⑩最後の手段



 「…よかった…無事なんでしょ?」

 「ヒゲ、おかえり」


 集落に戻った俺が家に戻ると、サキとニイが待っていた。だが、ゆっくりしている余裕は無い。中に入った俺は直ぐに物入れの中から幾つか武器になりそうな物を引っ張り出し、簡素な肩掛けカバンの中に放り込む。そして、再び焚き火台の有る部屋へ戻って叫んだ。


 「ポンコ!! 今すぐ繋いでくれ!!」

 「ふぁああぁ…なぁにを騒いでるんですかぁ…ふわぁっ!?」

 「あの化け物が居た所を頼む!!」


 うつらうつらと昼寝していたポンコにそう言って担ぎ上げ、そのまま外に向かって走り出す。無論、今までとは全く違う速さで…。






 「1人で行くのは無謀です!!」

 「良いから早くしてくれ!!」

 「…私は、反対です…でも、行くんですね?」

 「…すまん」


 外に出て、有らん限りの速度で集落から森の中へと駆け込んだ俺は、ポンコが繋げた例の場所へと降りて行く。そしてその最中に現実世界の義体に強制的に立ち上げ、並列回路を起動させて電脳空間へとダイブする。勿論そんな事をすれば、ゲームのルールから逸脱しているのは承知済みだが、今は手段を選んでいる暇は無い。



 【 警告!! 接続継続中に離脱するのは危険です!! 】


 当然だが、視界にくっきりと字幕が現れ、警告ブザーが鳴る。だがそれらを一切無視して義体は電脳空間を駆け、ゲーム運営のサーバーへと辿り着いた。無論、外部から侵入されないようプロテクトウォールで囲まれているが、ダイブした義体はそれをすり抜けて中へと侵入する。


 …そして、義体の外部記憶素子から化け物の欠片を取り出し、掌に載せながら内部を進む。化け物の欠片は透明なプロテクトウォールの箱に閉じ込めてあるが、まるで方位磁針のように一定の方向へ寄り固まり、目指す場所を教えてくれる。





 【…おい、何なんだよこのウィルスは?】


 先日の任務を終えて、義務付けられている義体のメンテナンス中に、専任の義体技師がモニターの向こう側から俺に呼び掛けた。


 【ちゃちな割りに、あんたみたいな重装備の義体にへばり付いてたぜ】


 そう言って義体技師がモニター越しにプログラムを走らせ、そのウィルスをトラップの中に落とし込む。


 【…何だろうな、使われているソフトウェアは原始的なクセに、データ量だけ膨大ってのは奇妙だな。おまけにウィルスなのに増殖する気配が無いぞ】


 メンテナンス中の俺は視聴覚が復帰していない為、技師はマトリクス上で間接的に説明しながら、そのウィルスを見せてくれた。そしてそれを見た瞬間、俺は今まで忘れていたこいつの正体を思い出した。オオカミのボスに寄り付いた影を倒した際に、奴が俺に取り憑いた事を…。



 解析した結果判った事は、【這い寄りし影】が、獲物の中枢近くまで侵入すると、冬眠状態になって痕跡を消す。そうして時間を掛けながらゆっくりと成長し、獲物が忘れた頃に相手を乗っ取る。そうして徐々に、力を増していくのだろう。


 【済まんが、こいつを無害化出来るか?】

 【…無害化? ああ、簡単だが…ペットにでもするつもりか?】


 俺が頼むと技師は直ぐプログラムを組み、様々なプロテクトで骨抜き状態にした後、プロテクトウォールで囲って作業を終えた。


 【何だか渦巻きみたいな奴だな…ん?】


 技師が電脳空間に【這い寄りし影】の欠片を表示させていると、その欠片が一定の方向に向かって動き、プロテクトの壁に阻まれているにも関わらず、その先に行こうとするようにぐるぐると回り始めた。


 【…モルモットかよ、こいつ】

 【そんな可愛げのある奴に見えんが…】

 【きっと、仲間の居る方に進んでいるのかもな】

 【…仲間?】


 俺がそう言うと、技師は確証は無いがな、と言ってメンテナンスを再開したが…それが良いヒントになるとは、その時は思わなかった。




 運営のサーバーを欠片に導かれながら義体が進むと、更に厳重なプロテクトが施された箇所に突き当たった。欠片はその中を目指してぐるぐると回り、自分以外の存在が中に居る事を示していた。


 …さて、運営が侵入に気付く前に事を始めるとするか。





 ゲーム内の俺は、あの擂り鉢状に抉られた洞窟へと辿り着いた。そして再び窪みの縁ににじり寄ると、眼下に見える状況に息を飲んだ。


 …あの、巨大な【這い寄りし影】の集合体が、消えていたのだ。いや、正確には認知出来るかどうかまで、矮小化していた。


 しかし、その小さく縮まった【這い寄りし影】は、どこか見慣れた雰囲気を醸している。人の形に限り無く近く、しかし圧縮されたような悪意の塊に思える禍々しさを漂わせ、ただ一体だけそこに居たのだ。



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