⑨【ヨセアツメの谷】
「…あー、着きましたよ! ほら、あれが【ヨセアツメの谷】です!」
先頭を進むポンコがくるりとこちらに振り返り、得意気に胸を反らしながら住居が立ち並ぶ集落を指差した。
「…あ、ああ…確かに見えるな。寒いけど…」
「…直ぐ着いたわね、寒いけど…」
俺とサキは寒さに震えながら、ポンコの指差す【ヨセアツメの谷】を眺め、湯気の昇る家々を見て急ぎ足になっていく。
「そんなに寒いですか~? ポンコは平気ですよ!」
「…そりゃー天然の毛皮を下に着てるからでしょ? あんたみたいにミートテックは着てないのよコッチは!」
俺達より着ている毛皮の服の面積が小さい筈のポンコだが、確かに顔色も変わらず鳥肌も立ってない。くそ…何だか悔しい。
「ちょっとアンタこっち来なさい!」
「むあっ!? サキさんやめてー!!」
…どうやら人肌で温まろうと企んだようで、サキがポンコを捕まえると抱き付いて離そうとしなくなる。
「…あ~、あったかいぃ…♪」
「…そりゃーよござんしたね…でもポンコは嬉しくないんですが…っ? ちちちちょっとサキさん! 手が手ががが!!!?」
サキが指先を温めようとして、ポンコの服の中に手を突っ込み始める…あのさ、俺も居るんだが…?
「あ~、これマジでいいわぁ~♪」
「いやぁ~!! いたいけなじょじをもてあそばないでぇ~!!」
…因みに【ヨセアツメの谷】の目の前なんだよ? お前ら。
仕方ないので、俺はポンコと一体化したサキを肩に担ぎ、そのまま集落へと入っていった。…くそ、確かに温かいじゃねーか…。
「…すんすん、もうおよめにいけません…」
「あ~♪ あったかいなぁ…!」
周囲から奇異な眼で見られながら、俺達三人は【ヨセアツメの谷】へと踏み込んだ。ざっと辺りを見回すと、大半はNPCらしき住人で占められているようが、中には俺達と同じプレイヤーも時々見え隠れする。勿論、装備は今まで見てきた連中と違い、弓矢や穂先の長い黒曜石の槍、中には見た事の無い素材を使った骨系の槍を持つ奴も居て、ここは新たなフィールドなんだ、と良く判る。
もう少し情報が欲しい俺は、一番目立つ大きな建築物を目指して、【ヨセアツメの谷】の集落の目抜き通りを進んでいった。
「…集会所、って感じだな。確か、こんな大きな建物は集落の中で、様々な用途に使われていたって聞いた事があるぞ」
肩からサキとポンコを降ろしながら、一番大きな建築物の前に着いた俺は、中を覗いて複数の住人の姿を確認する。
「…まず! 温かい場所と新しい毛皮の服を希望します!」
「…ポンコは、自由と平等を希望しますよぅ…」
俺の肩から降ろされても、まだポンコに引っ付いたままのサキが、手を挙げて声に出して主張し、ポンコはくっつかれたまま疲れ切った表情で弱々しく呟いた。
「おや? 貴方達は南の方から来たんですか? …随分と薄着じゃないですか…ささ、こっちで温まっていきなさい」
NPCらしき初老の男性が俺達に気付き、近付いてくると服装を眺めながら手招きし、大きな暖炉のような石組みの中で燃える焚き火を指差してくれる。
「うわっ! すごくあったかい~! …はああぁ、いいわぁ…♪」
「ううう、やっと開放されましたぁ…」
ポイッとポンコを投げ捨てて焚き火に近付き、緩み切った表情で温もりを貪るサキと、彼女からやっと離れられて、くにゃりと横たわるポンコ。勿論、気が緩んだからか耳と尻尾が顔を出しているが、誰もが見て見ぬ振りなのは、半人半獣の存在が当たり前なんだろう。
「連れがお見苦しい姿で申し訳無い…貴方はここの長老か何かですか?」
「いえいえ、ここは小さな集落で御座います。特に権力者が居る訳でもありませんし、私は訪れた方々が窮屈な思いをせぬように、それなりのおもてなしをさせて貰っているだけで御座います」
丁寧な物腰の彼はそう言うと、この【ヨセアツメの谷】が次の集落に向かう為に人々が集まり、その彼等が落としていく様々な資材や物資がこの場所を栄えさせている、と説明してくれた。だから、俺達みたいな来訪者に対し、丁寧な対応を心掛けているそうだ。ま、原始時代のコンシェルジュって感じなんだろう。
「…ところで、この先の集落までどの位の距離なんでしょうか」
「ええ、そうですね…大人の足で3日程歩けば到着出来ると思います。しかし…皆さんの装備では、お勧めする事は出来ませんね」
俺とサキの服装を眺めてから、彼は無謀な真似は止した方が良いと引き留めてくれる。ま、俺も無意味に凍死したくは無いし、折角来たんだから装備を充実させたいしな。
「なら、何処かで物々交換出来ないでしょうか? 一応、それなりに持ち物は有るんですが」
「ふむ、それでしたら…この建物から少し離れた所に、集落の交易所が有ります。複数の細工屋や職人が集まっていますので、そこで交換を持ち掛けてみてはいかがですか」
「ええ、判りました。それじゃ、もう少し温まってから行ってみましょう」
俺は彼にそう伝えると、焚き火とセットになりかけているサキと枕にされているポンコを眺めてから、担いでいた背負子を降ろして荷物を確認する。
…イノシシとシカの干し肉、イノシシの牙、シカの角。それと各々の毛皮に幾つかの黒曜石。まあ、特に出すには惜しい物もないが、これと言って貴重な物も見当たらない。これで2人…いや、3人分の装備が整うかは微妙だが、とにかく行って交渉してみるか。
「おーい、そろそろ出掛けるぞ?」
「…ヒゲさん、もう私…ここに住むの…」
「ぐー、ぐー…」
…あのなぁ、俺達は焚き火欲しさに旅してる訳じゃないぞ。あと狸寝入りしてるポンコよ、お前は枕担当で本当に構わんのか?
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