⑪未知の獲物



 狩りってのは、当てもなく歩き回っても獲物には遭遇出来ない。獣の習性を学び、相手の心理を想像しながら探り当て、的確な手段を使って仕留める…みたいな事を、いにしえのマタギとかが言い残していた気がする。まさか、俺はゲームの中とは言えど先達の遺した教訓を思い起こしながら、こうして獣を狩る事になるとはな…。



 「…う~ん、流石にそう簡単には見付からないもんねぇ」

 「まあ、焦っても仕方ないか…今日は獣を諦めて、木の実集めをした方が良いかもな」


 今までのイノシシやシカを相手にしてきた狩りとは違い、北の森での狩猟は経験の少なさと、地形の違いを把握し切っていないせいもあり、半日掛けても手ぶらのままだった。


 「お芋~♪ お芋さ~ん♪ さっくさくで~、ねっばねば~♪」


 …あ、こいつは違ったな。ポンコはヤマイモを抱えながら小躍りしそうな足取りだ。


 「ねー、ポンコちゃん。その芋、どーやって食べるつもり?」

 「これですか? そのまま齧っても美味しいですし~、皮をつけたまんま焼いても、ふわサクッとした歯応えで美味しいです~♪」

 「…ちょっと味見させてくれない?」

 「…今はダメで~す!」


 どうやら、狩りが空振りでも絶食する気の無いサキは、ポンコにヤマイモを分けて貰うつもりらしい。それもそれで有りだろうが、俺まで乗ってしまったら流石に可哀想だ。


 さて…木の実か。いや、待てよ…針葉樹林帯って、木の実は乏しいか。じゃ、キノコ類は…あ、有毒無毒の区別がつかん。


 「ポンコさんよ、君はキノコに詳しいかい?」

 「キノコですか~? じーちゃんに良く『お前は何を食べても平気だな』って言われてましたから、あんまり判りませ~ん!」


 …ちっ、お前は地味に毒耐性持ちかよ!? それじゃ「ほい、これは無毒です!」とか言ってベニテングダケとか突き出して来そうじゃないか…あれは確かに致死性は無いからって食いたくは…いやしかしゲームだし…逆に旨味は有るらしいし…。


 木の実はダメ、キノコもアウト…魚は水源が見つからないから問題外か。やれやれ…初日から簡単にはいかないもんだ。


 俺は空振りの狩りになるかと諦めて、早めに切り上げて魚釣りでもしようかと斜面を降ろうと木の幹に手を添えかけたその時、目に入った樹皮の表面に僅かな違和感を覚える。


 「…ジゴロモ(苔の一種)が剥げてる。こりゃ、獣が身体を擦り付けた跡だ」


 指先で触ってみると、ざらざらした感触が伝わってくると共に、ぱらりと数本の獣毛が地面に落ちた。やや長めの毛で、クマやイノシシとは違う。


 「…ポンコ! これは何の毛か判るか?」

 「うにぃ? 毛ですかー? ちょと見せてくださーい」


 俺が摘まみ上げた毛を差し出すと、ポンコは受け取りながら日の光に透かすように掲げながら暫く眺め、


 「んー、オオツノジカじゃないかなぁ?」


 さらっと答えながら、俺に獣毛を差し出した。何だよ、そのオオツノジカって。


 「そーですねぇ…オオツノジカってのは、頭におっきな角を生やしたオスが有名な獣ですよ! メスは角が無いんですが、たぶんこれはメスなんじゃないですかー?」

 「どうしてメスだって判る?」

 「んー、オスならおっきな角が邪魔で、森の中をのしのし歩き回れないでーす!」


 …おお、ポンコがポンコツじゃない!! 理路整然と狩猟対象の獣について、的確な見解を述べたぞ!!


 「だから、メスだと真っ直ぐ斜面を降りて谷を進むと思いまーす!」

 「…どうしてそう思う?」

 「メスはねー、柔らかい葉っぱとか樹皮が好きだからー、下草が多い所を歩き回るよー!!」


 よし、それじゃ斜面を降りながら痕跡を探すか。もし狩りが空振りになったとしても、獣の習性を肌で感じるのは大切だからな。


 「ねえ、ヒゲさん! もしその獣が見つかったら、どうやって仕留めるの?」

 「ん? そうだな…この前使った槍投げの道具をまた試してみるよ」


 あの時、化け物に投げた槍は捨てたからな…予備の穂先はそんなに数は無いが、バランスや重さも似た奴だ。ついでに改良して短めの槍と紐付きの棒の組み合わせにして、更に命中精度と威力が増している筈…後は獣に出会えればいいが。




 どんな獣でも、見知らぬ相手は敵だと思って警戒する。俺達が先に見つけないと、こちら側が広く展開して追い込み猟の形にしない限り、逃げる隙を与えるだろう。その為、俺達はやや距離を離しながら広がって歩き、互いの姿をギリギリの距離で確認しながら、オオツノジカの姿を探していく。


 もし、自分が追われる側のシカだったらどうするか? 常に背後から追っ手が来ないか気を配り、目指す場所が有るなら早くそこに辿り着きたいだろう。仲間の居る安全な場所か、餌の豊富な水辺や外敵の姿が見つけ易い開けた場所か…。


 「……ん? サキか」


 俺は向かって右側を進んでいたサキが、小さく掌を叩く音を立てた事に気付き、合流する為に姿勢を低くしながら早足になる。


 (…あれ、シカじゃない?)


 近付くと小さな声でサキが囁き、やや離れた場所の茂みを指差した。一瞬、何も居ないように見えるが…いや、今ちょっと動いた。


 俺はだいたいの見当を付けると、後ろを振り向いてポンコにアピールし、掌を向けてくるくると左回しにして回り込むよう指示を出してみる。


 …ピョコッ、と茂みの中からポンコの耳が飛び出すと、直ぐにカサカサと音を立てて引っ込み、少し離れた場所で尻尾が藪の上に突き出した。いやお前、どうやってるのか知らないが…まあ、いいか。たぶんこっちの言いたい事は理解してる筈…。


 俺はシカの動きに注視しながら槍を道具の上に載せ、石突きの部分に紐の端を固定する。まあ簡単に言えばゴム無しのパチンコで投げる感じだが、只の棒よりも槍の飛び方は直線的で命中精度は高くなる。理論的には、だが。


 その瞬間を今か今かと待ち続けていると、シカが隠れていた茂みの中から、何かが動く音が少しだけ聞こえる。どうやら、ポンコが上手く反対側まで回り込んだらしい。



 「…わーーーっ!!!」


 と、遂にポンコがヤマイモを掲げながらシカに向かって大声で叫ぶと、ガサッと茂みが揺れてやや右側に向かって茶色い獣が飛び出した。真っ直ぐこちらに逃げず、山の斜面を駆け上がって逃げるつもりか? 野生動物の勘は侮れないな…。


 「こらーっ!! 逃げるなーーっ!!」


 しかし、こちらだって無策じゃないぜ? サキが先を取って両手を振りながらシカに向かって怒鳴ると、逃げ場を失ったシカはピョンと跳ねるように進行方向を変え、斜面に平行するように逃げ足を速めた。



 …狙い通りだがなっ!!


 ギリッと歯を食い縛りながら、俺は槍投げ道具を思いっ切り振りかぶり、手首に巻き付けた紐で更に遠心力を与えながら、短く切り詰めて穂先の根元に石を縛り付けた槍を手放した。


 …ボッ、と空を切る音を鳴らしながら槍が手から離れ、鋭く尖った黒曜石の穂先が弧を描きながらシカへと近付く。


 どうやら、まだ成獣に至らない若シカだったのか、咄嗟に身を避けるような機転も働かぬまま…俺の槍が後ろ脚の付け根へと深々と突き刺さる。


 きっと、槍が刺さった瞬間、何か鳴き声を上げたのかもしれないが…シカは暫く何事も無かったように10歩程走ったが、直後にガクンと後ろ脚を折ってそのまま倒れた。


 ガサガサと藪を掻き分けながらシカに近付くと、前肢で必死に立とうと踠いていた。しかし、後ろ脚の片方は突っ張って動かせないらしく、きっと腰か脚の骨まで槍が到達しているのだろう。


 「…恨むなよ、こっちも生きる為に狩りをしにゃならんのさ」


 俺は呟きながらシカの背後に回り込み、動きを止める為に石の手斧を振り上げて、シカの後頭部に叩き付ける。


 ガッ、と鈍い手応えと共に固い頭蓋骨を手斧が捉えると、シカの身体がドンッと一際大きく揺れた。そのままシカの首に膝を載せて体重を預けながら、両眼を手で塞いでから鎖骨の下に黒曜石のナイフを宛がった。





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