第6話
結局、わたくしは意地悪が成功できたか否か分からないまま、自室に戻ることになってしまった。
「ほら、言ったでしょう?失敗するって」
「………失敗はしていないはずよ」
わたくしは作戦最中のお義母さまやライアンの様子ではなく、散歩帰りのライアンの様子を思い出した。結局わたくしもぐっさりと傷つくことになってしまったが、十分に傷をつけられただろう。
左胸がズキリと痛んだが、わたくしはその痛みを無視してベッドにダイブした。
「………今日はもう終わるわ。ずっと寝る」
「え?作戦、考えないのですか?」
「………………紙には残さない。頭の中でだけで構想を練るからしばらく話しかけないで」
わたくしはふて寝をした。ライアンが来たせいで、昨日から7日後まで家庭教師が来てくれないのだ。課題も渡された初日に全部終わってしまった。
「あ!………思いついた」
「え?早くないですか?」
「ふふふ、これなら………!!」
「また碌でもないこと考えているんじゃないですよね?」
メアリーがじとっとした目でこちらを見てくる。本当に失礼な侍女だ。
わたくしはただ新たな公爵家の一員に相応の教育を受けてもらおうと思っているだけなのに。
「わたくし、お2人に公爵家の一員としての教養を身につけてもらおうと思いましたの」
「あぁ、それならもう手配されていますよ。ライアンお坊っちゃまに至ってはお嬢さまと一緒に授業を受けることになっています」
「………お父さまの手配?」
メアリーはこくんと頷いた。わたくしには何も話が来ていない。お父さまは勝手な人だ。わたくしの気持ちを知らずに勝手に行動をしている。お義母さまを連れてきたのもそうだ。わたくしには当日までなんの話もなかった。
『今日、お前の新しい母親と弟が来る。1週間全ての授業を停止するから、仲良くするように』
たったこれだけ告げられ、そしてお義母さまとライアンに会わされた。
わたくしが微笑みながら怒るのも当然だ。
「………わたくしはみんなが嫌いよ。だって、みんな自分勝手だもの。わたくしも含めて、ね」
「クラウディアお嬢さま………」
「………………今日、昼からライアンの元に向かうわ。先触れを」
頭を下げて去って行くメアリーを一瞥したわたくしは、またふかふかの寝台に沈み込んで目を閉じた。
「………みんなみんな大っ嫌い」
昼から第4の作戦を決行することにしたわたくしは、小さく呟いて眠りに落ちた。
▫︎◇▫︎
14時ちょうどにぱちりと目を覚ましたわたくしは、のそりと寝台から這い出した。
陽の傾きからおおよその時間を計算してみていたが、時計を見るとちょうどだった。
「わたくしって天才?」
「ありえませんね。どうでもいいことをうじうじ呟かず、さっさとお着替えしますよ。今日1日その服で過ごす気ですか?」
「むぅー、………あっ、いいこと思いついちゃった。ふふふ、メアリー、わたくしの部屋着の中でもとびっきりの物を用意して」
「またもやくだらないいじめですか?いい加減旦那さまに叱られますよ」
わたくしは微笑みを深めた。
「そうね、それならそれで構わないわ。だって、わたくしは要らない子って意味でしょう?それなら、わたくしは出て行く、それだけよ」
「お嬢さま………」
メアリーは悲しそうに溜め息を吐き、部屋から出ていった。わたくしは彼女の後ろ姿を一瞥し、動きやすいお洋服を脱ぎ捨てた。編み上げの革靴もだ。
「こちらならいかがですか?」
「えぇ、いいと思うわ。髪も整えてちょうだい」
「承知いたしました」
メアリーが用意してくれた淡い紫色、すみれのような色彩のふりふりとしたワンピースは、金糸でふんだんに薔薇の刺繍の施された豪華なワンピースだった。けれども、主張しすぎず上品な仕上がりになっている。
端々にひらひらと覗いて見えている真っ白なレースや、服の生地よりも少しだけ濃い色彩の淡い紫のりぼんがとっても愛らしい。
「髪型はいかがなさいますか?」
「う~ん、アップスタイルがいいわ。後れ毛もちゃんと作ってね」
「お庭から紫の薔薇をもらってきてもらってもよろしいですか?」
「いいわね。生花を髪に生けるのって久しぶり!すみれも入れてちょうだい」
「分かりました。メイドに頼んで持ってきてもらいます」
わたくしの髪を複雑に編み込んで後れ毛付きのシニヨンにしたメアリーは、満足気に頷いた。わたくしの髪を編み込めるのはメアリーだけなのだ。ふわふわもこもこのわたくしの髪は、絡まりやすくて纏まりにくい。特に、寝起きは爆発していて櫛を通すのにも一苦労なのだ。
「ありがとう、メアリー。とっても綺麗よ!」
「お花を刺すまでは完成とは言えません。私の作品を途中で勝手に完成させないでください」
メアリーはメイドが持ってきた生花をくるくると弄びながら、悪戯っぽい笑みを浮かべた。わたくしが着飾るのが久々だから、腕が鳴るのだろう。
完成が楽しみだ。
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