⑥【狭間の森】



 綺麗に切り揃えられたおかっぱ頭の元ケモ耳娘だが、こうして見ると顔立ちが何処と無く呪術師のワレメに似ている。あっちは表情に乏しいハニワ顔で、こっちは小狡そうなニヤケ顔だが、全体の造形は標準以上だろう。いや、はっきり言えば美少女に見えなくは無い。但し、あくまで首から上だけの話だ。


 「…何それ? 狭間の森ってエルフの森エルブンヘルムみたいなとこ?」

 「んーと、たぶん違います! が居る所です!」


 サキと言葉を交わしながらその娘が話す単語と、これまで聞いてきた様々な事の関連性を考えてみる。狭間の森、違う世界からやって来る敵と刺青に、他のゲーマーとは違う扱いの自分達。では、その敵の目的は? 俺達は何を見返りに戦う必要が有るのか?


 「そこって近いの?」

 「うん! 直ぐそこから行けるよ~!」

 「…直ぐそこから行けるの!?」


 …そんな俺の思いなんてそっちのけで、二人が勝手に話を進めていく。まあ、ゲームとして考えれば流れに乗って筋に沿う方が至って当然なんだろうが。


 「じゃあ、案内するよ~! 二人とも付いて来て!」

 「いいけど、まずあんたの名前を聞いてなかったわね。何て名前なの?」


 先に立って駆け出そうとしたタヌキ娘に、サキが問い掛けると、立ち止まって振り向きながら、暫くぼけっと空を見上げて考えてから、


 「…判んない!」


 と、何食わぬ顔で答えた。自分の名前も判らない上に、頼まれ事も忘れるような道案内かよ…不安しかないぞ?


 「…じゃー、ポン太ね」

 「ちっ、違うもん! どう聞いてもポン太じゃ男の子だもん!!」

 「じゃー、ポンコね」

 「…色気の無い名前だねぇ~」


 相変わらず適当な名付け方のサキだが、タヌキ娘改めポンコはあんまり気にしてないようだ。


 「じゃあ、行こっ!」


 再び走り始めたポンコが、直ぐに大きな木の根元にぽっかり開いた穴の前に辿り着くと、


 「さっ、狭いですかどうぞどうぞ…」


 そう言って俺達に向かって中に入るよう促して来るが…いや、ちょっと待て。


 「…お前やサキならともかく、俺の身体が入っても先に進めそうに無いんだが…」


 平均的な体格の俺ですら、肩まで入るかどうかの狭い穴にしか見えない。況してや下に降りろと言われても、どうやって潜ればいいのやら…足から入れと?


 「平気平気~♪ 入り口は狭いけど奥は案外広いんだよ?」

 「いや、どう見ても広くなってるように見えないんだが…」

 「だいじょぶだいじょぶ!」


 そう無責任に告げながらポンコが俺の手を掴むと、そのまま穴に向かって入って行く。勿論、引かれた勢いで穴の上に額をぶつけ…


 …て、いない? 今、確かに入る直前までしゃがんでもいなかった筈なのに…?


 唐突に身体が小さくなったのか、入り口から中に潜った瞬間から獣の巣程度だった穴が、大きな鍾乳洞並みまで広がり奥に向かって下り坂になっていく。


 「ホントだ、奥は広々してるわねぇ~」

 「サキさん…アンタ、すごく騙され易い性格してない?」

 「そーかなー? ヒゲさんは慎重過ぎなのよきっと!」


 ポンコに手を引かれながら、サキと俺はそんな事を話しながら薄暗い穴を進んでいく。入り口から僅かな光が射し込んでいるお陰で、足元が見えない訳でもない。しかし、徐々に暗さは増していき、そろそろ松明に火を灯そうかと思ったその時、穴の奥から柔らかな光が漏れてくる。


 「…おかしいな、下に向かって歩いて来た筈なのに…」


 地底に向かって進んで来たにも関わらず、明るい場所に出るなんて妙な感じだ。しかし、先を歩くポンコの足取りに迷いは無く、サキも警戒する様子も無い。敵が居ると言われてはいるが、突然出て来る訳では無いのか。


 「…おヒゲさん、そんなに怖い顔しなくていいよ? じーちゃんが居る所にはまだ、おっかない化け物は出てこないからね!」


 怖い顔? …いや、そんなつもり無かったんだが…そんな風に思いながらポンコの説明を聞いた俺は、次第に強さを増す光の方へと進んで行くと、


 「…うぉっ!? で、デカいな…」


 暗闇に慣れた眼には強烈な光のせいで、一瞬目をつぶってしまった俺が洞窟を抜けた先で見たのは…


 「…うわっ!! 凄い、クリスマスツリーみたい…!!」


 そう、サキの言う通り三角錐のように枝を広げた、見た事も無い巨大な樹が幾本も立ち並び、その中心に一際大きな樹が聳え立っていた。


 「あれがじーちゃん!! 大きいでしょ~?」


 ポンコが自慢げに言いながらタタタと走り、ただいまー! と叫んで樹の幹をペシペシ叩いている。じーちゃんって樹だったのか…喋るのか?






 「…喋らないな」


 結構長い時間、何か話し始めるのかと待っていると、ポンコが俺の独り言を聞いてボソリと呟いた。


 「…じーちゃんは喋らないよ?」

 「…そういう大事な事は先に言ってくれないか?」


 後ろでサキが笑うが、俺は連れて来られた理由も漠然としか知らないし、敵がどんな奴かすら判らない。一体どうしろと言いかけた瞬間、高い洞窟の天井から何かが樹木の上に落ちてきた。


 そいつはバサバサと葉を散らしつつ、そのまま樹木の枝を伝いながら幹に辿り着き、鋭い爪でも立てて降りて来ているのか、バリバリと耳障りな音を立てて地面に到達した。


 「うわっ!? …き、気持ち悪ぅ!!」


 サキが相手の姿を目の当たりにし、嫌悪感丸出しで俺の背後に身を隠しながら叫んだ。


 「ポンコ、お前の兄弟か?」

 「そんな訳ないです! コイツがじーちゃんの言ってた化け物なんです、たぶん!!」


 ポンコががなり立てるけれど、正直言って一目見ただけで仲間にしたいとは絶対思わない生き物だった。身体の表面はツヤツヤした黒い表皮に覆われ、大きく膨らんだ腹の下から八対16本の長い爪の付いた脚が生えている。そこまではゲームに登場するクリーチャーとして良く現れる類いだが、唯一他に見る事の無い特徴があった。


 「…た、助け…」

 「目が見えねぇ…目がぁ…」

 「フガッ! …フゴッ…」


 そいつの頭部、そして背中の上にサキが撃退した筈の三人組の顔が、内側から外に押し出されるように張り付いていた。



 

 

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