ヒゲさんと私。



 ゲーム内で【這い寄りし影】が力尽きた瞬間、遠隔操作していた義体が電脳空間内の運営サーバーの最奥に侵入し、休眠状態になった奴の本体に攻性プログラムを侵入させて一気に焼き切った。


 ゲームに侵入していたアバター側の【這い寄りし影】は何度死んでも再生するが、本体の方はそうではない。しかし、本体は追いかけても巧妙に姿を隠してしまう上、一度でも逃してしまうと休眠状態になり、こちらの追跡をやり過ごしてしまう。だから、本体の間近まで迫りながら息を潜め、アバターを殺して本体が休眠状態になる瞬間を狙うしかなかった。まるで表層の葉を茎ごと切ってもまた生えてくる、しぶとい雑草の根のようだ。




 遠隔操作させていた義体を、電脳空間から引き戻し終えた俺に、サキが話し掛けてくる。


 「ねえ…どうやって【這い寄りし影】の事を調べたの?」


 サキに尋ねられた俺は、どこまで正直に話すべきか悩んだ。勿論、全てを話しても構わないが…少しでも電脳空間に詳しければ、俺の身元は何となく理解出来るだろう。そして、俺の守秘義務は離職して終わる訳だ。そうなれば…サキは自分のせいだと思うかもしれない。それは避けたかった。


 「済まない…詳しくは話せん。それに俺はもう…」


 そう言い繕った瞬間、俺のアバターが次第に淡く光を放ち、足元から形を失い始める。


 「…まさか、ヒゲさん…っ!?」

 「…ああ、たぶん運営から目を付けられたんだろう。じきにこのアバターは消える…」


 じわじわと感覚が失われ始め、皮膚の表面が麻痺していく気がする。結果はともかく、俺は明らかにルール違反者だ。度重なるチート行為を繰り返していれば、ゲームから蹴り出すだけの理由になるだろう。だから…俺は敢えて彼女に懇願した。


 「…サキ、お願いがある。今すぐ俺をくれ」

 「…はぁ? 何言ってんのよこんな時に!?」


 唐突な頼み事に、サキは声色を変えて俺に詰め寄る。そりゃそうだろう、今までずーっと【旅の仲間】として行動を共にしてきた俺が、急に殺せと言い出したんだからな。


 「…頼む。そうしないと…君も運営から排除されちまうかもしれん」

 「そ、そんな事は…」

 「…早くしろ!!」


 …同じパーティーメンバーと言えど、刃を向けて俺を殺せば、サキは共犯者だと疑われ難くなるかもしれない。まあ、プログラム改竄って点に関しては、サキに容疑が向けられる事はないだろう。どちらにせよ、運営サーバーがAIを使って管理しているなら、問答無用でサキも共犯者扱いするかもしれないが。


 「…もう、何が何だか判らない…っ!!」


 そう呟きながら、サキは俺に背中を向けかけたが…直ぐに振り向いて黒曜石のナイフの柄を掴み、俺の前に立つ。


 「…でも、何か考えがあるんでしょ? 全く…ヒゲさんらしいと言うか、何と言うか…」


 察しの良いサキはそう言うと、ニイとオトにポンコの居る所まで先に戻るよう告げ、彼等が離れていくのを見届けてから、俺のアバターにナイフの切っ先を向けた。そして、その先端が俺の心臓を貫く寸前、一度も使ってこなかった選択肢キーワードを呟いた。



 【パーティーリーダーとして…決闘を、挑もう…】





 「…あっ! サキさんお帰り! それにヒゲさんも無事に戻ってこれたのねぇ!!」


 先に戻っていたニイとオトと合流したポンコが、私に向かって明るく声をかけてくる。ヒゲさんは最後の瞬間、何故か私に【決闘】を申し出た。つまり…今、私の後ろから歩いてくるヒゲさんは、NPCとして転生したヒゲさんだ。中身は…もう、居ない。


 だから…ヒゲさんなんだけど、もうヒゲさんじゃない。ゲームの運営サーバーを介して電脳空間で会ったりしたけれど、そこでもお互いの個人情報は交換しなかった。もう、ヒゲさんと会った時の事なんて、遥か昔の出来事みたいだけど…。


 「…そうね、さあ…みんな帰りましょ…」


 私はポンコの頭を撫でながら、出来るだけ自然に振る舞おうと思って話し掛けた。と、その瞬間にヒゲさんのアバターに話し掛けられた。


 「これからも宜しく頼むよ」


 …何とも他人行儀な挨拶ね、と味気無い気分になりながら、何となくNPCになったプレイヤーのアバターって、パラメータって見られるのかな、と思い…彼の肩に手を載せてみた。


 【 このアバターはNPCです。元の名前は『ヒゲ』として登録されていました。変更しますか? 】


 すると、私の視界の上に無機質な字幕が現れ、通常時には見られない彼のパラメータが表示される。


 …そのパラメータの最後に、今まで所属していたパーティーの名前が記載されていたけれど…それを見た私は息を飲んだ。


 【 パーティー名・医科大ロビー3150959 】


 (…これって、ヒゲさんの書き置き!?)


 さっと読み上げた瞬間、暗記してから直ぐにパーティー名をありがちな【サキと愉快な仲間達】へと書き換えた。





 3月15日の、朝10時前…私は病院のロビーに居た。今まで頑なに自分の事を話してこなかったヒゲさんが、どうして妙なメッセージを回りくどい方法で残したのか、その理由が知りたかったからだ。


 随分と長い付き合いになってる自立型車椅子に乗ったまま、ロビーの片隅でボーッとしながら待つ内に、気付けば時計も10時過ぎを差していた。遅刻するヒトなのかな、って思った瞬間に話し掛けられた。


 「…へえ、やっぱり言ってた通りだな。アバターとそっくりだ」

 「…えっ? …あの…ええっ!?」


 そう言いながら私の前の長椅子に座ったのは、厳つい全身義体のヒトだった。


 「久し振りだね、サキさん。まあ、この格好で会うのは初めてだけど…」

 「…まさか、ヒゲさんっ!?」


 そう尋ねると、癖なのか表情の現れ難いフェイスパーツのアゴを掻きながら、リアルのヒゲさんが答えてくれたけど…この義体…まさかっ!?


 「そう、こんな見た目だが中身は…一緒に川で魚を獲ったヒゲさんだよ」

 「ひええぇ…それ、四菱技研の電子戦特化型の非武装仕様じゃないですかっ!! 歩くフリゲートですよ初めて肉眼で観ましたよぅ!!?」

 「…もしかしてサキ、義体ヲタ…?」


 私が興奮しながら捲し立てると、ヒゲさんは若干引き気味になる…でも、そんなの当たり前じゃん!? だってハイエンドデッキ無しで無双出来るだけのポテンシャルでぇ…あっ、何だかめまいがしてきた…




 …結局、ヒゲさんの説明を要約すると…特殊な仕事(義体を見れば何となく判るけどさ)に就いていた上、色々な守秘義務でがんじがらめだったから、リアルで会うのは避けていたらしい。それと…プレイヤーの状態では義体から端末情報が漏れる可能性が捨て切れなくて、ああでもしないと他のプレイヤーにメッセージを横見されちゃう心配もあったみたい。


 「…もうじき、この義体ともお別れなのでね」


 「…はいっ?」

 「ま、きっかけはともかく、そろそろ堅気になりたくて。だから義体も返却するし、新しい仕事も探さないと…って、そんな感じさ」


 そう言うと、ロビーのガラスに映った自分の義体を眺めながら、ヒゲさんは再び口を開いた。


 「…あのアバター、この義体でアカウント登録してたから…原始人もキャラメイクからやり直すつもりだよ…まあ、それはともかく…時間が空いてるなら向こうのラウンジに行ってみないか?」


 そう言うと、私が入院していた病棟の、向かいに見える例の建物を指差した。


 「…あそこのハヤシライス、一度は食べてみた方がいいからさ」





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原始人始めました!!【新作フルダイブMMOのベータ版から発売版に移行したら超スルメゲーになってた】 稲村某@カクヨム執筆室 @inamura-bow

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