⑩思わぬ副産物
集会所から出て肌寒い外気に触れた瞬間、ついさっきまで温まっていた身体から一気に温もりが抜け出て、代わりにしんしんと染み込むような寒さが押し寄せてくる。
「ひいいぃ~! やっぱ寒いのイヤァーっ!!」
「サキさぁ~んっ! だからポンコは毛皮じゃないにょ~!!?」
…もう見慣れてきたが、サキがポンコを捕まえてカイロ代わりにすると、ポンコは貞操を守ろうと丸まって防御する訳だ。そして、その1セットを俺が担ぎ、3人で固まって歩き始める…いやだから俺は単にお前らの移動手段と化してんだが。
「へぇ、結構大きな建物なんだな」
さっきまで居た集会所程ではないが、交易所は一回り小さいだけで大きな屋根と太い梁で作られ、どっしりした雰囲気の頑丈そうな建物だ。近付くと出入り口に掛けられた藁束の隙間から人々の声が聞こえ、誰かが出入りする度に温められた室内の空気が、白い蒸気になって外へと漏れていく。
…おっ、どうやらプレイヤーも中に居るみたいだ。上手くいけばまた違う情報も得られるかもしれない。
ボサッ、と肩に担いだ塊を地面に降ろすと、二つの声色でうにゃっ!? と同時に叫ぶが知った事か。自分の足で歩きたまえ。
「…うわっ、結構人が沢山居るのねぇ…しかも女の人が多い!」
俺の後からやって来たサキが呟く通り、交易所で働く大半は女性ばかり。どうやら労働分担として女性が窓口に立ち、男性は裏方として製造に従事しているみたいだ。
なら、俺の方が交渉に有利かもしれないな。そう思いながら一番近くに居たオバサン(他意は無いぞ?)に声を掛けてみる。
「あの、素材や食料とそちらの品を交換して貰えませんか?」
出来るだけ物腰柔らかに話し掛けてみると、
…無視された。耳が遠いのか?
「これ、見て貰えませんかね?」
背負子から干し肉を取り出して目の前に突き出してみる。
…いやっ、明らかに今チラッとこっち見たぞ!? で、あからさまに無視するのかよ! 埒が明かないぞ、こりゃ…。
「…やれやれ、何がいけなかったんだろう…」
「ねえ、ヒゲさん! 私が聞いてみる!」
俺と店番のオバサンとのやり取りを見ていたサキが代わるよと言いながら、俺と交代して彼女の前に出る。
「こんにちわ! ここは何を扱ってるんですか?」
「あら!? その首飾りキレイねぇ~♪ すごく似合ってるわ! それ、結構細かい細工じゃない! 素敵ねぇ~♪ ウチで扱ってるのは毛長ウシの角の細工品とね、毛皮の敷物とかよ!」
…どうしてこうなった?
「う~ん、敷物はまだ要らないかも…でも、角の加工品ってどんなのです?」
「これはね~、腰巻きの留め具に使うとすごくオシャレなのよ! ほら、キレイでしょ?」
「うわっ! 確かにキレイですねぇ~♪」
ふむぅ…初手はサキの首飾りから話が始まって、会話の端々に装身具の話題を盛り込みながら、スムーズに話が転がっていってるな。
「じゃあ、必要になったらまた来ますね~!」
「ええ、待ってるわよ!」
当然のように2人はにこやかに会話し、やがてサキが戻ってくる。誰が見ても一目瞭然のドヤ顔で、だ。
「…確か、ヒゲさんは私が装身具の話をしたら『何の役に立つんだ?』って言ってましたよね~?」
「ああ、言ったな…でも、まさかこんな形で役に立つなんて思ってなかったよ…」
どうやら、この交易所は一定の魅力値(だか判らないが)の水準を満たしていないと、只の会話すら難しく設定されていたようで、門前払いの俺と違ったサキへの対応が、全てを物語っていた。サキの首元からちらりと覗く象牙色の首飾りが、艶やかな光を反射させながら自己主張してくる。あー、判った判った、降参した。君にお任せするよ、ここは。
サキが次々と交易所の窓口を渡り歩いた結果、イノシシの牙は暖かそうなウサギ革の手袋に、シカの皮は耳当て付きのリスの帽子に変わった。勿論、彼女の物としてだが。
「…じゃあ、これはヒゲさんの分!」
そう言ってサキが俺に差し出したのは、厚みの有る毛長ウシの皮で出来たチョッキだった。食材全部が化けた代物だけに、これから狩りをしないと食料難になりそうだが…
「…うん、かなり暖かいよ。これなら寒さに震えながら狩りをする羽目は避けられるな」
「でしょ~? それね、前の留め具は毛長ウシの角で出来てるから、見た目もオシャレで良いでしょ~♪」
…ん? 角細工だったのか、これ。言われてみれば、細工も細かくて凝った造りでオシャレな感じがする…いや待て、ちょっと待ってくれよ?
「なあ、サキさん…これ、角を留め具に使ってるって言ったよなぁ」
「そうよ? お陰でチョッキよりも、留め具の方が貴重な素材をふんだんに使ってるって言ってたわね~♪」
「…まさか、この留め具を安く済ませたら、チョッキじゃなくて袖の付いた防寒具が貰えたんじゃないか?」
「…さ、狩りにいこー! ポンコ行くわよ!」
「は~い!」
…サキさんよ、俺までオシャレにする必要は無かったんだぞ?
薄曇りの空から雪でも降ってきそうな寒さの中、俺とサキそしてポンコは【ヨセアツメの谷】から少し離れた森にやって来た。勿論、地元の住人の狩り場を勝手に荒らすのを避ける為、遭遇出来る数は乏しいけれど獲れれば身体も大きく、代わりに若干の危険を伴う獣を狙い、森の奥へと踏み入って狩りをする事になった。
「…標高が高いからか、寒さが一段とキツくなってる気がするな」
愛用の黒曜石の槍を杖代わりに使いながら、俺はやや傾斜した足場に注意しつつ先頭を進む。
「ねえ、ポンコ。あんた獣の気配とか判る?」
「むふぅ~! ポンコの耳はよーく聞こえるのです! 皆さんより優秀なのは間違いないですぅ!」
後ろから付いてくるサキがポンコに尋ねると、頭一つ分低いポンコがサキの顔を見上げながら得意気に答えた。そーかそーか、そりゃ有り難いな。しかし、半獣半人のお前が獣を狩るのって、同じ仲間を狩るのと余り違いが無い気がするんだが。
「…すんすん、ちょと待ってください! もしかした、この辺りはとーっても良さげな気がします!!」
ん? 良さげな気がしますって、そりゃつまり獣が居るって事か?
そう尋ねようと俺が口を開きかけた時、ポンコは尻尾ふりふりで楽しげにしゃがみ込み、地面をカリカリと手に持った何かで掘り始めた。へぇ、ポンコも採集用の道具を持ってたのか。
「うんうん、これは良いお芋さんです!!」
「…えっ? これ…ヤマイモじゃない!?」
サキが見守る中、うりゃっと掘った土の中からポンコが取り出したのは、くねくねと曲がりくねった特徴的な形のヤマイモ…いや、じねんじょだった。
「さすーがポンコですよね!? ホラホラほめていーですよ!!」
「いや、まさかそんな物が採れるとはな…匂いで判ったのか?」
鼻の穴を膨らませながら芋を掲げるポンコに、俺が感心しながら尋ねると、
「…ふぇ? お芋さんはツルを見つけて辿って探し当てたし、土に埋まってるから匂いなんて判る訳ないですよ?」
と、まるであなたはバカなんですかと言いたげな顔で答えやがった。いちいち腹の立つ奴だなお前…。
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