えていらしたが、ゆっくりと深呼吸をしてわたくしの問いに答えようとしてくださった。
「クラウ、ディアさま………、………デスゲームというのは、簡単に言えば、登場人物が死を伴う危険なゲームに巻き込まれる様相を描く作品、および劇中で描かれる架空のゲームを指します」
「でも、今ここではそれが」
「はい、現実となっています」
ぷるぷると震えるティアラローズさまは、現実をちゃんと理解して頭を回転させているような印象をわたくしに抱かせた。存外、彼女もヘンテコ王女というキャラクターだけではないみたいだ。
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