第3話

 わたくしは意気揚々とお義母さまに割り当てられている部屋へと向かった。

 気分は最高だ。


 コンコンコン!


「お義母さま、起きていらっしゃいますか?」

「あら、ディア?どうぞ入ってください」


 わたくしは愕然とした。だってまだ6時過ぎなのに、お義母さまは眠たさを一切感じさせない返事をしたのだ。わたくしは、息を呑んでからゆっくりと扉を開いた。常に微笑みを浮かべているわたくしに、視線が合ったお義母さまは満面の笑みを浮かべた。


「おはようございます、ディア。こんな朝早くからいかがなさったのですか?」

「おはようございます、お義母さま。………わたくし、毎朝庭園をお散歩をしていますの。ですから、今日からお義母さまも一緒にどうかなと思いまして………。お父さまは朝に弱いので参加しませんが、いかがですか?」


 もうとっくに起きていたお義母さまは、着替えを済ませて化粧も施していた。櫛だけを通したボサボサのまとまりのない腰まである猫っ毛を適当に下ろして、庶民風の動きやすいお洋服を着ているわたくしとは大違いだ。


「まぁ!それは素敵ですわね。ライアンも誘うのですか?」

「え、えぇ。仲間はずれは良くありませんから」


 わたくしの言葉に、お義母さまはうるうると目を輝かせた。意地悪をしているのに、そういう表情をされると調子が狂ってしまう。


「では、ライアンのお部屋に参りましょう!アレはとっても寝起きが悪いですから、急いで叩き起こさないと、お散歩の時間が減ってしまいますわ!!」


 意気揚々と部屋を出ていったお義母さまを呆然と見つめたわたくしは、途中で置いて行かれてしまっていることに気が付き、急いでお義母さまのことを追いかけた。お義母さまはとても歩くのが早かった。たった数秒目を離しただけだったのに、もう大分先にあるライアンの部屋に辿り着いてノックなしにライアンの部屋を開けていた。


「ほらね、失敗したでしょう?」

「う、うるさいわね。ライアン相手に成功しそうだからいいのよ!!」


 にんまり笑ったメアリーに、わたくしは悪態をついてから、急いでお義母さまの方に向かって全力で走った。ライアン、朝が弱いのに母親相手に叩き起こされるなんてちょっとだけ可哀想ね。

 ま、わたくしには関係ないけど。

 嫌ならせいぜいさっさとこの家から出ていくことね。


「ライアン!!ぐずぐずしないでさっさと起きなさい!!」

「うぅー、ねむいよ、ははうえ。まだ6じすぎだよ?」

「お黙り!お散歩に行くから5分以内にお着替えまで終わらせなさい!!」


 わたくしは絶句した。穏やかな雰囲気の女性が怒鳴っているのは正直に言って迫力満点だ。


「ディア、部屋の前で待っていましょう。お馬鹿もここまで喝を入れれば5分以内に出てくるでしょう」

「は、はい」


 ごめんなさい、ライアン。わたくしにはどうにもできないわ。

 わたくしはライアンに心の中で謝罪しながら、部屋の前に立ちました。


「ディアはいつからお散歩をしているのですか?」


 唐突にお義母さまに話しかけられ、わたくしは肩をびくりと揺らしました。

 先程息子を怒鳴っていたとは思えないほどに穏やかな声音です。


「5年前からですわ。どうしても起きられない日以外はずっとお散歩していますの。雨の日はお屋敷の中を探検していますわ」

「楽しそうですわね」

「えぇ、楽しいですわ。だってとってもわくわくするもの!」


 わたくしはこのお屋敷にあった隠し通路を見つけた時を思い出して口元を綻ばせた。


「笑った」

「え?」

「貴方が心の底からの笑みをやっと見せてくれたから」

「!!」


 わたくしは今、目をこれでもかというほどに見開いてしまっているでしょう。淑女たるもの表情は常に操らねばなりませんのに。


「貴方は悲しいの?」

「………何をおっしゃっているのか分かりかねますわ」

「私はずっと周りの事を観察してきましたの。だから、ちょっとした表情の違いも見分けられますわ。貴方の笑みはとっても分かりにくいけれど、偽りの笑み」

「っ、」

「だからね、私、貴方を笑わせたかったの。ーーーとっても可愛いわね」


 敬語が抜けたお義母さまはとっても眩しかった。

 きらきらした金髪に、空色に瞳。ありふれた色彩だけれども、太陽のように鮮やかだった。わたくしには遠い世界だということが、ありありと伝わってくる。


「………母上、おはよう。それで?お散歩ってなに?」

「ディアが朝のお散歩に誘ってくれたの。せっかくだから庭園を案内してもらいましょう」


 ライアンは今更わたくしに気がついたのか、不機嫌そうに眉を顰めた。


「おはようございます、義姉上」

「おはようございます、ライアン。その、ご愁傷様で」


 意地悪をしてしまったのにも関わらず、わたくしは何故か謝ってしまった。だって本当に不憫なんだもの。

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