⑪最後の戦い
「それで…ヒゲさんだけ行っちゃったの?」
「…うん、でも私も止めたんだよ!?」
1人で戻ってきたポンコに私がそう言うと、彼女は拳を握り締めながら叫ぶ。別に責めるつもりは無かったけど…でも、私も置いてきぼりにされたんだから、同じ事だよなぁ…。
と、拗ねていても始まらない!
「ポンコ!! ヒゲさんを追うよ!」
「えーっ!? 今帰ったばかりなのにぃ~?」
「文句言わないの! さぁ行くよ!!」
ヒゲさんを追ってもいいか少しだけ悩んだけど、細かい事を考えてじっとしていても仕方ないし!
そう決断して踏み出した瞬間、それまで黙って成り行きを見ていたニイが立ち上がって叫んだ。
「…サキ、ぼくらも、行く!!」
「わうっ!!」
「…えっ? ニイ…オトも!?」
ニイがそう言うとオトも威勢良く吠え、尻尾をぶんぶん振りながら私の服を掴んだ。うーん、どうしようか…
「…よしっ! みんなでヒゲさんを手伝うよ!!」
…結局、こうなっちゃうよね? だって、私もニイもオトも、それにポンコもきっと…ヒゲさんが無事に帰って来て欲しい筈だから!!
「ポンコ! 道案内して!!」
「…はいなっ!」
「ニイ! オトが脱線しないように見てて!」
「…だっせん?」
「んなぁ…もう! みんな一緒でって意味!!」
そんな掛け合いをしながら、4人で走り出す。でも、何だか今、物凄くゲームしてるって感じがするなぁ!! …何でかって? そんなの決まってるじゃん!!
「さぁ、ヒゲさんを助けて悪い奴をやっつけるよ!!」
「おおぉ~んっ!!」
「オト、そっち行かない」
「わんっ!!」
私の掛け声にポンコは乗って来て、ニイはオトを引っ張って、逃げ去るウサギに向かおうとするのを止めてるけど、自分の意思で行動出来るオトもニイも、私もゲームを満喫してる!! …あ、二人はNPCか。
来るのは2度目だって言っても、足を踏み入れようとすれば気が重くなってくる…1人じゃないけど、あの化け物の姿を見るのは正直言って、良い気がしないなぁ…。
でも、もうじき…あれ? 何だか少しだけ印象が違う気がする。何だろう…前に来た時は広い空間一杯に詰まった化け物の塊が動いている気配がしたのに、今は重苦しさも全然無い。
洞穴を抜けて視界が広がっていくのが判るにつれ、向こうから何かがぶつかる音が繰り返し響いてくる。重い何かを、固い物にぶつけるような…ドスン、ともゴツン、とも言えるようで、どちらでもない音が。
「サキさん!! あんまり頭を上げちゃダメだよ!!」
ポンコに言われて初めて気付いたけど、私は既に広い空間に飛び出していた。直ぐに姿勢を低くしたけれど、その瞬間に見えた光景は…
「もっと、もっと攻めて来いっ!! 遅いぞノロマっ!!」
ヒゲさんが叫びながら、両手に持った手斧を振り回して何かを弾き返していた。そう…あの擂り鉢状の広い広い空間の真ん中で、ヒゲさんは何かと戦っていた。
「…ぼおおおおおぉぉっ!!!」
その相手は声にならない雄叫びを上げながら、身体中からうねうねと長い腕を沢山伸ばし、その先に付いた長い爪でヒゲさんに襲いかかっていく。でも…ヒゲさんは全く怯まない。
「…はっ! そんなもんか? たかだか何十年位生きて来ただけのお前なんぞ、何百万年も生き延びてきた地球の生き物から見ればクソ以下だなぁ!!」
そう、ヒゲさんの全身にはワレメのように刺青が覆い尽くして、複雑な紋様みたいになっていた。その全てが動き回り、まるでヒゲさんの身体の上で踊っているみたい…。
「まだまだだぁっ!! もっと…もっと、
そう言ってヒゲさんが飛び上がり、化け物目掛けて両手の手斧を振り下ろす。当然、その攻撃は沢山の腕で防がれちゃうけれど、その叩き付けた勢いで身体を宙に浮かせたまま頭の上に飛び降りて、
「不様だな…そんな程度でおしまいかぁっ!?」
叫びながら、何回も何回も足で頭を蹴り付ける…何だか、私の知ってるヒゲさんとは、まるで別人みたい…。
最初の一撃は、ほぼ同時だった。
担いできた背負子を降ろしながら【這い寄りし影】に近付きつつ、腰に提げていたピッケルを握り締めて振りかぶると、相手も一切の予備動作無く腕の先から剣のような長い爪を伸ばし、横凪ぎに払ってきた。
「…やっぱり、取り込んでたか…」
ピッケルが弾き返された拍子に、手の芯に響くような重い痺れが残り、やはり様々な戦いを経て化け物が最後に選んだのは、人間が作り上げた武器だったのだろう。奴の腕から長く伸びた爪は、両刃の剣そのものだ。
あれだけ居た他の【這い寄りし影】が、綺麗に消え失せていた。きっと、怪我を負って逃げて来たこいつが残っていた同類を喰らい尽くし、自分の中に取り込んでしまったのだろう。
…今までの化け物共は、ただ無目的に獣を取り込み、生きるだけの存在だった。しかし、人間を取り込んだこいつは、果たして何になるつもりなのか?
「…まあ、人間を取り込んだ所で、いきなり頭が良くなる訳もないだろう」
ぎしっ、とピッケルの柄が軋む程強く握り締めて、次の一撃へと力を籠める。大抵のラスボスってのは、長々と戦っても第二形態だの何だのと余計な事が増えるからな…。
次の瞬間…どしっ、と爪先を地面に差し込み、土を前に蹴り上げて相手の視界を遮る。その隙に間合いを詰めて一気に攻め立てる。
「…幾ら腕が多かろうと…この距離はやり難いだろう!!」
ピッケルの柄を短く握り、最短距離を保ちながら一方的な攻撃を繰り返し、相手に反撃の余地を与えない。右手のピッケルだけでなく、左手の拳で直接殴り、更に蹴りまで繰り出して連撃を維持する。こうでもしない限り、腕を増やせる相手と互角に戦えやしない。
だが…向こうはもし顔が有れば、『涼しい顔』って状態なんだろう。致命傷になりそうなピッケルの殴打を弾いた後は、俺の打撃を避けようとすらしない。
と、何度も使って柄が持たなかったのか、使い込んできたピッケルが折れてしまう。流石に武器無しで戦えるような相手じゃない。折れたピッケルを投げつけながら後ろに下がり、背負子の中から新しい武器を取り出した。
「…こいつはまた、一味違うぞ…?」
そう言ってからずしりと持ち重りする得物を掴むと、再び化け物に向かって走り出した。
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