⑨料理が出来る!



 「…岩塩、塩だよ塩!!」


 襲いかかってきた相手を返り討ちにし、大した期待も無いまま装備を漁っていた俺は、予想外の戦利品に声を上げてしまった。


 「…岩塩? あの石みたいなお塩の事でしょ…何でそんなに驚いてるの?」


 不思議そうに尋ねるサキに、俺はやや興奮しながら答えていた。


 「ああ! そうだよ…塩さ! くそっ、死んじまったから何処で手に入れたか、聞けないしなぁ…」


 悔しがる俺を、サキはそんな塩位でと言いたげな顔で眺めていたが、


 「…あっ! そうか! 味付け出来ちゃうんだ、お塩があれば!!」


 やっと気付いてくれたようで、俺がどれだけ欲しがっていたのか理解してくれた。まあ、さっきの争いや今の騒ぎでイノシシは既に居なくなってたが…そんな事はどうでもいい!!



 パチパチと爆ぜる焚き火の向こうに、無言で成り行きを見守るサキが居る。


 「…よし、こんなもんだろ」


 ゴリゴリと平らな石の上で慎重に岩塩を擦り、細かく砕いて器代わりの葉っぱに落としていく。余り焦って砂や石の粒が混ざったら、折角の塩が台無しになるからな。


 「…後は、こいつをこうやって…」


 串刺しにしておいたイノシシのあばら肉の上からパラパラと振って…ただそれだけ。しかし、たったそれだけなのに…



 「はふはふ…ほいひぃおいしぃ!!」


 そりゃーそうだ、思わず叫んじまうだろ? なんたって、今の今まで全ての食い物に塩味すらなかったんだからなぁ。


 ハグハグと勇ましさすら感じる勢いで食うサキに、俺は思わず同情してしまう。


 「ほわぁ…こんなに塩味が美味しく感じるなんて、夢にも思わなかったなぁ…」


 その言葉を聞きながら、俺も焼きたてのイノシシ肉にかぶり付く。肋肉ってのは焼けばサクサクとした歯応えで、脂の良く滲み出す旨い肉なんだが…塩味が加わるだけで、甘味もしっかりあるもんだと判る。


 「…うん、旨いよホント。今までずーっと、味付けも何も無しだったせいで余計にそう思うなぁ」

 「ですよね! でも…こうなっちゃうと白いご飯が欲しくなるなぁ」


 サキはそう言いながら、でもそれなら豚丼のタレの方が…とか更に罪深い事を言い出して、2人で悶々としちまう。しかし、原始時代に調味料か…そんな物、手に入るのか?



 「…なんか私だけ沢山食べちゃったみたい…」

 「ん? 気にしなくていいさ、少し遠出するつもりで多めに持ってたからな」


 勢いで手近な場所に竈を作り、火を点けて持っていた蒸しイノシシ肉を塩炙りにしたお陰で、サキと一緒に食事をしたが…やっぱり誰かと食べる方が良いなぁ。


 「なあ、考えたんだけど…この塩、何処で手に入れたのか少し調べてみないか?」


 食事を終えた俺はサキに提案してみる。勿論、狩りをする事自体は忘れた訳じゃない。ただ、少しだけ先送りにするだけなんだが…


 「…そうね、私も気になってたし。でも、いつでも良いですから、必ず約束は守ってくださいね?」


 彼女は特に機嫌を悪くする事も無く答えた後、握り拳を突き出してきた。


 「ああ、勿論! 約束するよ」


 俺はサキに答えながら、拳を突き合わせて軽く触れた。




 原始人になって感覚が鋭くなっているのか、倒した奴の足跡を辿るのは簡単だった。茂みを歩けば枝を踏むし、落ち葉を踏めば砕けて残る。そうした跡を辿るだけで獣か人間か判るし、簡単に足跡を辿れるのは間違いなく人間の方だ。


 足跡と言えば、サキはサンダルのような履き物を履いていた。聞けば流石に裸足は嫌だったらしく、丁寧な造りで女性らしさを感じたが、時折俺の皮製のブーツを物欲しげに見ていたりする。まあ、直に作ってやるか。



 それから暫くして林の中を抜け、足跡を辿って岩山の麓に到着した。そこで足跡は途切れていたが、


 「ねぇ、あそこ…洞窟じゃない?」

 「ああ…ここが奴のねぐらだったのかな」


 岩山の下にぽっかりと穴が空き、そこは明らかに人の居た形跡がそこかしこにあった。焚き火の跡が有ったり何かの骨が辺りに散乱していたりと、一目で生活していたように判った。


 まさか、まだ誰か居たりしないよな…そう思いながら慎重に聞き耳を立て、人の気配を探りつつ洞窟の入り口を窺う。


 「…留守みたいね」

 「…ま、そりゃそうだろ。狩りで生きてた時代なんて、沢山人が居た訳じゃないしな」


 サキとそう言い交わしながら、洞窟の中に踏み込む。やはり先住の人間は居なかった。但し、前に居た奴は相当不器用だったようで、粗末な寝床と僅かな薪が少しだけ有る程度。俺のねぐらの方が、余程物で溢れていた気がする。


 「中って結構広いわね…あ、こっちにも部屋に出来る場所がある!」


 サキはそう言いながら空っぽの空間に踏み込み、周りを見回しながら少し間を空けた後、俺に向かって呼び掛けた。


 「…ここなら2人で暮らせそうじゃない?」

 「ん? あ、ああ…サキが良いなら構わんよ」


 …まあ、ゲームだからなぁ。別に男女が一つ屋根の下で暮らしたっておかしい事じゃない。


 「…どうかした?」

 「いや、別に…じゃあ、新しい寝床でも作るか」


 変に意識し過ぎているのは、俺の方かもしれないな。

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