⑧2人の狩り



 サキとパーティーを組み、初めて狩りをする事になったが、彼女が撒いておいたドングリにイノシシが寄って来てくれたせいで簡単に見つける事が出来た。これはもしかすると罠を仕掛けておけば、もっと効率良く狩りが出来るんじゃないか?


 そう思いつつ、無警戒にイノシシに近付こうとした矢先、ガサッと後ろから何かが近付く音が聞こえ、


 「…サキさん、こっちに来て」

 「…えっ? 何でですか」


 イノシシに向かっていた俺が振り向いて彼女の注意を引こうと声を掛けた瞬間、茂みの中からもう一人の原始人が現れた。


 「…女だと? くそっ、羨ましいじゃねぇか…」


 そいつはサキの姿を認めると俺に向かって憎々しげに呟きながら、持っていた槍を突き付けて叫んだ。


 「そのイノシシは俺が先に見つけたんだ! お前ら横取りするのか!?」

 「…彼女がドングリを撒いて寄せたんだ。先も後も関係ないだろ」

 「うるせぇ! 女とイノシシを置いてさっさと失せろ!!」


 あー、そう言うことか。腰巻きだけの品粗な格好に【黒曜石の槍】より劣る【石の槍】。こいつ…狩りが下手だったから、装備が未だに貧弱なんだろう。それで上手くいかない事を俺に擦り付けて、獲物とサキを横取りするつもりなんだな。


 「な、何よ急に…訳判んない事言わないで! それに私、イノシシじゃないんだから勝手に決めないでよ!」

 「黙れ! 誰と組むかなんて【パーティーリーダー】が決める事だ! お前の都合なんて知ったことか!!」


 サキにまで食ってかかる野郎なんかに、好き勝手させられるか…。【パーティーリーダー】は自分が決めれば誰でもなれるが、リーダーの特権として他のパーティーから構成員を引き抜ける。その代わり、引き抜いた相手が拒否した場合、その相手は同じキャラの分身だけがパーティーにNPCとして残り、拒否したプレイヤーはキャラクター製作からやり直しになる。引き抜かれる方から見れば酷い仕様だが、法律も何もなかった原始時代を上手に再現した荒っぽいルールだ。


 「…おいお前、キャラメイクからやり直したくなかったら、さっさと言う事を聞け!」

 「…俺までNPCにする気かよ? 中味のすっからかんなぼっち野郎は、そうまでして仲間が欲しいのか?」


 俺の安っぽい挑発に、奴は顔色を変えて槍を握り直し、槍の石突きを地面に突き刺しながら声高に叫んだ。


 「…ぶっ殺してやる!!」


 奴が叫んだ瞬間、サキと俺の間に木の柵が突然現れて囲いになり、気付けばその柵の中に相手と俺の2人だけになる。パーティーリーダーの特権で、決闘の空間に無理矢理引き込まれたのか?


 「ヒゲさんっ!!」

 「気にするな! どうせ相手は只の雑魚だよ」


 柵で隔てられた向こうから、サキが心配そうな顔で俺の名を呼ぶ。それにしてもヒゲって名前は何とかならんのか?


 「…ヒゲだって? 見たまんまじゃねぇか…」

 「うるせぇ! 向こうが付けたんだから仕方ねぇだろ!!」

 「…羨ましい…」

 「…羨ましいのかよっ!?」


 柵の中で互いに牽制しながら横歩きしつつ、俺と奴がそんな事を言い合いながら距離を詰めていく。しかし、対人戦となったらどうなるのか、何も知らんのだが…。


 「死ねっ!!」


 極めて単純な罵声と共に、奴が槍を突き出してくる。構えを解かなかった為、避け損ねて軽く穂先が触れはしたが、丈夫な【毛皮の服】の表面を虚しく滑るだけだった。いや、ここまで装備の差が有ると一方的過ぎるなぁ。


 「…さよならだ」


 相手が距離を詰めてくれたお陰で、こっちは簡単に槍の間合いに入る。俺は腰を落としてやや下から奴の喉元目掛け、【黒曜石の槍】を突き出した。


 腰巻き一枚だけの無防備な身体に、俺の槍が突き刺さる。しかも鋭く尖った【黒曜石の槍】は、たとえ厚い毛皮を纏ったイノシシを相手にしても、簡単に肉まで貫き通す武器だ。不用意に距離を詰めた相手の急所に、ただ狙いを定めて突き出すだけで終わった。


 ズスッ、と顎の下の柔らかい肉を貫く穂先の感触が柄を通して伝わり、相手の原始人から一気に生気が抜け落ちた瞬間、周囲の柵が消え失せた。


 「…何だか呆気ないな」


 ほぼ一方的な結末に、俺は戦いに勝った余韻など全く感じていなかった。ただ、弱い相手を屠殺した気分だ。残された死体を槍の穂先で突っつきながら、ポツリと俺が呟くと、サキが隠れていた木陰から近寄ってくる。


 「ど、どこか怪我とかしてませんか!? 槍が当たったように見えたから…」

 「心配要らないよ、向こうとこっちじゃ装備も比べ物にならないし、てんで相手にならなかったしね」


 そう言って槍が掠めた辺りを指差すと、ようやく安心したようで、


 「よかった…でもホント失礼な奴! 初対面の相手をお前呼ばわりなんて信じられない!」


 その流れで気が緩んだからか、サキは突然手を振り回しながら怒りを露にする。


 「まぁね、たぶんリアルでも友達居ないタイプだよ」


 俺はサキのそんな感情的な面を垣間見て、取り敢えず同調するように応じながらしゃがみ込み、相手の持ち物を調べてみる。


 …まあ、めぼしい物なんて見つかる訳もないか。最初から期待していなかったので落胆もしない。そのまま立ち上がろうとした時、腰巻きの紐に小さな包みがぶら下げられているのを見つけ、拾い上げてみる。


 「…何だろ、これ…?」


 見た目は革で出来た小袋のようで、格下の相手の装備にしては不釣り合いに思える。何処かで誰かが落とした物を拾っただけなのかもしれないが。


 「口を紐で縛るとか、結構手が込んでるな…あっ!」

 「何が入って…石?」


 中味を取り出した俺は白い塊を持った瞬間、その正体に気付いてつい叫んでしまった。


 「こ、これ…岩塩だよ!」



  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る