第10話

▫︎◇▫︎


Side. クラウディア


 シーツに包まって丸くなっていたら、気がつけば、辺りはすっかり暗くなっていた。わたくしのお部屋が北向きで火が届かなくなるのが早いこともあり、もうお部屋の中は闇に包まれてしまっている。


(《『火焔ブレイズ』》)


 無詠唱魔法を使用し、お部屋の燭台全てに明かりを灯した。わたくしは魔力が強すぎるが故に魔道具の使用ができない。魔道具の核たる魔石がわたくしの魔力に耐えられないのだ。だから、わたくしのお部屋の家具は全てアンティーク調度で固められている。

 わたくしだってみんなと同じような普通の、魔道具を使った生活を送りたい。わたくしだって、わたくしだってみんなと………………。


 コンコンコン!


「失礼し、………え?開かない!?」


 ガンガン!ガチャガチャ!!


「ーーお嬢さま、開けてください!お嬢さまっ!!お嬢さまっ!!」


 アンティーク調度の鍵はなかなか開かない。いくら押しても引いても、わたくしが持っている鍵と室内にある予備の鍵からしか開かないのだ。開けられないのだ。


「………1人にして、メアリー」

(今は誰とも関わりたくない)

「明日にはちゃんと元通りにしておくから」

(だから、1人にして)


 わたくしは明日には元に戻ってライアンをいじめないといけない。今のわたくしはお義母さまやライアンに情が移りつつある。だから、さっさといじめなければならない。そして、追い出さなければならない。


「明日は第5の作戦を決行しないと」


 黒くて大きな虫は明日届くとのことだから、今日の謝罪と称して渡したら良いだろう。あの虫は男の子に人気だそうし。『虫が苦手だなんて軟弱ね』って言えばもっと心を抉れるかしら?


「………第6の作戦、思いついちゃった。お洋服もまともに持っていないあの人たちに煌びやかなお洋服をたっくさん着せなくちゃ」


 わたくしはぼーっとしながら、真っ白のシーツでお化けさんをした。


 フォン!!


「!!

 ………ケーキ?」


 唯一部屋にあるわたくしが使えない緊急連絡用の魔道具の上に、唐突にケーキと手紙が現れた。


『天使な

 クラウディアお嬢さまへ

 新鮮な苺が手に入ったそうで、料理長が苺のショートケーキを作ってくださいました。食欲がないにしても是非とも夕食代わりに食べてください。お皿は明日の朝回収しますので、心配は要りません。

 お願いです。何かは口にしてください。

 何もできなくて虚しくて悲しい侍女

 メアリーより』


「ふふっ、緊急連絡用の魔道具を使ってまで送るものじゃないわ」


 わたくしは魔道具に触れないように注意してケーキを手に取った。手紙は触れないようににとるのは簡単だったけれど、ケーキはプレートの関係で手に取るのが難しい。


「むぅー、壊しちゃいそう………」


 苦労してやっと手に取ったケーキは、ちょっとだけ輝いて見えた。メアリーには感謝しなければならない。


「明後日、すみれ色のブローチでも買ってあげようかな。お小遣いで」


 わたくしはにこっと笑うと、ケーキに口をつけた。程よく甘いクリームに、甘くて瑞々しい苺、ふわふわのたまごが濃いスポンジ。控えめに言って絶品だ。


「………料理長にもお礼しなくちゃ。あと、………お義母さまにも」


 わたくしはそっと溜め息をついて食べ終えて空になったプレートとお部屋の端にある机の上に置いた。


「お勉強の復習をして寝ましょうか」


 お勉強机でノートを開いたわたくしは、ノートの上ですやすやと眠ってしまった。


▫︎◇▫︎


「ーーーさま、お嬢さまっ、」

「ん………

 ………ありー?」


 珍しく10秒寝過ごしたわたくしは、目を擦りながら椅子から起き上がった。どうやら昨日あのまま机の上で眠ってしまったらしい。身体中がみしみしと痛む。

 嫌な痛みに顔を顰めたわたくしは、メアリーを部屋に招き入れるために鍵を開いた。カチャリという金属音が寝起きの耳に響く。


「おはよう」

「ーーはい、おはようございます。お嬢さま」


 嬉しそうにそう言って抱きしめてきたメアリーは、寝不足なのか目の下に隈ができてしまっていた。わたくしのせいね。


「今日も嫌がらせを続行するわ。虫の首尾は?」

「上々です。お昼の便で届くかと」

「分かったわ。ありがとう。明日の採寸にお義母さまとライアンを招こうと思うのだけれど」

「旦那さまの方に話を通しておきます」

「お願いするわ」


 付き物が取れたかのように従順にわたくしに従うメアリーは、とっても不自然だ。


「………何かあったの?」

「いいえ、なにも。ただ、お嬢さまがお元気でよかったなと」


 絶対に話をはぐらかされているが、彼女のことだ。必要とあらばわたくしに話してくれるだろう。

 今日はクリーム色のブラウスにオレンジ色のひまわりの刺繍されたスカートにした。我が家は年中冷暖房が効いているし、庭園もいつも同じ花が咲いているから季節を感じられないが、一応は今は夏場なのだ。用意した服は長袖だけれども。


「可愛いです」

「お世辞は結構よ」


 わたくしはお義母さまのお部屋に、知らず知らずのうちに楽しげな足取りで向かっていた。

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