③新しい武器



 オオカミは、木に登れない。


 そんな事は誰でも知っている。もし、襲われたら出来るだけ速やかに木に登り、相手が諦めるまで待つのも有りだろう。


 しかし、オオカミは焦らない。奴等はもし獲物が樹上に逃れたとしても、群れを解かず木の周りに散開し、痺れを切らして降りてくるのを待つそうだ。もっとも、サキとポンコが降りてくる頃までに、俺は狩り尽くすつもりなんだが。




 俺はオオカミを相手にする事を想定し、新しい得物を用意する事に決めた。槍は確かに相手と距離を保てる反面、複数に囲まれた時や近接戦になった場合、その長さが邪魔になる。クマを相手にした際、槍を投げて仕留められたから良かったが、群れで襲い掛かるオオカミには通用しないだろう。




 【ヨセアツメの谷】の住居で、その新しい武器になる素材を加工する為、焚き火の縁に座りながら黒曜石のナイフを動かしていると、


 「…それが新しい武器なの?」


 サキが物珍しげに、俺の持つ先が太く膨らんだ棒を眺めて呟いた。


 まるで小さな子供が粘土をねて作った棒を「これはゆうしゃのけんだよ!」と言い張る姿を見るような眼差しで、俺の手の中に収まっている新しい武器を見る。


 まあ、そう言われても仕方がない。俺自身も手頃な重さと長さの木を削りながら、そう見えるよなと思っている。しかし、重要なのは振り抜き易さ、そして扱い易さなんだ。


 「う~ん、ヒゲさんが新しい武器を作るって言ってたから期待してたけど…」

 「…只のバットにしか見えないんだろ?」

 「…バットにしか見えないなぁ」


 木製の鈍器をスポーツ用品に見立てるのは如何なものか、とは思うが。理想的な振り抜き易さはこれが最適なんだよ。


 で、その鈍器の先端にナイフをあてがい、ゴリゴリと回して気長に削る。焦ってこじればナイフは簡単に折れてしまう。


 …ニイとオトが「何してんの」って顔で眺めてる。けれどオトは直ぐに見飽きて大あくびして、ごろんと横になった。


 「…ヒゲ、何つくってる」

 「…ピッケルだよ」


 指が入る程度の穴が開き、そこに例の何かの牙を加工した鋭く長い矢じりを挿し込み、焚き火に掛けておいた土器で煮たシカの干したアキレス腱の煮汁(いわゆるにかわって奴だ)を、とろりと流し込む。ひたすら、流し込んでは乾かし、流し込んでは乾かして…。



 「…へぇ~! 確かに登山用のピッケルみたい!」


 膠を吸い込んだ木に鋭く尖った牙ががっちりと固定され、試しに薪へ叩き付けてみるとタンッ、と簡単に突き立つ。しかし物凄い鋭さだが…どんな生き物の牙なんだよ、これ。





 白い粉雪を蹴散らしながら俊敏に駆け寄り、長い牙を剥きながら飛び掛かるオオカミの鼻っ面を、掌で地面へ叩き付ける。雪の中に顔を埋めるように抑え付けながら、もう片方の手で握り締めたピッケルを頭へと叩き込む。


 ぐしゃっ、と固い骨が砕ける手応えと共に血飛沫が跳ね、白い頭蓋骨がピッケルの先端で砕かれて露出する。オオカミとはいえ、頭を潰されれば死ぬ。俺はそんな残酷な作業をただ、黙々と続けていく。


 ひょうぅっ、と芯まで冷える風が抜け、外気に触れている肌がジンと痛む。凍傷になると、このアバターはどうなるのだろう。鼻が落ちたら…サキが嫌がるかな。



 ピンク色の舌をだらんと垂らして、オオカミが息絶える。その頭からピッケルを引き抜き、付着した灰色の脳髄をぴっと振り払うと次のオオカミが飛び掛かって来る。


 1頭のオオカミを屠ったお陰で、イヌ系の生き物特有の対処法が理解出来た。オオカミでもイヌでも、根本的に彼等の武器は牙とアゴだ。鋭い牙で噛みつき、強靭なアゴでがっちりと獲物を捉えれば放さない。


 しかし、オオカミもイヌも、最大の武器が最大の弱点だ。鋭い牙の並んだアゴは、脳髄を入れた頭の先にしか無い。


 「ぐあああぁっ!!」


 猛々しく唸りながらオオカミがアゴを開き、俺の腕に噛み付いてくる。けれど俺とサキの鋭く研ぎ澄まされた感覚の中では、簡単に捉えられる。


 手袋越しに大きく開いたアゴから突き出た舌を掴み、ギュッと握り締める。たったそれだけの事でオオカミはアゴを閉じる事も出来ず、身動きが取れなくなる。


 軽くコンッ、とピッケルの先端を頭の天辺に叩き込んで捻るだけで、オオカミの眼から生気が消え失せて、四肢から力が抜ける。


 くにゃりと雪の上にオオカミが崩れ、次はどこから来るかと周りを見てみるが、群れで動く筈のオオカミが押し寄せてくる気配が無い。いや、それどころか…何か様子がおかしいぞ? 尻尾を丸めて、俺に怯えているような気がする。


 「ひっげさぁーーんっ!!」


 と、ポンコが俺に叫びながら、枝からぴょんと飛び降りて、雪に足を取られながら、のてのてと駆け寄ってくる。勿論、心配してサキも寄ってくるが、二人に向かってオオカミが襲い掛かる気配は無かった。


 「ち、ちょとだけオオカミ見せて!」

 「えっ? お前って動物と話せるのか」

 「ん? 違うよー、タマシイをするだけだよー!」


 ああ、口寄せって…降霊術みたいなもんか。そう言えば大樹の事は判る割りに「じーちゃんは喋らない」って言ってたよな。


 ポンコが俺の脇までやって来ると、しゃがみ込みながらオオカミの頭に自分の額をくっつけて、眼を瞑った。




 「…ねぇ、ちょっと長くない?」


 …ぼそりとサキが呟く。生き残った他のオオカミ達もアクビしながらお座りして待ってるが、確かにサキの言う通りだ。


 「…わんっ!!」


 と、ポンコがガバッと身を起こして一吠えした。いや、まあ…それ、只のモノマネじゃないか?


 そんな突っ込みがしたくなるポンコの姿だったが、そのままオオカミの群れに向かって四つ足で駆けて行き、わんわん言いながら尻の匂いを嗅ぎ合ってる…まあ、無事なんだからほっとくか。




 

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