第17話

▫︎◇▫︎


Side. クラウディア


 お義母さまとライアンのお洋服を注文した次の日の晩餐、何故かわたくしはお父さまとお夕食を共にしている。こんなの人生初めてだ。


「………えっと、お父さま?」

「………………」


 だが、お父さまはずっと無言だ。それどころか、晩餐に一緒に参加してくれたお義母さまとの間にえげつなく恐ろしい空気が流れている。一触即発の空気とはまさにこのことだろう。メアリーからの秘密情報によれば、昨日の夜、お義母さまはお父さまに呼び出されたらしい。そこで何かしらあったという予測はできるが、何があったのかまでは予測できない。


「お、お義母さま」

「なあに?可愛いディア」


 今日は第1~第3の作戦しか実行していない。でも、だからこそ、何故可愛いという言葉を使われるのか分からない。それに、わたくしの容姿は可愛いと形容されるようなものではない。


「いえ、何も」


 わたくしは困り果てている。

 助けを求めている。地獄のような空間だ。


「………義姉上、母上は放っておいていいと思いますよ。どうせお節介して怒りを買っただけでしょうから」

「そ、そうなのですか」

「母上はいっつもそうですから」


 わたくしは酷い頭痛に襲われた。もう、誰も彼もいい加減にしてほしい。この空間にいる人間共はわたくしを殺す気なのだろうか。


「………これからは毎日皆で晩餐を摂ることにする。以上だ」


 お父さまは食事を終えたのか、空の皿を放ってそそくさと去っていった。わたくしは食事が喉を通らないというのに、平和なことだ。心底羨ましい。


「………わたくしも失礼させていただきますわ。ご機嫌よう」


 ステーキを1口しか食べていないわたくしは、お義母さまとライアンの心の底から見えすいた同情を無視して部屋に戻った。いつも夕食をまともに食べていないわたくしは、夕食を1食抜くくらいなんともない。


 そして、この時のわたくしはこの地獄の食事が喉を通らない重たい夕食がこれからもずっと、というか、一生続くことに、幸せなことに全くもって気が付いていなかった。

 本当に、知らぬが仏とはよく言ったものだ。異国の言葉はよく的を得ていると聞いたことがあるが、まさにその通りだった。


 わたくしは、1人での食事ほど幸せなものはないと学んだのであった。


▫︎◇▫︎


 7日目、あの地獄の夕食開始から2日の日付が流れた。


「今日から先生がまた来るのよね?」

「はい、楽しみですか?」

「えぇ、第10の作戦を実行できるからね」


 第10の作戦、『魔法制御で馬鹿にしよう大作戦!!』、わたくしの得意分野だから、成功確率のとっても高い作戦だ。


「ふふふっ、魔法はとっても得意だし、先生の授業は面白いし、本当に楽しみだわ」

「お昼前からその調子では、お昼から授業で眠たくなってしまいますよ」

「そんなことないわよ」


 わたくしはスキップをしながら2日前に帰ってきた教本を手に取った。ライアンは聞いたところによると真紅の皮でできたカバーを選択したらしい。金箔が貼られているが、わたくしと全く同じデザインにしたというのも風の噂で聞いた。


「今日は昨日ぐっすり眠ることができたから、とっても気分がいいわ」

「悪夢にうなされなかったのですね」

「えぇ、最近は、というか4日前からそう。悪夢を見るたびに冷たくて心地良い手が明るい世界に導いてくれるの」

「お嬢さまが鍵を閉めてお部屋に篭られた日の次の日からですね」


 わたくしは思わずこてんと首を傾げた。だって、今までどんなに気を遣っても現れていた悪夢が、唐突に途中で止むようになったのだ。不思議に思わない方がおかしいだろう。


「………メアリー、あなた最近何かしてる?」

「いいえ、何も。というか、悪夢にうなされなくなったことすら存じ上げませんでした」


 わたくしはう~んと唸ったが、やがて無意味なことだと悟り、授業の予習を行うことにした。今日からはライアンとの合同になるから、今までの数倍力を入れないといけない。

 この国では男児が基本的に爵位を継ぐことになっている。養子とはいえライアンには十分に公爵家の次期跡取りとしての資格が存在している。だから、わたくしは彼との絶対的な能力の差を示して、分家筋に当主としての能力を認めてもらわなければならない。もしできなかったならば、わたくしは廃嫡で修道院行きになってしまう。もしもものすっごく運が良ければ、どこかに嫁ぐあたりだろう。


「………頑張らなくちゃ、頑張らなくちゃ、ちゃんと終わらせなくちゃ………………」


 わたくしはぶつぶつと呟きながら、難しい教本と数時間に渡って睨めっこをした。全てはわたくしが公爵家を継ぐために。

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