②大事の前の小事
サキと電脳空間で話した後、久し振りに自分の義体に戻る。ネットを経由しない義体の方が現実世界に有る筈なのに、リアリティーに欠けるってのは不思議なもんだな。退役して除隊すれば、培養してある新しい身体に移れるが、 そんな先の話は考えても仕方ない。
…先の話と言たえば、サキはリアルで会う話をしていたな。けれど、それは無理な相談なんだよ…対サイバーテロ特化型仕様の義体と一般兵装の陸戦型仕様…どちらにしても、デート向けじゃないし。
【 北倉一尉、ブリーフィングルームまで来てください 】
【 北倉一尉、了解しました 】
…さて、仕事の時間だな。
対サイバーテロ特化兵装の義体でブリーフィングルームに着くと、同僚達が既に到着していた。
「…全員居るな。今回も電脳空間で脅威排除を行う。尚、作戦行動の全てはモニタリングされているが、個人での記録や情報流出は禁止されている。絶対に漏洩しないよう、各自留意せよ」
上官の言葉と共に全員が返答し、外部記録端末を腰のコネクターから外し、担当官に預ける。これで俺達は名誉の戦死を遂げても何一つ証拠は残らない。万が一作戦中に死んでも、不慮の事故で亡くなった事になり…二階級特進して、話はおしまいだ。
…フィリピン政府から通達を得た俺達は、当局の警察に代わって極秘に任務を行う。偽装パターンは【地元のギャングが日本人旅行者を襲い金品等を奪って】殺害した、って筋書きだが、日本に強制送還してもネットが有る限り、どうせ再犯するだろうし、反省どころか更正する気の更々無い連中を、無駄な経費を払って獄中で養い続ける方が税金の無駄だ。人権? そんなものは未成年にだけ与えれば良い。
さて…それじゃ一丁行くか。
【 目標、サイバーリンク確認。現地警察からは特に報告無し 】
偵察班からリアルタイムの情報が流される。標的のグループは現地に滞在している上、まだネットワークにリンクしているようだ。
隊員同士で互いに会話する事は無い。相互リンクで行動を同期させている上、任務中に余計な会話に無駄な時間は割かない。
配置に付いた全員が電脳空間で待機する。視認出来るように視覚化された目標の居る構築物を、囲むように互いの距離を保ちながら浮遊する俺達の姿は、まるで火炙りにする罪人を監視する執行者のようだろう。
【 突入、3…2…1…開始 】
合図と共に配置された隊員が一斉に構築物へと突入を開始し、同時に援護要員が潜伏先のネット回線に演算妨害を叩き込む。多少手を加えた程度の一般向け通信ユニットは一瞬で煙を噴き、電脳空間に取り残された容疑者達は、手も足も出せないままネットスペースに閉じ込めてられてしまう。勿論、突入する俺達は侵入キーを予め準備している為、壁をすり抜けるように中へと滑り込んで行く。
【 対象に接触したら順次…着手しろ 】
他の隊員と共に閉鎖された構築物に飛び込むと、指名手配されていた容疑者達が逃げる事も出来ないまま、パニック状態で硬直していた。そりゃそうだ、突然リンクしていた通信ユニットを焼き切られて孤立し、電脳空間からリアルに戻る事も出来ず閉じ込められていたんだからな。
【 な、何だアンタら…なぁ、金なら払うから見逃してくれ!! 】
事情を把握し切れない容疑者達は、突入してきた俺達が地元の警察関係者だと勘違いし、賄賂で丸め込もうとしてくる。当然だが、誰一人として応じる者は居ない。
何も言わず、俺達は容疑者一人一人の身分を照らし合わせて確認した後、連鎖負荷上昇型プログラムを叩き込んで脳死させていく。
【 …対象、完全沈黙を確認。各自離脱せよ 】
容疑者全員にプログラムを注入し終え、俺達はこの場所に訪れた痕跡を一切残らぬよう、残された記録ユニットを遠隔操作で初期化させた後、その場から立ち去った。
…それから何度か同じような作業を繰り返して、果てしない重責と忍耐の任務が終了する。
対サイバーテロ対応特化隊、なんて聞くと耳障りは良いが、実態は問答無用で重大な犯罪を繰り返す連中を殺して回っているだけだ。しかも、各国の同様の部隊や組織と情報共有をし、時には代理執行に手を染めていると世間が知ったら…いや、絶対に口外出来ない、最高レベルのスキャンダルだろうな。
昔から、表向きは日本という国は専守防衛のみで、実際の戦争には荷担していない…そう思われている。しかし、実際はベトナム戦争の際に調査団という名目で出兵し、非公式ながら実際の戦闘に参加した自衛隊員も居た。そして現在は、電脳空間という全く異次元の環境に於いて、自国の利益と防衛の名目で自分達が戦っている。まあ、戦争とは違う状況だが。
一度任務を終えると、俺達にはカウンセリングと共に休暇が必ず義務付けられている。休め、そして自分と向き合え、って事だろう。
…因みに、隊の秘密漏洩を防ぐ為、隊員同士のリアルでの交流は禁じられている。任務外では会話も禁止、チャットも禁止、ついでに会食も外出も禁止されている。まあ、そうしたくても義体のままじゃ外出なんて出来ないんだが。
「なあ、まだ例のゲームやってるのか?」
「ああ、続けてるよ。それがどうした?」
専門スタッフのカウンセリングを終えた俺は、時間潰しでチャットルームに訪れていた。先に来ていた友人と、久方振りに話をする。勿論、知り合ったのは部隊に配属されてからで、相手は俺の任務の事は一切知らない。
そんな数少ない友人の質問にボイスチャットで答えると、奴は妙に慎重な言葉遣いになりながら話し始めた。
「…噂じゃ、プレイヤーの一人が未帰還扱いになったって話だぞ?」
「…未帰還? あー、電脳空間から戻れなくなって脳死状態のまま、って奴か」
そう答えながら、俺は例の【這い寄りし影】が直接関わっているのかと思ったが、どうやら違うようだった。
噂の内容は大して珍しくもない、若者が無謀なチートプログラムを直接、延髄下部のダイレクトポートに入れてプレイした結果…タイマーが作動してもリアルに復帰せず、心配した家族が室内に踏み込んだ末に発見されたそうだ。その話を聞いて俺は安心したが、続けて聞いた友人の言葉に、言い知れぬ胸騒ぎが沸き起こった。
「…でな、そのプレイヤーが入れてたチートプログラムってのが、ゲーム内に存在しない剣を始めとした武器を持ち込んで、好き勝手に無双出来るタイプだったらしい」
「まあ、チートプログラムなんて直ぐに運営に特定されちまうから、楽しくプレイしても、たぶん二度と元のゲームには戻れなくなるんだが…見つかったプレイヤーの脱け殻からは、インストールしていた記憶野からチートプログラムだけが、綺麗サッパリ消えてたらしいのさ」
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