第5話

 その前に、何故手袋のことを『クリスティーナちゃん547号』だなんて変なお名前で呼んだのだろうか。普通に手袋と言えば良いものを。………、もしかして、手袋にお名前をつけているのかしら。もしそうなら、もしかしなくとも、荷物全部にお名前をつけていたりして。ふふふっ、流石にありえないわね。

 まあでも、いじってあげるのにはちょうど良さそうな箇所ね。ちょこっとほじくって差し上げましょう。


「まあ!なんということでしょう!?レジーナさまが手袋ごときにお名前をつけていただなんてっ!!まさか私物全部にお名前をつけているだなんておっしゃいませんわよね?」

「? 言いますわよ?」

「へ?」


 わたくしの喉から素っ頓狂な悲鳴が上がった。いや、何故そんなに簡単に認めるの!?『あたくしは変人ですわ!!』と言っているようなものなのにっ!!


「私物というか、あたくしはあたくしが使うもの全てにお名前をつけておりますわ。だってお道具というのはあたくしを支えるもの。大事なお名前をつけるという行為は必要なことかと思いますわよ?」

「………普通お道具にはお名前をつけませんわ」

「そう、ですの?」

「えぇ………」


 きょろきょろと辺りを見回し始めたレジーナさまに、今日室内のほとんどの人間(レジーナさまの取り巻きも含む)がわたくしの意見に頷いた。というか逆に、ここで頷かなかったらお道具全部に名前をつけている『変態さん』を宣言しているということだ。レジーナさまの取り巻きでだとしても、『変態扱い』というのは避けたいものなのだろう。


「嘘、でしょう………?リリーバード家では、お道具にお名前をつけるなんていうのは常識、ですのよ………?」

「リリーバード家では常識でも、わたくしの家、少なくともローズバード家では非常識ですわよ」

「むうっ、元は我が家はローズバード家の分家よ!!ローズバード家が伝統を放棄したのではなくて?」

「………『伝統』を重んじる我がローズバード家が、我らの手で『伝統』を壊したと言いたいのですか?」


 ぶわりと殺気を立たせながらレジーナさまに問いかけると、彼女はすっと肩をすくめた。ローズバード家と、リリーバード家は犬猿の仲で、いつもいがみあっている。

 今日も波乱の幕開けとなりそうだ。


「ローズバード家では確かに古臭いことを愛しておりますわね」

「えぇ、そうですわね」


 嫌味な言葉に頷きながらも、わたくしはそっと思考を回転させる。

 我が家が伝統を重んじてお道具にお名前をつけていないということは、単純に考えると、このお道具にお名前をつけるというのはリリーバード家発祥という可能性が高いということだ。

 でも、レジーナさまはこのことをご存じない。………なぜ?

 新たなことを愛すると同時に、昔への探究心も捨てていないリリーバード家の特徴があるはずなのに、レジーナさまはこの『道具へのお名前つけ』の歴史を知らなかった。わたくしはじいっと考え込んだ。


「レジーナさま、もしかしなくとも、そのお名前付けって今代で生み出したことではないのですか?」

「………………」

「無言は肯定ととりますが………」

「えぇそうよ!!なんか悪い!?お父さまが考えたのっ!!とーっても素敵でしょう!?こうやってお名前をつけると物に愛着が湧いて物を大事にできるのよっ!!」

「はあ、そう、ですか………」


 何故わたくしの周りの人間はこんなにも面倒くさいメンバーが集まっているのだろうか。確かに、物を大事にするのは良いことだし、大切なことだ。けれど、何故それがものへの名付けに繋がるのかが全くもって分からない。わたくし、このクラスで3年間も学校生活をちゃんと送れるのかしら。困った義弟にして婚約者のライアン、わたくしにつきまとう『やばい女』系統のティアラローズさま、今日に入ってヘンテコ祭りな王太子殿下、そして、わたくしの天敵にして変わり者のレジーナさま。………わたくしってこんなに人に対する運がなかったのかしら。


「………ディア、俺の隣に座れ。それ以外は許さない」

「………ライアン、弁えなさい。わたくしは今レジーナさまとお話ししているの」

「こんなのに俺の婚約者の大事な時間を割く必要はない」

「そ、そう………」


 なんと社交力と社交する気のない婚約者なのだろうか。わたくしの周りにまともな人間はいないのかしら。屋敷のメアリーが恋しくなるわ。まだお昼にもなっていないのに。


「はあー」


 今日何度目かになる溜め息を堂々と吐いたわたくしは、ライアンにエスコートされて席についた。もちろん隣同士だし、ライアンは異常なまでにわたくしに寄って座っている。

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