第11話

 コンコンコン!


「お義母さま、起きていらっしゃいますか?」

「えぇ、少し待ってちょうだい。今行くわ」


 お義母さまは今日もお散歩に行く気満々だったのか、すぐに返事が返ってきたし、すぐにわたくしの前に現れた。それに、お洋服が昨日に比べると圧倒的に簡素なものになっている。


「ライアンの元に向かいましょう。今日も叩き起こさなきゃ」

「ほ、ほどほどにした方が良いのでは?」

「大丈夫よ。あの子は10時くらいまでいっつも死んだお魚さんみたいになってるから」

「そ、そうですか………」


 頑張れ、ライアン。心の中でエールを送ってわたくしはライアンのお部屋へと向かった。


 コンコンコン!


「入るわよ!!」


 今日も今日とてお義母さまはなんの躊躇いもなく息子のお部屋にずかずかと入って行く。うん、やっぱりライアンは可哀想だ。


「ほら、起きなさい!!お散歩に行くわよ!!」

「………あとごふん………………」

「起きなさいっ!!」

「ふぎゃびゃっ!!」


 ………可哀想な悲鳴は聞かなかったことにしよう。そう誓ったわたくしは、お部屋の側の壁にもたれかかって足をぷらぷらさせた。そろそろ革靴も買い替えた方が良さそうだ。だいぶボロボロになってきてしまっているし、サイズもキツくなってきている。


「………明日頼んだら、いつくらいにできるかしら?」

「何を頼むって?」

「!!」


 ぼーっとしていたわたくしの隣に、気がつけばお義母さまが立っていた。何も気配がしなかった。


「………ーーー靴をそろそろ買い替えようかと思っただけですわ。お義母さまとライアンは明日お時間ございますか?」


 わたくしはついでにと思い、明日考えているいじめ大作戦の計画のために必要な質問を行った。


「ん?空いているわよ?」

「なら、そのまま空けておいてください。わたくしやお父さまの贔屓にしている仕立て屋が明日来ますので」

「あら、一緒に仕立ててくれるの?」

「ついでです。公爵家の人間ならば、その店で仕立てるべきですし………。お義母さまには贔屓にしているお店がおありで?」


 わたくしは少しだけ不安になって尋ねた。贔屓にしている仕立て屋があるのならば、そちらで仕立てた方が圧倒的に着心地が良いのが仕上がるだろう。無理にわたくしに合わせるべきではないと思い至ったからだ。


「ないわ。是非そちらでお願いするわ」

「分かりましたわ。見窄らしくないくらいに仕立ててくださいましね。お金は考えてはいけませんわよ?」


 お義母さまはわたくしの言葉に困ったように頷いた。


「………おはようございます」


 お部屋から突然とっても美しいゾンビが現れた。そう、義弟の寝坊助ライアンだ。


「おはようございます、ライアン。今日もお日柄がよろしいようで」

「………皮肉ですか?」


 わたくしはにこっと殊更深く微笑んだ。これはいじめの一環だ。だから、皮肉だと嫌がられるのは正解の反応であり、嬉しい反応だ。

 だから、これは正解。左胸が痛むのは気のせいよ。


「行きましょう。皮肉っててもお散歩は始まらないわよ」


 お義母さまの言葉に、わたくしは目を見開いた。お義母さまはわたくしのいじめをひらりと交わしている挙句、それを見過ごしている。裏がある。わたくしは瞬時に悟った。

 そして、メアリーの朝の不審さにたどり着いた。


「………余計なことをしたわね。メアリー」

「? 何か言いましたか?義姉上」

「いいえ、何も。お義母さま、今日は入り混じった花の植えてある庭園でよろしいですか?」

「えぇ!どんな花があるか楽しみね」


 お義母さまのはしゃいだ声に、わたくしは冷たい笑みを返した。


(そうですわね。楽しみですわね)


 庭園に着くと、わたくしはわたくしが伝えたい花言葉のある花の前を通るようにルートを計算した。そして、案内した。


 黄色いカーネーション

『軽蔑』『拒絶』『あなたには失望しました』


 オレンジの百合

『憎悪』


 白いゼラニウム

『私はあなたの愛を信じない』


 ピンクのゼラニウム

『疑い』


 アンズ

『疑い』


 アザミ

『触れないで』


 キンギョソウ

『でしゃばり』『おせっかい』


 オダマキ

『愚か』


 ロベリア

『悪意』


 ハナズオウ

『裏切り』


 アジサイ

『冷淡』『冷酷』『無情』


 ラベンダー

『不信感』


 カンナ

『疑い』


 ゴボウ

『私にさわらないで』


 最後まで案内したところで、わたくしはお義母さまに微笑みかけた。

 賢いお義母さまならば、きっと伝わってくれているだろう。お花の名前をちゃんと懇切丁寧に紹介してあげたのだから。

 わたくしはそのあと、ライアンに視線を向けた。


「今日、昼から空いていますか?」

「はい。なにか?」

「昨日のお詫びを手配したから、渡しに行こうかと思っただけですわ」

「分かりました。部屋にいるようにします」


 わたくしはお義母さまに視線を向けた。


「今日の朝もご一緒しても?」

「えぇ!おいでおいで。というか、旦那さまは誘わなくてもいいの?」

「………お父さまは来ないわ。いくら誘っても、ね」


 わたくしはくるりとターンして自室に向かって歩き始めた。メアリーに苦言を呈すために。

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