⑤サキの怒り
「なっ? …女だからって手加減しねぇぞっ!?」
サキの見事な挑発に乗った一人目が、彼女に向かって吠えると槍の穂先で檻の上を横凪ぎに払った。
…けれど信じられないが、俺にも、きっとサキにもその動きがまるで、コマ送りのような遅さに感じられた…。
その緩やかな時の流れの中で、サキは自分の短槍の石突きを檻の縁に当て、相手の槍を滑らかに跳ね上げながら往なしてしまう。そうして両手を大きく振り過ぎてガラ空きになった男の
まだ続く緩やかな時の中で、苦悶の表情を浮かべながら前屈みになる男の額へ、更にもう一度石突きが放たれて、時間が不意に素早く流れる。
「ぐぼっ!? …がっ!!?」
ドドッ、と目にも止まらぬ連撃を鳩尾と眉間で受け止めた男が、白眼を剥いて仰向けに倒れた時、
「くそっ! 只の女じゃねぇぞ!?」
「何だよこいつ…チーター(違法なプログラム等を用いて我が物顔でゲームを搔き乱すプレイヤーの呼称)かよ!」
…うーん、チーターかと疑われたらかなり近いかもしれんな。
「…あれっ? 勝手に身体が動いちゃったけど…」
サキがとぼけたように言いつつ、自分の短槍の穂先をしげしげと眺めてから、まーいっか! と軽めに受け流した。たぶん、俺も同じ状況になったらそう言うだろう。
しかし、不意打ちされた方が警戒し慎重に動くようになると、さっきのような奇襲は難しいだろう。況してや対人戦に関しては素人レベルのサキが…
「…ほいっ!」
…短い叫びと共に跳ねて宙で身体を捻り、残された二人の片方の背後に着地すると、短槍の両端に手を添えて背後の相手に対し背中を向けたまま、
「うにゃっ!!」
…何だよその気の抜けた掛け声は…まあ、ともかく姿勢を低くしながら身体を軸にして脚払いを決め、背中から倒れこむ相手の頭に石突きを叩き付けた。
「がっ…!?」
「はい! そのままピヨってて!」
更に同じ動きで再び相手の眉間を叩き、今度こそ意識を刈り取ると…最後の一人に向けて短槍の穂先を突き付けた。
「さーて…残りはあんた一人だよ? どーする? 私は別に続けて構わないけど?」
「…マジかよ…!?」
たかが女一人と舐めて掛かった仲間が、目にも鮮やかな槍捌きで秒殺されたんだ。普通なら逃げ出すよな…。
「…けっ! ふざけんな!! 舐められたまま誰が逃げるってんだよ!」
おーおー、ご立派な
けれど、サキの動きに迷いは無い。相手の目の前まで真っ直ぐ歩いていき、槍の間合いの直前で立ち止まった。
「…さあ、バトろ?」
「っ!? 舐めた口を利きやがって…!」
トントンと石突きで足元を叩きながら、空いた片方の手で招くように相手を挑発し、サキが短く呟く。直ぐに男は顔色を変えて槍を引き、彼女の喉元目掛け突き出すが、槍の穂先は白い喉を掠めて僅かに逸れる。いや、踵一つ分だけ身体を揺らして避けたようだ。
「ざーんねん! ハズレだねぇ!! じゃあ次は私の番!」
まるで射的の商品を外したように囃し立てながら、サキが両手で構えた短槍を左右から繰り出し、相手の身体を的確に捉えていく。踏み込んだ右足の膝を石突きで砕き、短槍の穂先の根元でこめかみを打つ。そして素早く槍全体をくるりと一周回し、その勢いを削ぐ事無く真下から相手の股間を跳ね上げた…やり過ぎだぞ、全く…。
「おおっ…んぐっ…」
ぽん、と腰を軽く浮かせながら男が脂汗を流し始め、股間を抑えたまま顔から地面に倒れ込んだ。まあ、そうなるな。
…と、サキは躊躇無く短槍をキュッと腰の周りで一巡りさせ、槍の穂先で男の後頭部を貫く…
「…そこまでにしとけよ?」
…前に俺は槍の柄を握り締め、彼女の動きを強引に止めた。
「どうしたんだよ、こんな奴を死なせたって意味無いだろ」
「…はぇ? ヒゲさん何かあったの?」
短槍からふっと力が抜けると同時に、憑き物が落ちたみたいにサキが正気に戻る。答えようとして口を開きかけた俺は、彼女の手首まで伸びた渦巻き状の模様が目に入り、それが長い尻尾を生やしたサルの刺青だと気付いて、
「…それ、いつの間に出て来たんだ」
と言うのが精一杯だった。
「うーん、そうなの? 全然覚えてないなぁ…」
あれだけ派手な立ち回りを演じた筈のサキだが、短槍を握りながらぽかんと口を開けて木の檻の周りに倒れている男を見る。
「…どーしよっか、この人達。起こして歩いて帰って貰う?」
と緊張感の欠片も無い事を平気で言うのだ。
「ほっとけ、このままケモノが食ったらまた
「ふーん、そっか…じゃあ、ほっとこ」
俺の無慈悲な言葉にあっさりとサキは答え、転がる
サキは檻の前に立つと、ツタで粗く縛られた枠を暫く眺めてから、
「…ここかな?」
そう言って短槍の切っ先で結び目を次々と突き、いとも簡単に木枠を崩してしまった。
「…随分、槍の使い方が上手くなったんじゃないか?」
「そーだねぇ…弓矢もいいけど、この長さの槍は手の延長って感じで使い易いみたい!」
そう言いながら小脇に抱えていた短槍を横向きにし、背中に回してしゃがみ込むと、膝を揃えながらずいずいと檻の中に入って行く。
「…あら~? こんな所で寝てる子が居るな~。起きないのかなぁ~?」
「…ぐー、ぐー…」
…うわ、こりゃ明らかに狸寝入りだな。絶対薄目を開けてこっちの様子を窺ってるに決まってる。
「寝てるんなら仕方ないな~、このまま縄でグルグル巻きにして、何処かでタヌキの毛皮と交換しちゃおーかなー?」
「はいっ! ホントは起きてました~っ!!」
突然ガバッとケモ耳娘が飛び起きた途端、サキの右手がフサフサの耳をサッと掴んだ。
「いっ!? 痛い痛い痛い~っ!!」
「こらぁ~! 助けてやったのに寝たふりして無視するなんてダメでしょっ!!」
何とも間抜けな狸寝入りをやり込めながら、サキがケモ耳娘の襟首をひっ掴んで外に引き摺り出す。
「ひ~ん! こわいおねーさんが、いたいけな子供をいじめるよ~!」
「こんな耳とシッポ生やした子供は居ません!」
「…ひゃっ!? しまった! 寝てる間に化けの皮が…」
ケモ耳娘が慌てて頭を撫でると、ひょっこり飛び出ていた耳が髪の中に隠れ、尻尾もずずっと引っ込んでいく。
「…んで、化けの皮被ってまで、タヌキ娘が何しに来てんのよ?」
「…あっ! そうだそうだ! 頼まれていた事、思い出した!」
むん、と腕を組んで厳しく詰問する態勢になったサキに、そいつはやや上目遣いになりながら告白した。
「…【
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