第16話

▫︎◇▫︎


Side. エミリア


 私は義理のツンデレ、もといツンツンツンツンツンデレな娘のクラウディアに仕立て屋を呼んでもらった日の夜、2人目の旦那であり、正直に言って碌でなしな旦那に呼ばれていた。

 あら、仮にも旦那さまなのだから、碌でなしなんて思ってはいけないわね。ま、思うだけなら自由か。口に出さなければいいわけだし。それに、彼は碌でなしだが、根は優しすぎるくらいに優しく、お人好しだ。今までよく社交界で生き残れたものだと感心してしまう。


 コンコンコン!


「エミリアです」

「入れ」


 さあて、言いたいことはたっくさん用意してきたし、言いたいことだけボロクソ言ってあのクソ野郎の心をへし折ってやろうかしら。そう、これも全て私の愛しの超美しい、そして何より神々しい、完璧超人悪役令嬢、クラウディア・ローズバードの悪役令嬢化阻止のために!!

 出会い頭の挨拶は、我が愛しのディアさまあまりの愛らしさにやられてしまい、少し失敗してしまったが、ちゃんと私に構ってくれていることだし、今は大満足だ。

 そうそう、みんな不思議に思っているだろうから明かすけれど、ここは乙女ゲーの世界で、私は転生者だ。そしてもちろん私は、悪役令嬢推しの超絶変わり者。この世界での私の目標は、女性キャラの最推したるクラウディアと男性キャラの最推したる息子のライアンをくっつけることだ。


「失礼いたします旦那さま。何かお話が?あぁ、ありませんわよね。ご都合主義な旦那さまが呼び出すなんて碌な用事じゃないでしょう?ま、ないなら私、話したいこともとい、言いたい文句がたっくさんあるのですけれど、構いませんか?後から、散々罵ってくださって結構ですので。御覚悟くださいね?」

「ーーーーー」


 元社畜というか前世社畜な私は、ロイヤルな超絶イケメンに、ディアの継母として、1人の悪役令嬢ファンとして、我が愛しのクラウディアさまの親子関係、そして歪んだ性格の元となる生活環境改善を目指す!!

 さぁ、私の文句合戦が終わったら、なんとでも怒って怒鳴ってきなさい。

 私は正々堂々、身分差なんかぶっ飛ばして真正面から追い返して叩きのめしてあげるんだから!!

 そして、愛しの悪役令嬢を愛でるために、完璧な生活環境を整えてやるんだから!!


「それでは旦那さま、お1つ質問にお答えください。クラウディアのここ最近の過ごし方と昔の過ごし方を言ってみてください」

「は?アイツの過ごし方?………最近は朝散歩に行ってそれからお前たちに構っている。昔はずっと本を読んでいたな。アレは異常なまでの努力家だ。いずれ歴代に名を残す優秀な公爵となるだろう」

「は?」


 私は呆然とした声をこぼした。何故って?それは旦那さまが存外ディアの事を観察していたからだ。ゲームの中では、大好きな妻を奪ったディアのことを酷く恨んで蔑んで、無視していた。声も聞かず、ただただ睨みつけて、彼女の希望を叩きずぶして、絶望の淵に叩き落としたのだ。


「………あなた、ディアの事が嫌いではないの?」

「それはお前の方ではないのか?」

「は?」

「は?」


 私はきょとんとした。だって、彼は至って真面目な顔をしていた。真摯な顔でただ私の瞳をじっと見つめていた。私がディアのことが嫌いと答えれば、私を追い出す気満々な表情だった。


「………私はディアのことが好きよ。だってとっても可愛いし、それに………必死だもの。私が傷つく前に追い出そうと。私が死んでしまう前にと。ねえあんたディアに『人殺し』って言ったそうね。娘相手に何考えてんの?あんたが妻を失ったように、あの子は母親を失ってんのよ?馬鹿なの?あぁ、馬鹿だったわね。馬鹿だから、傷ついて父親だけには捨てられないようにって必死になっている娘を傷つけられるのよね」


 この屋敷のメイドにお金を握らせて聞き出した内容に、私はとても腹が立っていた。馬鹿げた決意で心の中の平穏を保っていたが、それももう限界だ。怒りが爆発して、魔法でこの無能な男を殺めてしまいたいくらいだ。


「ねえ、いい加減に妻の残した娘を可愛がったらどうなの?」

「………………」


 掴みかかった私に、ムカつく夫たる男は涼しい顔だ。ムカつく。イラつく。死ねばいいのに。

 顔に出ていたのか、男の表情がとても冷たくなった。


「………いくら妻にそっくりでも、娘に会うのが辛いっていうのはあまりに酷いと思うわよ。それじゃあご機嫌よう」

「あ、待てっ!」


 ガッシャン!!


 私は大きな音を立てて重厚な扉をヤケクソに閉めた。何か言っていた気もしないでもないが、知ったことではない。それに、心の中のモヤモヤが暴走して怒りが抑えられない。魔力が怒りに任せて動き回っている。激しく、そして毒々しく。


「………ムカつく」


 私の怒りは魔力の形となって現れたが、弱い魔力では周りの装飾品に多少の衝撃を与えるだけだった。

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