第8話
森を抜けた先にある平原は緩やかな小高い丘となっており、この丘を森から村へ向かって登りきる手前にその大木はそびえ立っていた。
いつからそこに立っているのか。
セドリックは村の長老に訊くも、長老自身が幼き頃からその大木はあったと言っていたので、この大木は遥か昔、この土地に村を切り開こうとやってきた初代の村民の時からそびえ立っていたのかもしれない。
遥か昔から枯れることなく枝葉を大きく広げそびえ立つこの木は、いつの頃からか村の護り木として親しまれ、その木が立つところが村の入り口となっていた。とは言っても、居住地はここから1時間近くも荷馬車に揺られ、ようやくたどり着く距離にある。
大きく枝葉を広げた大木の下で休憩できるように、と村人の誰かが椅子代わりに丸太を幾つか置き、この道を通り主要道路へと向かう者、主要道路から村へ向かう者、村人だけでなく行商人を含め誰もがいつからか、いったんここで休憩するようになっていた。
その置かれた丸太のひとつに、ディフとアシアが座り、彼らの斜め前の丸太にディフを間に挟むようにセドリックが腰をかける。馬は近くを流れている小川のそばに立ててある杭に手綱をくくりつけ、休ませていた。
宿屋の店主が持たせてくれた軽食は、夕べの残り物をパンに挟んでくれていて、大きさはひと口で食べることができるようになっていた。
「水なら、これをどうぞ。」
と、手持ちの容器で小川から水を汲みに行こうとしたセドリックに、アシアがカバンの中から大人の拳大より少し小さめの、何かの実を数個取り出す。
「へぇ、スイの実か。」
特定のツタになる、茶色の実だ。実の中身はほぼ水分で、少し甘みがあって口あたりが良い。水分補給というだけでなく、甘みがあるおかげで疲労回復にもなり、実も収穫から1週間くらい持つことから旅をする者の中では人気がある実だった。
ツタの種類自体は珍しいものではなく、森に入ればすぐに見つけられる。しかし、実が成っているツタを見つけるのがなかなかと難しい。そのこともあり、市場で売っていても少しばかり値が張る物だった。
その実はとても硬く、普通ではナイフが入らない。ただ、発芽する部分が少し柔らかいため、飲用する際にその部分をナイフでそぎ落とし穴を開ける。
「宿屋で売っていたのか?」
城下街のような規模の大きい街では時々売られているようだが、セドリックのような王都どころか領地の中心部からもかなり離れた片田舎の村民では、売買目的で定期的に村に来る行商人が年に1、2回程度、持ち込んでくる時くらいにしか見かけたことがない。しかも若干値が張るものだ。祝い事か何か口実がなければ手に取ることがなかった。ゆえに、口にしたことは今までで、ほんの数回程度だ。
「いえ。夕べ、あの近くの森でガイに次に落ち合う場所を伝えるついでに、見つけて採ってきました。」
アシアは慣れた手つきで手際よく、実の柔らかい部分を手持ちのナイフでそぎ落とし穴を開け、はいどうぞ、とまずはセドリックへ、次にディフへスイの実を手渡した。
「あの暗闇の中で、か?」
よく見つけられたな、と手渡されたスイの実の中身を飲みながら感心したような口調のセドリックへ、
「得意ですから。」
と、アシアはにこりと笑う。
ディフを見ると、飲みなれているのか戸惑いもなく口をつけ、こぼすことなく上手く飲み干していた。その様子から、初めて口にした物でもないようだ。ここまで旅する間に、アシアが森から採取し摂取してきていたのか、それともアシアはどこかの貴族か何かで気軽に買えるだけの金銭の持ち合わせがあるのか。ガイという者はアシアにとって旅仲間というよりは、護衛に近い立場なのかもしれないな、とセドリックは推測する。
「僕はもう、お腹がいっぱいで食べられそうにありません。手伝ってくれますか、ディフ。」
アシアはディフがスイの実の中身を飲み干したのを確認すると、今度は自分の手元に残っているサンドイッチをディフへ差し出す。
もともと夕べの残り物を詰めただけの、軽食のつもりの量だ。割り当てはひとり3切れ分くらいしかない。朝が早かった分、ディフは朝食もアシアが手持ちで持っていた、干した果物を少し食べただけだった。なので空腹もあり、あっという間にディフは割り当てられた自分の分は食べてしまっていた。
「え。でも。」
差し出された残りを見てみると、アシアは一切れ食べただけのようだ。しかもアシアは朝食も食べていない。そのうえ、このスイの実もアシアは口にしていない。本当にお腹がいっぱいなのだろうか、と差し出されたサンドイッチを受け取ることにディフは躊躇いを見せた。
「アシア、おまえ、夕べもそんなに食べてなかっただろう。体調、大丈夫か?」
昨夜、店主が出してくれた夕食も、ほんの数口しかアシアは口にしていなかった。口に合わなかったのかとも思ったが、ふたりとも美味しそうに料理を口に運んでいたから、そうではなかったのだろう。ただ、ディフはアシアが食べていないと気になるのか、時々食べるその手が止まっていた。そのことにアシアは気づくと、ディフに食事を勧めながら自分も少しだけ料理に手をつける、といった具合だった。
昨夜からの食事量で考えると食が細い、では片付かないくらいの少なさだ。子どもにたくさん食べさせてやりたい気持ちはわかるが、自分の体調を崩してまででは意味がない。それでは守れるものも守れない。悪手だ。
本当は、食事が摂れないほど体調が悪いのだろうか、とセドリックも心配顔になる。
しかし、
「僕、本当は食べなくても大丈夫なんです。導師なので。」
ご心配くださりありがとうございます、と、さらり、と返ってきた内容に、セドリックは最後の一切れを口に放り込んだ状態で動作が止まった。
「僕は食べなくても大丈夫なんですが、食事は誰かと一緒だと美味しいですし、食も進みますしね。ディフの食事のご相伴に預かっているのは僕の方なんです。」
だから遠慮なくどうぞ、とアシアは再度、手元の残りのサンドイッチをディフに差し出す。
そのやり取りを見ながらセドリックは口に放り込んだそれを咀嚼せず、ごくりと飲み込むと、
「導師、様?」
確認のためのその言葉だけを、ようやく口にすることができた。
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