第2話
わたくしは初日早々いじめっ子を発揮することにした。
思い立ったが吉日、お母さまと義弟に割り当てられた部屋にとある品物を持って訪れた。
なんとわたくしは、お母さまにわたくしの大の苦手な干し葡萄をたっくさん差し上げたの。ついでに、心底気に入らない危険な義弟たるライアンにもね。
「まあ!干し葡萄!!ありがとうございます、ディア!!」
「………………」
なのに!お母さまもライアンもとっても嬉しそうな顔をしているし、ライアンに至ってはきらきらとした目によって、無表情がちょっとだけ崩れてしまっている。
「………どういたしましてですわ。お茶をお楽しみくださいませ」
メイドにお茶を淹れるように指示すると、わたくしはピンク色の可愛らしい自室へと戻った。
「………どうしてなのっ、」
「ふふふっ、」
「メアリー」
わたくしの侍女が、わたくしの隣でお茶を淹れながら楽しそうに笑った。
「だから言ったでしょう?干し葡萄は嫌がらせにならないって。ま、お嬢さまに嫌がらせは無理ですよ。さっさと諦めて仲良くなさってはどうです?」
「嫌よ。わたくしは、………1番なんだから」
メアリーは悲しそうに笑った。彼女は元々お母さまの侍女だった。お母さまが死んだ後、ずっとわたくしの面倒を見ていた彼女は、わたくしの思っていることなんてお見通しなのだ。
でも、わたくしは1番でなくてはならない。お母さまを殺してしまったのだから。わたくしにはお母さまが死んでしまった分まで強くなくてはいけないのだから。
「メアリー、虫を用意しておいて。ちょっと前に見た大きな黒いヤツよ」
「断言します。それも失敗します」
「嘘よっ!だって貴族はみんな虫が嫌いだものっ!!ちゃっちゃと用意して!」
「はいはい」
メアリーはお菓子をわたくしの前に置くと、スタスタと室外に去っていった。これで計画は完璧だ。虫が手に入り次第、お義母さまとライアンにあの黒くておっきな虫をくっつけるのだ。
そしたら、嫌がって逃げてくれるだろう。偽りのお義母さまに情を抱かないで済む。わたくしにはお母さまは要らないのだ。
ーーーだってわたくしは母親殺しの疫病神だから。
わたくしは冷たくなった紅茶で喉を潤した。美味しいはずの最高級の紅茶は鉛のようにぬめりとしていて重たかった。
「………………美味しくない………」
▫︎◇▫︎
次の日の朝、わたくしは昨日の寝る間を惜しんで考えたいじめ大作戦を決行することにした。
1つ!
朝早起きのお散歩大作戦!!
眠たいところを叩き起こされてお散歩に行くのは苦痛なはず!!
2つ!
たくさん食べさせよう大作戦!!
女性は体重の増加に敏感だから、体重が増えるのは苦痛なはず!!
3つ!
お部屋を汚そう大作戦!!
朝ご飯で地味にお部屋を汚して嫌がらせ!汚いのは嫌なはず!!
コンコンコン!!
「おはようございます、お嬢さま。今日もお散歩に参りますか?」
「起きているわ」
「失礼いたします」
侍女のメアリーはいつもの時間、朝6時ピッタリに起こしにきた。1秒の狂いもない毎日的確な時間だ。
「今日はお義母さまとライアンも誘ってお散歩に行きましょう」
わたくしは朝の日課たるお散歩に出発するために、お花の刺繍が入った白と紺色の簡素なワンピースに、履き慣らした焦茶色の愛らしい革靴を履いて、朝から爆発している猫っ毛の赤毛に櫛を入れた。
その間に、メアリーは寝台を綺麗にしてくれている。
「………何を考えているんですか?」
「聞いて驚きなさい、わたくし、昨日の夜、いっぱい嫌がらせを考えたの」
「その1つがお散歩だと」
「えぇ、そうよ。朝早くに叩き起こされるのって嫌でしょう?」
わたくしはメアリーの方を向いて、こてんと首を傾げた。メアリーは朝に強いから平気だけれど、お父さまは朝に弱いから朝のお散歩が大嫌いだ。朝に強い人はあまり多くないから、お義母さまもライアンも嫌がるだろう。
「断言いたします。お嬢さまの意地悪大作戦は3つとも大失敗に終了します」
「………そんなわけないわ。だってわたくしの嫌だと思うであろうことの集大成だもの。きっと大丈夫よ。あ、そういえば虫は手に入った?」
「明日には到着いたします。男の子にとても人気が高い種類なので、入手に苦労いたしました」
わたくしはメアリーの言葉に、目をぱちくりさせた。たしかにあの虫は黒翡翠のようにきらきら輝いていたが、男の子に人気があるとはびっくりだ。
「お嬢さま、お嬢さまはあの黒い虫が怖くないのですか?」
「怖い?どうして?」
わたくしが眉を顰めると、メアリーは唖然とした表情を作った。何がそんなに驚きなのか、意味が不明だ。それに、あんなチビの何が怖いのだろうか。あんなのは魔法を使えば、すぐに炭と化してしまうような弱っちい存在ではないか。
「早く行きましょう。嫌がらせはさっさと終わらせなくちゃ」
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