④森の戦い



 オオカミの群れから離れて寄ってきたポンコは、俺達の元まで戻るとバウワウと吠えた。


 「…あのなぁ、いつまでオオカミのままなんだよ」

 「…わふっ!?」


 仕方ないので軽い力で頭を叩くと、眼をパチパチさせながらポンコが正気に戻った。


 「…痛いです! …でも、オオカミさんの事が判りました!!」

 「ふ~ん、それでどうだったの?」


 ポンコの行ったは、死んだオオカミの身体から魂が抜ける時、自分の身体に憑依させて情報を得るそうだ。


 「えーっと…群れのリーダーがおかしくなっちゃったから、里まで逃げてきたんだけれど、ニンゲンが居るから困ってるそうです!」

 「…リーダーがおかしくなった?」

 「はい! 仲間を食べちゃったり見境無く獣を殺したり…そんな感じみたいです!」


 …オオカミって、そんな簡単におかしくなる生き物か? まあ、それはともかくとか憑依とか、世界観が急にゲーム寄りになった気がする。


 「あと、新しいリーダーはヒゲさんみたいに強い方が良いって!」

 「…はい?」




 オオカミの毛皮を剥いでいる間も、生き残ったオオカミ達は襲い掛かる訳でもなく、少し離れた場所で俺の行動を眺めていた。


 「あいつら、森に帰らないのか?」

 「おっかない元リーダーが居るから、戻りたくないそうです!」


 …うーん、つまりこのままだとオオカミは森に帰れなくなっちまうのか? それは不味いな…俺やサキはともかく、集落の連中全員がオオカミと戦える訳じゃない。それに冬も間近の今は、獣の数が目に見えて減るし、そうなれば人間とオオカミが獣を巡って、鉢合わせする機会が増すだろう。


 「…別にオオカミに肩入れするつもりはないが、このままじゃ…」


 と言った瞬間、1頭のオオカミと目が合った。そいつの眼差しは…頼り無げで、俺に何かを必死に求めているような気がした。


 「…やれやれ、面倒な事になっちまったな…」


 俺はオオカミの毛皮を剥ぎ終え、都合2頭分のそれをサキに手渡した。


 「悪いが、こいつを持って先に戻ってくれないか?」

 「え~っ? 私も一緒に行くよ!!」

 「そうか…じゃ、これは雪の中に埋めておこう」


 俺はオオカミの毛皮を大きな木の根元に埋めてから、ポンコを呼び寄せた。


 「それじゃ、オオカミのボスに会いに行こう。道案内してもらえるか?」





 ポンコとオオカミ達に道案内して貰い、俺とサキは森の奥へと進んでいく。オオカミは広大な森林地帯を縄張りにしているが、急峻な山を登り降りする訳じゃない。けれど進むに従い、俺とサキの毛皮の服では寒さに耐えきれず、次第に震えが止まらなくなってくる。


 「ううぅ~、やっぱり帰れば良かったぁ~っ!!」


 寒さに堪え切れなくなったサキが、ポンコにしがみつきながら叫び、


 「ひいぃ~! サキさん冷たいぃ!!」


 抱き付かれたポンコも、冷えきった頬を押し付けられて悲鳴を上げる。そんな二人の姿をオオカミ達は冷めた目付きで眺めているが、俺は彼女達に同調する余裕は無かった。


 幹の半ばから折れて倒れた木々に、噛み砕かれた獣の頭蓋骨。辺りに散らばったそれらの痕跡は、普通のオオカミに出来る事とは到底思えない。


 「おい、ポンコ!」

 「な、何ですか暖まるなら他を当たってくださいぃ~っ!!」

 「…違うよ、クマや他の獣にあんな事が出来るのか?」


 俺はピッケルの先で何かが暴れまわった跡を指し示すと、ポンコは神妙な顔付きになり、


 「んぅ~、こんな事は…この辺の獣じゃ無理だと思いますよ?」


 そう言ってあっさりと否定する。じゃあ、オオカミのリーダーってのも、もう食い殺され…


 「ヒゲさんっ!! 何か来るっ!!」


 サキの警告と同時に森の奥から木々を薙ぎ倒しながら、何かが近寄って来る。いや、ちょっと待てって…っ!!


 「きっ、気持ち悪ぅ~っ!! 何こいつ…っ!!」


 聞き覚えの有るサキの悲鳴と共に姿を見せたのは…何なんだよこれ…!!


 「ひいいぃ~っ!! ヘビとオオカミが一緒になってるぅ~っ!?」


 ぐいっ、と鎌首をもたげながら現れたのは…大蛇のような化け物なんだが、全身は鱗ではなく銀色の毛皮に覆われていて、その顔はオオカミそのもの…つまり、身体を長く伸ばしたオオカミから、4本の脚を取り除いたような存在だった。


 「ポンコっ!! この辺じゃヘビが大きくなったらオオカミみたくなるのかっ!?」

 「そんな事有りませんよぅ~!!」


 耳をピンと立てながら、俺とポンコの遣り取りを聴いていたのかは判らんが、化け物は何の前触れも無く突然飛び掛かって来た。しかし、その速さは油断出来ない程、俊敏だ…っ!!


 寸での所を化け物のアゴが通過し、バグッと強烈な音と共に巨大な口が閉じられる。底上げされた感覚と動作が無ければ、俺の上半身は今頃、奴の口の中だったろう…。


 「サキっ!! ポンコを連れて下がってくれ!」


 次から次へと繰り返される噛み付きの隙を見て、俺はそばに居るポンコをサキの方に向かって放り投げた。


 「ひいいぃ~~っ!?」

 「わふっ!!」


 小柄なポンコとはいえ、結構な重量の物体が飛んで来ればサキでも手に余る訳で、そのまま二人はごちゃごちゃと絡み合いながら、視界の隅に消えて行った。


 「さて…しかし、どうしたもんかね…」


 俺は牽制するように首を左右に振る化け物と対峙しながら、ピッケルの柄を握り締める。以前退治したクモのような化け物は、脚の数が余分に有り過ぎたりと、何処か抜けた所も有ったが、こいつは正直言って全く無駄が無い。


 ビュンッ、と風を切りながら巨大なアゴを開きながら化け物が飛び掛かり、俺は避けながらピッケルを振るおうとするが、


 「うぉっ!?」


 すかさず背後から太い尻尾が叩き付けられ、危ういながらも何とか避けられた。しかし、デカい図体の割りに俊敏な動きの上に、死角から尻尾を振るうとか付け入る隙が無いな。


 何か策は無いかと辺りを見回すと、木々の切れ目から遠くの景色が、チラッと視界に入る。その瞬間、俺の頭の中に何かが閃いた。


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