第5話
わたくしとライアンがお義母さまのお部屋に到着すると、お義母さまのお部屋はある意味大変なことになっていた。そう、わたくしの注文通り豪勢なご飯でいっぱいになってしまっていたのだ。
1時間30分でよくここまでしてくれたものだ。厨房にちゃんとお礼に行かねばいけないわね。高級店のお菓子なんかが嬉しいかしら?最近料理長の娘さんが食べてみたいって駄々をこねたって言っていたからね。
わたくしが思考を巡らせていると、隣から唾を飲み込む音がした。年齢不相応に小さい、わたくしのちょうど1ヶ月後に生まれたという義弟からだ。
「こ、これが朝食………!!」
「ーーーそんなにお腹が空いていたの?」
ライアンはわたくしの質問に答えることなく、ふらふらと夢見心地のような紅潮した表情で、食事の席についた。よくよく見ると、お義母さまも目がきらきらとしている。虐げられてきたという噂は聞いていたが、ここまでだとは思ってもみなかった。
「………メアリー、明日から胃に優しく、栄養価の高い食材を取り寄せるようにセバスに伝えておいて」
わたくしはふと思ったことを口にした。すると、今まで食事をきらきらとした目で見つめていた親子が、唐突にこちらを向いた。お義母さまは穏やかな嬉しそうな表情、ライアンは変な生き物を見るかのようなびっくりした表情だ。彼はわたくしをなんだと思っているのだろうか。
「食事にしましょう。冷めてしまっては不味くなりますわ」
わたくしがそう言って席に着くと、お義母さまが未だに固まっているライアンに向けて咳払いをした。ライアンはびくりと身体を揺らし、食事の方に居心地悪く視線を向けた。彼は本当にわたくしのことをなんと思っていたのやら。
「あ、あの、ディア」
「お義母さまがご挨拶くださいまし」
「え?」
「早く。言ったでしょう?冷めると食事が不味くなると」
わたくしはパン派だし、中でもバターたっぷりの香ばしいクロワッサンしか朝食に食べないから関係ないが、お義母さまやライアンに用意されているお皿はほかほかのお肉や揚げ物を筆頭とした温かい食べ物だ。断然あったかいうちに食べた方が美味しいに決まっている。
「ほら、さっさとしてくださいまし」
「い、いただきます」
「いただきますわ」
「………いただきます」
それぞれの食事に手をつけたわたくしたちに、使用人たちは困ったような微笑みを浮かべていた。
一連の言葉を笑顔で繰り出したわたくしは、ふと使用人が昔陰で言っていた言葉を思い出した。
『あのお嬢さま、とっても怖いわよね。いっつも笑顔』
『そうそう、微笑みを浮かべているところしか見たことがないわ』
『母親殺しの疫病神だし、笑うことしかできないんじゃない?』
『あはは、あははははは!!それな~』
『ま、確かにお腹の色は真っ黒そうだよね~。言葉の中にいっつも棘が混ざってるし、』
『分かる~』
首を振って頭から嫌な記憶を追い出したわたくしは、ここで第2の作戦と第3の作戦を決行することにした。『たくさん食べさせよう大作戦!!』と『お部屋を汚そう大作戦!!』だ。わたくしが食べる朝食、クロワッサンはわたくしの天敵なのだ。
そう、さくさくの外側の生地はバターたっぷりでとっても美味しいが、ぼろぼろぽろぽろとクズが落ちてしまうのだ。完璧淑女を目指すわたくしの天敵と言っても過言ではないだろう。
ほら、ぼろぼろぽろぽろ落ちている。
でも、………美味しい。
「あ、義姉上、落としすぎ………」
「ふふふ、可愛いわね」
第3の作戦を決行しようと必死なわたくしには、ライアンの呆れた言葉も、お義母さまのころころとした笑い声も、何1つ聞こえていなかった。
もぐもぐごっくん、その仕草はいつも年相応だと言われる。特に、クロワッサンやバックワーズ、マカロン、あと、木の実を食べるときには言われてしまう。頑張ろうと思ってもどうしても幼くなってしまうのだ。
「ごちそうさまでした」
「もう?」
「……………」
「わたくしはもうお腹いっぱいですわ。ですが、お義母さまとライアンはもっと食べてくださいまし。………今のガリガリでは、ローズバードの家名に傷がついてしまいますわ」
わたくしは微笑みを浮かべて、身体に優しい、つまり、消化に優しい食べ物をお義母さまとライアンの方に寄せた。ついでに、わたくしのお残したるフルーツも寄せておく。ちょっとした意地悪だ。
「ふふっ、お腹いっぱい食べさせてもらうわ。ね、ライアン」
「………………」
ライアンはお義母さまの言葉に、こくんと口いっぱいにご飯を詰め込んだまま頷いた。ほっぺが膨らんでりすさんみたいになってしまっている。
「………本物のりすさん、見てみたいな………………」
わたくしの独白が漏れてしまっていたのか、周りからくすりと笑い声が聞こえた。
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