第4話
「お義母さまは薔薇と百合、水仙、鈴蘭、あと小花はどれが好きですか?」
「う~ん、私は小花が好きだけれど、ディアちゃんはどのお花が好きなの?」
「………赤薔薇ですわ」
「それは貴方の好きな花ではないわね」
わたくしはぐっと言葉に詰まってしまった。やっぱりこの人は人のことをよく観察している。怖いくらいによく観察している。だって、わたくしの嘘を見破られたことなんて今までになかったから。
「わたくしの好きなお花は赤薔薇ですわ。だってわたくしにぴったりだもの」
そう、赤薔薇はわたくしにぴったりなお花。だからわたくしの好きなお花。赤薔薇は我家紋、ローズバードの象徴でもある由緒正しき花だ。
わたくしの好きなお花は赤薔薇以外にありえない。
「じゃあ、ディアのお勧めの薔薇庭園に向かいましょう。今からとっても楽しみだわ」
「ご期待に添えるかと存じますわ。だって、我が家の薔薇庭園は国王陛下に、ひいては王族御一行に献上するための由緒正しきものですもの。美しさは他の家に遅れをとりませんわ」
わたくしは自慢げに言った。実際に我が家の薔薇は自慢の薔薇だ。今代国王陛下の奥方で王妃たる叔母さまが丹精込めて育てた代物だ。自慢でないわけがない。
「そう、それは楽しみですわ」
「………敬語、退けてくださって結構ですわよ。わたくしだけに退けないのは変ですから。お父さまともご相談ください。そちらの方がより親密に良い家族関係を築けているように見えるかと」
「ーーー分かったわ。貴方もいずれ退けてちょうだいね。私、楽しみにしているから」
いい人すぎる継母に、わたくしは困惑してしまう。今彼女は、無理をしなくてもいいからね、という表情をしていた。彼女はわたくしの全てを見抜いてしまっている。
心を許してはいけない。
追い出さなくちゃいけないんだから。
エミリアのように、死なせてしまう前に………。
「ディア?」
「ーーなんでもありませんわ、お義母さま。日が登りきってしまう前にお散歩に向かいましょう」
わたくしは慣れた足つきでぼーっとしたまま自慢の庭園に向かい、ただただお義母さまの質問に魔道具のように微笑みの仮面を身につけたまま、模範解答を返し続けた。
辞書、図鑑を開くかの如く、一言一句読み上げるかのように間違いなく正確に、そして、的確に………。
薔薇庭園のお散歩を終えると、ちょうど朝食の時間だった。ライアンは未だに死んだ魚のような目をして虚にふらふらと歩いている。危なったらしいたりゃありゃしない。
そこで、わたくしはふと第2の意地悪大作戦のことを思い出した。そう、その名も『たくさん食べさせよう大作戦!』だ。決行するための下準備はメアリーを通して厨房に頼んである。
「お義母さま、朝食はいかがなさるおつもりで?」
「お部屋でライアンといただくつもりよ。夕食がほっぺたが落ちるくらいにとっても美味しかったから、とっても楽しみなの!!」
骨張ったガリガリの手を頬に当てた。
細い………。
お義母さまの手はよく見ると艶がなくぼろぼろだった。赤切れや豆だらけでガサガサとした、仕事をする人の手だ。
かっこいい、純粋にそう思った。だってあの手は強く生き抜いた証だから、わたくしには少しだけ、ほんの少しだけ羨ましく思った。わたくしには、一生することのないであろう経験だ。
「わたくしもご一緒しても構いませんか?」
「まぁ!大歓迎よ!!私、貴方と仲良くなりたいの!!」
(わたくしは貴方と仲良くなりたくないわ)
微笑みの仮面を身につけ心の底でそっと呟くと、何故か左胸がズキリと痛んだ。わたくしは首を傾げた後、自分の食事をお義母さまのお部屋に運び込むようにメアリーに指示した。元々その予定だったから、そうなるように頼んでいたが、形式上いましたというふうな形をとった方が良いだろう。
「じゃあ、私は少しお部屋を整えてくるわ。2人で仲良くね」
「えぇ、分かりましたわ」
「………………」
隣にいる義弟は不機嫌そうだった。綺麗な顔をぐっと歪めている。それだけわたくしのことが嫌いなのだろう。彼には少しの嫌がらせでも効果的面になってくれるかもしれない………!!
「ライアン」
「なんでしょう、義姉上」
「………貴方のお母さまはとってもいい人ね」
意地悪を言おうとしたら、何故か褒めてしまった。
えぇっと、どうやっていじめたら………。
「ーーーわたくしにはお母さまがいないのに。貴方は本当に恵まれているわね」
刺々しい口調に微笑みを浮かべたままの冷ややかな目線、ぐっさりと傷ついてくれるはず!!
「それがなんですか?俺には逆に父親がいないのですが」
「っ、わたくしにはそれでも羨ましく映るのよっ、ほら、さっさと行きましょう。お腹が空くのはうっとしいもの」
わたくしよりも彼の方が1枚も2枚も上手だ。
無表情に侮蔑の含まれた視線、わたくしよりも圧倒的に刺々しい憎しみのこもった口調。
惨敗だ。
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