第3話
「最後に食べたのは、いつですか?」
アシアは男からディフを引き取った後すぐにディフにそう問いかけたが、その子どもはしばらく考え込むようなしぐさを見せ、首をゆっくりと横に振った。
その答えは、いつ食べ物を口にしたのかを覚えていないのか、それとも思い出すことが億劫なほど衰弱しているのか。どちらにしろ、絶食状態が続いていることには間違いなさそうだった。
アシアは少し思案するとディフを抱き上げ、表通りに近い、若干治安が良さそうな場所にある宿屋を探しに足を向けた。そして、その道すがらにあった露天でスープを買う。
抱き上げられたディフはそれに拒絶することもなく、それとは反対に少しアシアにもたれかかるように身を預けてきたが、その身体は思っていた以上にとても軽かった。この子どものこの軽さは、この子の今までの生活の厳しさを物語っているようだ。
ほどなくして見つけた宿屋のカウンターに座っている主人にしばらく滞在する旨を伝え、この国の市場価格より少し多めの前金を払う。快く案内された2階廊下突き当たりの、表通りに面した陽当たりの良い部屋に入るとディフをベッドに降ろし、端座位をさせた。そして先ほど買ったスープをカップの三分目まで注ぎ入れ、
「ゆっくり、飲んでください。」
一気に飲むとお腹がきっとビックリしますから、と言いながらディフへ手渡した。
カップを手渡され、カップから匂いたつスープの香りに反射的にごくり、とつばを飲み込むディフの様子に、アシアは一拍思案すると、
「ひと口飲むごとに、僕と話をしましょう。」
そう言いながら、アシアが思い掛けずに買ってしまった子どもの隣に座る。
ディフは素直な子どもだった。多分に逆らうことができない、そのような生活を強いられていたのだろう。
スープを口に含めば次を欲する身体からの欲求に抗うのは大変だろうに、ディフはアシアの言いつけ通り性急に飲み干そうとはせず、アシアの問いにぽつぽつと返してくれた。
性別。
出自。
養親のこと、義兄のこと。
どのような暮らしをしてきたのか。
どのような経過を経て、男のもとにきたのか。
正確な年齢については、ディフ自身も分からないようだった。今まで何回季節を過ごしたかの答えから、おおよそ7、8歳くらいだと推測できた。
「では、今日がディフの8歳の誕生日にしましょう。もう少し元気になったら、きちんと誕生日をお祝いしましょうね。」
そう提案するアシアに、誕生日?と不思議そうに首をかしげるディフへうなずきながら微笑むと、アシアは手元に残っていたスープすべてをカップに注ぎ入れ、
「これもゆっくり、全部飲んでください。」
僕は宿の人からお湯を貰ってきますね、と告げて部屋から出た。
部屋から出たとたん、アシアから笑顔がたちまち消え失せ、知らず口を真一文に結んでいた。
哀れな境遇だと思う。あの年齢の子に課せるにはあまりにも過酷だ。けれども決して珍しくない境遇でもある。アシアはあの場で無視を決め込むことができたはずだった。
それなのに、拾ってしまった命。
哀れみであったにしろ自らが縁をつないだ限り、自分でできる範囲で彼の人生に対して責任を持ってしなければならない。それに対しては自覚がある。解っている。
ディフの体力が戻るとともにオウカ国に連れて行き、自分が保護者として後ろ盾となり、しかるべき信用のある人物に彼が成人になるまで委ねれば良い、といったところまでは段取りが考えられる。
が、たぶん、里親を探して終わり、では済まないであろうということも解るのだ。
アシアが名を、与えた。
自分も彼女から名を与えられたように。
つまり、行きずりの縁ではないということ。
もしかすると、彼は『箱庭』の管理人候補なのか。
その考えに至り、アシアはその考え自体を否定するように軽く首を横に振ると、ディフの身体を綺麗にするためのお湯と消化に良さそうな食べ物を貰いに、階下へ降りていった。
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