⑦二人の化け物退治
蜘蛛のような巨体を左右に振りながら幹に爪を立てて降りてきた化け物は、身体に似合わぬ機敏な動きで幹から飛び降りた。その着地の衝撃で張り付けられた男達の顔が歪み、苦痛と呪詛の声を上げる。
「…痛い…身体が、痛い…」
「離れねぇ! くそ…」
「殺してくれ…」
「…ヒドいもんだが、どうせ何もしなければ俺達もああなるな」
「ぜぇーったいイヤ!! あんな風になるのもされるのもヤダ!!」
パクパクと口を開く男の顔に、俺とサキは槍を突き付けながら本音を漏らす。それにしても化け物は何をする為に現れたんだ?
「おい、ポンコ! じーさんは化け物が来る以外は何か言ってなかったのか?」
沢山の脚を蠢かせながら、大きな動きはまだ無い化け物に警戒しつつ、ポンコに尋ねると、
「うーん、確か…他にある【狭間の森】にも化け物が現れて、木々や獣を食い散らかしたりして暴れてるって言ってた! …じゃ、後は何とかしてねっ!!」
そう答えてから、戦いが始まったら巻き込まれないよう、洞窟の隅まで下がって身を隠してしまう。
「…それにしても、弓矢が無いのが悔やまれるな。あんな気味の悪い奴と真っ正面からやり合いたくないぞ」
「槍で突いて、何とかなるのかなぁ…」
俺とサキは互いに距離を保ちながら化け物の左右に陣取り、相手が隙を見せたら近付いて槍を刺すつもりでいたが、敵の方が先手を打ってきた。
男の顔を天頂部に張り付けた頭がグリッと動き、何も無かった体表に濁った目玉が次々と現れたかと思うと、俺とサキの姿をその目玉でギョロギョロと睨み、そして脚を踏ん張りぼってりとした腹部を持ち上げると、その先から蜘蛛のように糸を噴き出した。
「うわっ!? つ、捕まったらああなりそうだな!」
次々とネバネバした糸を飛ばして俺を捕らえようとし、危うく避けた際に付いた飛沫を顔から拭い取っていると、
「とぉりゃっ!!」
サキが糸の噴き出す間隙を縫って距離を詰め、化け物の腹目掛けて短槍を突き立てた。しかし、滑らかな表皮の上を穂先が僅かに逸れ、刺さる事無く弾かれてしまう。
「何よこれっ!? 結構硬いわよコイツの身体っ!!」
直ぐに相手との距離を離しながら、サキが悲鳴じみた声を漏らすが、化け物の目が彼女を捉えて糸の射出態勢に入ると、
「ち、ちょっとやめてよ! こっち向くなバカッ!!」
そう叫んで大樹の方に向かって駆けていく。しかし、そのお陰で化け物の注意が俺から離れてくれた。
(…さて、どうにか槍を突き刺すにしても、あの表皮は厄介だな…)
全力で投げたとしても、槍の重さだけで強靭な表皮を貫けそうに無い。かといって、今から新しい槍を作るような時間の余裕は無い。今はまだサキが囮になっているが、また俺の方に化け物がやって来るか判らないのだ。
(槍を重くするか、もっと強い力で槍を投げるか…どうすりゃいい?)
手に持った槍を眺めながら、俺は打開策を探して頭を巡らせる…俺の力だけで投げるより、もっと力の籠もる投げ方はないか…っ!?
「ヒゲさ~んっ!! こいつ何とかして~っ!!」
サキの叫びが次第に近づき、その後ろからガリガリと地面を掻きながら、気持ち悪い程の速さで化け物が接近して来る。
しかし、サキも化け物も俺の姿が見当たらない事に気付き、
「んもぅ!! ヒゲさん一人で逃げちゃったの!?」
サキが信じられないとばかりに立ち止まった瞬間、彼女の身体を飴色の糸がついに捉え、あっという間に地に押し倒してしまった。
「いやぁっ!! こんなの絶対に…っ!?」
サキが叫ぶが、直ぐ傍まで近付いてきた化け物の爪が、カリカリと地面を掻きながら彼女の身体に1本、また1本と触れていく。
「…ひっ!? 痛っ!! かひ…痺れ…るぅ!?」
爪から麻痺性の毒でも注がれたのか、サキが苦痛に喘ぎながら首を揺らす。そして化け物の目が一斉にサキを見つめると、何も無かった頭部に鋭く尖った牙を備えた
…とか冷静に眺めてる場合じゃないが、何せ初めて扱う道具だからな!! 慎重になるんだよ!!
グッ、と握り締めた返し付きの投げ棒に槍を乗せ、俺は樹の上に張り出した枝から飛び降りた。そして落下する勢いと共に、棒の先に乗せた槍を有らん限りの力を籠めて、化け物目掛けて投げる。
…ギュンッ!! と槍はしなりながら、まるで空を飛ぶ魚のように一直線に化け物の頭を貫通し、そのまま地面へと突き抜けた。ガクンッ、と頭を押し下げられた化け物が動きを止め、遅れて貫かれた所から体液をドボドボと垂らしながら、崩れるように倒れた。
「…ふぅ。何とか間に合ったか…」
俺は着地すると直ぐにサキの元に駆け寄ったが、まだ身体の痺れが解けていない彼女は何も言えない。そして俺の顔を見ると、ぽろぽろと涙を流し始めた。い、いや待てって…急に泣くとかやりきれんだろ!?
「ひぐっ…あ…だ、だい…じょぶ…」
「いいって、何も言うな…」
サキの身体に纏い付いた糸を引き千切ってやり、そのまま横抱きにして抱え上げると唇を震わせながら、切れ切れに言葉を繋げる。
「…ば…か、お…そい…よ…」
「悪かったな…でもお陰で化け物は倒せたから心配要らないよ」
俺がそう言うと安心したのか、目を閉じて安らかに微笑み、頭を俺の腕に預けた。
…まあ結局、囮にした事は後でこっぴどく怒られはしたけどね。
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