第4話

 顔が真っ赤になって叫んでいるティアラローズさまは、わたくしの顔を見ながら、何かを叫び始めた。咄嗟に口元をわたくしの手で塞いで周りには聞こえないようにしたが、不幸なことに、わたくしにははっきりと聞こえた。綺麗に、はっきりくっきり聞こえてしまった。


『あぁっ!私がクラウディアさまと踊ってしまうなんて恐れ多いですっ!!たったターンだけでも、それは神の如き人に一時的にでも触れてしまったということでっ!お美しいお顔のおそばに行くということでっ!薔薇みたいな真紅の髪の匂いを嗅いでしまったわけでっ!炎みたいに安心感を人々に分け与えてくださる淡いルビーの瞳の色を間近で感じてしまった訳でっ!あぁっ!でも、私その前にクラウディアさまの雪のように白くて華奢なお手々に自分から触れてしまっている訳でっ!あぁー!!私はなんてことをしてしまったのっ!!神よっ!この美しい乙女ゲームを作ってくださった製作者さまよっ!!罪深い私をお許しくださいっ!!』


 ………何を言っているのかは分からない。が、碌でもないことを言っていることは確かに分かる。分かりたくないが、分かってしまう。わたくし、どうすれば良いのかしら………。これからの学園生活に光も希望もなさそうなことになんとなく気がついたわたくしは、わたくしのことを姉のように慕い、神のように敬い祭りたて、女王(わたくし)に従う下僕のように跪く。

 ………考えれば考えるほど頭が痛いわ。


「ティアラローズさま、もう大丈夫かしら?わたくしのお手々もそろそろ限界なのだけれど」


 いくら剣を握るために最低限鍛えているとは言っても、女性を長時間支えることのできるくらいの腕力は全く持ち合わせていない。もう既に、腕がぷるぷると情け無く震え初めてしまっている。隣国の王女を床にぼとんと落とせるほど、わたくしの肝は据わっていない故、そろそろティアラローズさまにはわたくしから離れてもらわなくては困る。わたくしは不敬だけれど、人前でそれを大っぴらにできるほどには常識人であるつもりだ。わたくしは必死になって『王子さまスマイル』と呼ばれる、どちらかと言ったら男性の浮かべる微笑みの仮面を顔に貼り付けて、ティアラローズさまに離れてもらうように促した。ほうっと顔を赤くして呆然とするのではなく、わたくしは自分の腕から早くティアラローズさまに抜け出して欲しいのだが、一向に伝わってくださらない。

 わたくしは困り果てて、ティアラローズさまの背中を思いっきりつねった。


「うぎゃにゃっ!」


 令嬢らしからぬ図太い悲鳴を上げたティアラローズさまに、にっこりと『怖い』と言われる笑みを浮かべて見せると、途端に彼女は顔を真っ青にしてぷるぷると震え始めた。王侯貴族たるもの、常に表情と感情を制御しろというのは、幼少の頃から親に叩き込まれることだと思うのですが、ティアラローズさまはそれがきっちりと備わっていないようだ。わたくし、ちゃーんとお世話と同時にをしなくてはならないようね。


「あらあら、ティアラローズさま、いかがなさったの?」

「い、いえ、な、何も?」

「そう?顔色が真っ青よ。でも、先生がもうすぐで来てしまうから、保健室には行けないわね。ほらほら、席につきましょう」

「は、はぃ………」


 ふらふらとした足取りのティアラローズさまは、王太子殿下に支えられて席についた。自由席だということだが、ティアラローズさまと王太子殿下は基本同じ行動をとるようにするようだ。ティアラローズさまのお守り係たるわたくしも、王太子殿下が一時でも面倒をみてくださるのなら助かるから文句は言わないが、なんというか、王太子殿下の不服具合には物申したい。


 どんっ、


 背中に強う衝撃が走ってわたくしは一瞬よろけてしまう。不機嫌な思いで後ろを睨みつけると、そこにはわたくしの天敵たる公爵家のご令嬢、、レジーナ・リリーバードがいた。


「あらまあ、ご機嫌よう。レジーナさま。相も変わらず不機嫌な青いお目々がお可愛らしいことで」

「まあ、ありがとう存じますわ、クラウディアさま。あなたも、今日も王族にお尻を振っている女狐なようで何よりですわ。あたくし、そんなに王族の方に媚びを売るなんて上手なこと、できませんもの。尊敬に値いたしますわ」

「あら、お上手ですわね。いつもは猪突猛進な猪のように直線的ですのに」

「なんですってー!!もうこうなったら決闘よ!!さっさと武器を構えなさい!!」


 きいぃー!!と癇癪を起こしたレジーナさまは、わたくしの顔面に手袋を投げつけてきた。まあ、わたくしのお顔に当たる前に魔法で燃やして差し上げたけど。


「なっ、あたくしの手袋になんてことをっ!!クリスティーナちゃん547号っ、あぁ、可哀想に。こんな無惨な灰になってしまうなんてっ!!」


 燃えた手袋の前に膝をついて手袋の灰を見つめたレジーナさまは、きっ!とわたくしを睨みつけてきた。



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