第5話 修業は続く

 痛い尻をさすりながら、俺は歩いて行く。


 今の俺は、両手に棍棒を持ち、目を血走ら(ちばしら)せてよだれを垂らしながら来る人間。

 いや俺の想像。

 実際はたぶんそこまで、人間をやめた感じじゃないと思う。


 現状は左手に棍棒。

 右手で尻をさすりながら、後ろにばあさん小鬼を連れて歩く。

 実に情けない状態。


 よだれを垂らしていたのは、お尻ぺんぺんの時。

 泣こうが喚こうが、許してくれなかった。鬼のような鬼だった。鬼だからいいのか。


 さてそんなことを考えていると、ついに中鬼君たち5匹セットで来始めた。


 初手。中鬼君。

 右上からのこん棒振り下ろし。

 それを迎えて、おれは、自分から見て左側に半身かわして、相手の右ひざへと攻撃をする。相手からすると右側に俺が移動しながら右膝を殴ってきたとなる。


 膝が壊れたため中鬼君は体勢を崩して倒れてくるから、胸に棍棒を突き入れて、後ろ向けに押し返す。

 すると、後ろに控えていた鬼君は、飛んできたやつが邪魔になり動きが止まる。

 そこで、わずかに下がった頭へとこん棒を振り下ろす。

 いつもの手ごたえを感じながら、向かって、左側を回り込んできたやつの、左ひざを破壊。


 折り重なったやつらの頭を潰す。

 あと2匹。右側手からやって来た奴との距離を詰めて、いきなり胸にこん棒打ち込み。床に落ちていた、こん棒を拾い後ろにいた奴に投げる。

 カンといい音をさせ、奴は俺が投げたこん棒を自分のこん棒で払った。

 そのすきに、もう一本こん棒を拾い胸へと突き刺す。


 連続して、さらさらと消えていく鬼たち。そしてこん棒は、その辺りに散らばる。

 こん棒だけ残るのは何だろうね。


 一本だけを拾い上げる。

 そして、また腰をさすりながら歩きはじめる。



 それからも、幾度か戦闘して進んでいくと、広い部屋に出て、むんとする湿度と温度。

 一瞬毒じゃないよなと思ったが、それならもう遅いかと思い。

 足を踏み入れる。


 見ると、映画などでよく見る。青く輝く放射性物質含んでいますという感じの水。

 だが手を浸けて、様子を見る。これはきっとレベルアップ用のポーションだろう。

 俺はそう思うことにした。


 なぜなら、じゃぶじゃぶと、ばあさん小鬼が入って行っているからだ。

〈何をやっとる。浸かって傷を癒せ〉

 そう言って叱られる。

 先に言ってくれよ。


 そう思いながらも、黙って服のまま浸かる。

 少しぬるめの湯加減だが、手にできてすぐにつぶれた肉刺(まめ)により、道中も痛みが飛び抜けていた。

 手のひらのべろんべろんの皮。お湯につけるとそれの痛みが引き。あっという間にうにょうにょと修復されていく。

 見ていて気持ちが悪い。


 治っていった手の平を眺めていて、ふと思った。飲めば強くなれるんじゃね? そんな思いに負けて、両手ですくい一気に飲む。


〈あっばか。神水を生身で飲むやつがあるか。吐き出せ〉

 そんな言葉を、俺はすでに聞いてはいなかった。


 意識が戻ると、体が痛い。どこかと言う物ではなく全身が痛い。端の端まで。

 風が吹くと髪の毛が痛い。いや毛根かもしれないが、とにかく痛い。皮膚も全身をこんがり焼かれたように痛い。瞬きしても痛い。もうどうしようもない。

 聞いたことがある、痛風なのか?

 問題はそれだけではなく、横にいるのは誰だ? すごい美人さんが俺を見ている。

 呆れたように、ぞくぞくするような冷たい目で。


 やがて全身に回っていた痛みが治まっていき、体がなんだか楽になって来た。


「むっ。おりゃ」

 気合を入れ。体に力を籠める。


 なぜかシャツがはじけた。

「はい?」

 見た感じ、腕も一回り太くなっていたが、マッチョではなく、かなり引き締まった体ができていた。

 腹筋が割れているのを、自分で初めて見たよ。

 そんな感じで、体を確認していると、傍にいた美人さんはいなくなり、なじみとなったばあさん小鬼が座っていて、

〈復活したなら行くぞ〉

 そう言ってきた。



 無慈悲な言葉に従い、俺は立ち上がる。

 思わず、「おっあたー」とか叫びたくなる。

 でも叫ぶと、お尻をたたかれそうだ。

 あれっ? そういえばお尻の痛みが消えている? 

 どうやら、完全復活したらしい。


 近くにあったこん棒を握り、気合一閃。

 振ってみる。

 すると、持ち手は手の中で握りつぶし、先は飛んで行った。

「あれ? ものすごくパワーアップしてね?」

 ふんと力を入れると、手の中にあった、こん棒の残りはくずくずに壊れた。


 おもわず、にまっと笑い、歩きはじめる。



 広い部屋を出て、また洞窟へと入っていく。

 パワーアップを実感した俺は、ニマニマと笑みを浮かべて、すごく気味悪かっただろう。

 そして出てくる。大鬼君。

 初めての出会い。

 そして君は、どうして鉄棒。

 それも棘付きのやつを持っているんだい。

 パワーアップしても、それが当たると、きっと痛いと思うんだよ俺は。


 そんな問答を心の中でしていると、鉄棒が降って来る。

 当然かわして、鉄棒の先が地面に当たった所で、持ち手を蹴る。

 指をつぶした感じがしたと思ったら、鉄棒が飛んで行った。

 鬼さんは、手が痛かったのだろう。左手で右手の指を…… 指があっちこっち向いたのを治しているのか。それはすまない。さっき蹴ったときに鉄棒との間に挟まって砕けたようだ。


 そのすきに、ふっと距離を詰め、膝を鬼の脇腹に入れる。

 バキバキと折れる感触がして、背中側に2つ折りになって飛んで行った。

「はい? なんだね一体?」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る