第7話
メアリーはそれから棘の退けられた美しい紫色の薔薇を髪に1本挿し、それを引き立てるように霞草やすみれをふんわりと刺していった。本当に鮮やかかつ美しい手つきだ。惚れ惚れとする。
「完成です」
「まぁ!すごいわ!!流石メアリーねっ!!」
メアリーの言葉を聞いて、パッと立ち上がったわたくしは、大きな姿見の前でくるりと1回ターンした。淡い紫のワンピースの裾がひらりと舞い上がる。ローズバード家の象徴たる赤い髪が生える出来栄えに大満足だ。テンションが上がって思わずはしゃいでしまう。
「ありがとう、それじゃあとっておきの武装もしたし、行ってくるわ!!」
「え?どこの戦場に行くのですか?危険なことはしませんよね?」
「そりゃあ義弟のお部屋よ。危険なことなんてするわけないじゃない」
メアリーは引き攣った笑みを浮かべて困った子を見るような視線をわたくしに寄越した。本当に不躾で失礼な侍女だ。まぁその分、というか、それ以上に優秀な侍女だけれど。
「じゃあ、第4の作戦決行と行くわ!!次こそぎゃふんと言わせてやるんだから!!」
「三流の悪役の言葉ですね」
わたくしはメアリーを微笑んだまま一睨みして、勉強道具を持ってライアンの部屋に向かった。
コンコンコン!
「クラウディアですわ。先触れ通りお勉強のために参りましたの。開けてくださる?」
「………今参ります。少々お待ちください」
義理とはいえ姉と弟の会話とは思えないほどに他人行儀な言葉を交わし、わたくしはライアンの室内に入った。天敵たる義弟は今日も、いいえ昼からも相変わらず無表情で冷たい。
今度こそ、その澄ましたお顔を苦痛や悲鳴に歪めてやるわ!
「ライアンは今日を除いて5日後から授業が開始されるのをご存知で?」
「はい、一応義父上から伺っています。義姉上と同席することになるから、授業で分からないことや今までで習っていないことは教師か義姉上に尋ねるようにと」
「そうですか。ならば、今からある程度、今までの2年間でわたくしが行った学習についてお話しさせていただきますわ。分からないことなどはその場で即刻お尋ねくださいまし。放って置かれたり、5日後に先生の前で恥をかくよりは今聞いてもらっておいた方が、わたくしにとってはマシですから」
恥を欠かすなという部分を特に刺々しく言うと、ライアンがぐっと眉を顰めた。
「………分かりました」
「これが教本ですわ。あなたのお部屋には2日後に届く予定だそうですから、それまではわたくしの教本をお貸しいたしましょう」
そう言ってわたくしは、2年前からの相棒たる深い紫混じりの青色の皮で装丁された金色のロゴの入った教本を手渡した。中の本はたくさん書き込みが書かれていて、わたくしには分かりやすく、そして他人には分かりにくい仕様となっている。せいぜい苦しんで読むといいわ。
「………ありがとうございます。
………………ーーーよくお勉強なさっているのですね」
「余計なお世話です。わたくしが無能だとおっしゃりたいのですか?」
「っ、いえ、決してそういうわけでは………」
一瞬にして真っ青な顔になった義弟に首を傾げながらも、わたくしは今まで2年間で習ってきたことを簡潔にまとめたノートを使って説明した。もちろんノートは字がぐしゃぐしゃだから、今日の説明に使うだけであって絶対に貸さない。
「すっごく分かりやすかったです!!特に、魔法哲学における説明や、経済学、当主学における説明が、ーーーーーーーーーー」
「も、もういいですわ。もういいからやめてくだらない?流石に恥ずかしいですわ」
わたくしは顔を真っ赤にして止めてしまった。流石に無表情っぽいのにきらきらした目で褒め称えられるのは、本当に辛い。本来ならば、ここで高笑いして『これくらいできて当然ですわ。恥を知りなさい!!』って言うはずでしたのに!!
「と、ともかく、もう少し王族に連なる家系の人間であることに誇りを持って着飾って、勉学に励んでくださいまし!このままでは顔がいいだけのお馬鹿さんになってしまいましてよ!!」
え、どうしたのかしら?ライアンのお顔が真っ赤なのだけれど………。
ぽたぽたぽた………。
「ふぇ!?」
「あ、鼻血………」
「えっと、え、ええ!?」
わたくしは柄にもなく悲鳴を上げ、あたふたと何もせずに慌てた。
「こ、氷!?ティッシュ!?ハンカチ!?えっと、えっと、、」
「………落ち着いてください。このくらい問題ありません。大丈夫ですから、ひとまず落ち着いてください」
気がつけば、ライアンは無表情で鼻にティッシュを当てて座っていた。床や服が少しだけ黒めの血で汚れてしまっている。
「ふ、ふ、」
「ふ?」
「ふわあぁぁぁん!ふわあぁぁぁん!!」
「あ、義姉上!?」
安心したからか、目から涙が溢れ出てしまった。わたくしがいじめたせいで鼻血が出てしまうなんて思ってもみなかった。精神的にいじめてやろうとは思ったが、実際に怪我をさせようとは思っていなかったのだ。
「はわわ、あ、義姉上ー」
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