③雪解け



 「…ヒゲ、みてみろ」


 ニイに促されて足元を見ると、小さな黄緑色のつぼみが雪の間から顔を覗かせていた。


 「あ、フキノトウかな? もう春も直ぐそこね!」


 サキが嬉しそうに言いながら、しゃがみ込んでフキノトウを指先でつつく。まだ出てきたばかりのつぼみはまだ固く、触っても揺れたりはしない。


 「これ、テンプラにすると旨いんだが…小麦粉も何もないよな…」

 「もぉ~、直ぐ食べる事ばかり考えるぅ~!!」


 サキに叱られはしたが、そう言われてもほろ苦いフキノトウのテンプラを、天つゆで食べると日本酒に良く合うんだから仕方ないだろ? まあ、どちらにしても無い物ねだりなんだが。


 「え~? それを食べるんですか!? もっと美味しいモノは沢山ありますよ~!」


 ポンコもサキに同調しているかと思ったが、良く良く聞いてみると他の方が旨いと言っているだけじゃないか。


 「なら、何が旨いんだ?」

 「うーん、そうですねぇ…私なら今は、水場の周りに生えるとんがった葉っぱが柔らかくて好きですね~!」


 どうやらポンコの言っている葉っぱは、カンゾウ(甘草と書く山菜の一種)だろう。確かにあれも手軽に食べられる野草で、鮮やかな黄緑色の葉はクセも無くて食べやすいだろう。さっと茹でれば歯応えも軽く、どんな味付けでも旨い筈だ。



 昼前からオトを留守番に残して出掛けた俺達は、遠出せず集落の周りに仕掛けたウサギ罠を見回りながら、林の中を散策していた。何気無く枝を見てみれば節の付け根に若葉の芽が現れていて、雪解けを待っているのは俺達だけじゃないと判る。


 「…ヒゲ、ウサギ、いる」


 ニイがいち早く気付き、仕掛けた罠に向かって走り出す。弟のオトより走るのは速くないが、それでも柔軟な足腰を生かした走り方は、並みの人間より遥かに速い。あっと言う間に罠に辿り着いたニイが穴の中に手を差し込むと、直ぐに真っ白な毛皮に包まれた小さな獣を掴んで引っ張り出した。


 「…ねえ、その罠ってどうやってウサギを捕まえるの?」

 「…ウサギ、びっくりする、穴はいる…」


 ニイはウサギの首を折って〆るとナイフで放血し、白い雪の上に鮮やかな朱色を滴しながら説明を続ける。


 要約すると、ウサギの巣穴は複数ある。その中の一つを選んで奥に逃げ込めないように枝を束ねて詰め、近付いた人間に驚いたウサギが逃げ込めば…手掴みに出来るって訳だ。


 そうそう…前にニイが見せてくれた変わった猟の方法は、なかなかの代物だったなぁ。




 


 「…こんなもんで本当にウサギが狩れるもんかなぁ」

 「ヒゲ、疑りふかい。すぐ、わかる」


 ニイと共に林に来た俺は、彼に【編みザルでウサギが獲れる】と言われて半信半疑だったが、二枚のザルを手にしたニイは自信満々の表情で答えた。

 


 俺達の前に姿を見せたウサギは、明らかに人間を警戒していて近付く事も出来ない。勿論、ニイが抱えているザルを投げて当てても、怪我すら負わないだろう。


 しかし、ニイは抱えていたザルをフリスビーの要領で構えると、ヒュンッと勢い良く投げた。


 ウサギは投げられたザルに驚いて斜めに跳び、そのまま駆け続けてから再び立ち止まり、こちらを見ようと振り返った。その瞬間、距離を詰めたニイが二枚目のザルを投げ、ウサギは飛来するそれから逃げる為にジグザクに走り出す。


 「…速いなぁ、逃げ足だけは正に、脱兎のごとくって奴か…」


 俺は息を切らしながらニイを追い、彼がザルを拾いながらまた投げる様子を何とか見られたが…その狙いが判ったのは直ぐ後だった。


 「ヒゲ、ウサギ、ここにいる」


 彼が指差す先には、以前ウサギを追い込む為に枝を差し込んでおいた巣穴だった。しかし、ウサギだって馬鹿じゃない。距離が離れている状態なら慌てて巣穴に飛び込むより、そのまま山の尾根を越えた方が安全に逃げられるに決まっている。


 「そうなのか? …まあ、そう言うなら…」


 半信半疑のまま、俺はニイに促されながら巣穴に手を差し入れた。すると直ぐに柔らかい毛皮の感触と共に指先がウサギに当たり、開いた手で長い耳を掴む事が出来た。


 「おおぉー、本当に居たなぁ」

 「これ、トリのかわり。なげて、ウサギ、おどろかす」


 成る程、タカやワシみたいな猛禽類に怯えるウサギの習性を逆手に取って、追い込む猟のやり方なのか…。


 「…これ、おや、おしえてくれた」

 「ああ、そうだったのか…」


 ニイが愛おしげにザルを撫でながら、ポツリと呟いた。父親から教わったのか、きっとそんな思い出は、彼にとって掛け替えの無い記憶なんだろう。


 「…オト、ぜんぜんおぼえなかった」

 「まぁ、そうだろうな…」

 「すぐ、かんで、こわした」


 そりゃそうだろうと、投げた傍からオトが飛び付く様を想像した俺だったが、ニイはそう言いながらどこか楽しげだ。きっと父親とオトと三人で狩りに行って、色々な経験をしたんだろう。




 「…ヒゲ、ちょとまて。だれかいる」


 ふとした拍子で思い出したそんな出来事だったが、ニイが緊張した表情で俺に注意を促す。


 「…えっ? 誰…」


 その人影に気付いたサキが呟くと同時に、相手は俺達の前に姿を見せたが…



 「…おい、お前ら…集落の連中か?」


 驚いた事に、相手は馬に跨がっていた。ちょっと待てよ…原始時代に乗馬だと? 時代錯誤にも程が有るだろ…!?




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