第12話
『お父さま、今日こそ一緒にご飯を食べましょう!!』
『勝手にしろ。俺は食べない』
あれは確か4歳の頃だった。常に微笑みを浮かべるようにし始めて、お父さまがなおのこと自分との関わりを切った頃だったはずだ。
1人になると、昔の嫌なことがどんどん溢れてくる。
『お、お父さま。今日はわたくしの誕生日だから………』
『………無能が喚くな』
『っ、………ごめんなさい』
5歳の誕生日。
『お、お父さま、今日ね、教師にね、』
『“ね”が多い。話しかけるな』
家庭教師をつけられて間もなく。
『お父さま、きょ、今日はお母さまの』
『お前がクロエのことを話すな。人殺しが。虫唾が走る』
『っっっ、、、、、………………………ごめんなさい。お父さま。ごめんなさい』
去年の誕生日。
もう、わたくしはお父さまとの交流を諦めている。
だって無駄だから。無駄なことに時間を費やすほど、わたくしは暇ではない。暇でいてはいけない。わたくしは今、お義母さまとライアンを追い出さなくてはいけない。それがわたくしが唯一生き残る道だから。お父さまの大切なお母さまを奪ったわたくしの、生き残る道だから。
「メアリー、話があるわ」
「………ーーー仰せのままに」
この言葉はようは合図だ。
わたくしが魔法を使う合図だ。
「《我を守りし炎の守護神よ、我が願いを聞き入れ、炎に包まれし、美しき世界を生成したまえ、『
魔法は詠唱が長くなればなるほど魔力の消費が多く、魔法の使用が簡単になる。
魔法は無事に発動し、周囲が炎に囲まれた。
「メアリー、何が言いたいか、分かるわね?」
「えぇ、分かっております」
「なら、これからは勝手なことをしないで。わたくしの邪魔をしないで」
「承知いたしました」
「………………」
(《
次の瞬間、室内は元に戻っていた。
桃色の愛らしい空間に、たくさんのぬいぐるみ、花、宝石。嫌になる空間だ。
「じゃあ、朝食に行ってくるわ」
今日のわたくしはどうやら虫の居所が悪いらしい。他人を当たり散らしてしまう前に、お部屋に籠もった方が良さそうだ。
「お義母さま、ライアン、お待たせしてしまい申し訳ございません。少し用事がありまして」
お義母さまのお部屋に行くと、もうそこには朝食の準備が整っていた。
今日も今日とてわたくしは意地悪のためにお義母さまとライアンにたくさん食べさせ、たくさん食べこぼしをした。
▫︎◇▫︎
コンコンコン!
「クラウディアですわ」
14時、今日もわたくしはライアンのお部屋に来ている。昨日と違うところは持ち物とお洋服だ。気を持ち直しているわたくしは、どうにかご機嫌直下行の斜めから、ちょっとだけ斜めくらいになっている。
「どうぞ、義姉上」
「失礼いたしますわ」
少しだけ他所行きの格好をしたライアンは、涼しげな容姿と相まって、とっても綺麗でカッコよかった。
「す、少しは見られるようになったのではないかしら」
「ありがとうございます。義姉上はとてもお綺麗です」
「嫌味かしら?今日のわたくしは昨日みたいに着飾っていないわ。言葉は考えて言いなさい」
ライアンは無表情のまま飄々としていて、本当にムカつく。ほんのりと彼の頬が赤いのは気のせいだ。それに、今日のわたくしは先程も言った通り昨日に比べて着飾っていない。赤いワンピースに、赤い靴。全てに同色で薔薇の刺繍が施されているだけだ。上品な仕上がりだが、お世辞にも派手とは言えないし、着飾っているとも言えない。ただの部屋着だ。でも、ちょっとだけ髪は編み込んで銀細工で止めている。
「申し訳ございません。ですが、義姉上はいつでもお綺麗ですよ」
歯が浮くセリフを軽々しく告げてくる義弟に舌打ちしたい気分なのを抑え込み、わたくしは自分が持ってきた籠を机の上に置いた。
「それが朝言っていらしたものですか?」
「そうよ」
ライアンは布をかぶせられた虫籠を興味津々に見つめている。
何が入っているのか不思議で仕方がないのだろう。
せいぜい震え上がって怖がればいい。
「昨日のお詫びに持ってきましたから、あなたの好きにしてくださいまし」
「………昨日のことはお気になさらず。開けても?」
わたくしは微笑みを浮かべたまま静かに頷いた。
ばさりっ、
「!!」
「ふふっ、いかがですか?」
「ーーーーす、」
「す?」
「すっげえぇぇぇ!!」
「え」
ライアンの輝かしい無表情に、わたくしはたじろいだ。ものすっごく嬉しそうだ。
「すごいよ義姉上!!どこでこれを手に入れたの!?」
「え、侍女に頼んだだけだけれど。領地の森に行けば今の時期、腐るほどいるわよ」
ライアンは今にも駆け出しそうなほどに鼻息荒くこちらを見つめている。え?わたくしの予想とかけ離れているのだけれど。
「ヘラクレスオオカブトムシがか!?」
「え、えぇ。もっと連れてきてもらいましょうか?」
「いいのか!?」
わたくしはこの時、この作戦の失敗を悟った。わたくしはまた間違えたようだ。
なんで!?
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