101 好きだから嫌い side:日奈星凛莉


凛莉りりさ、雨月あまつきと喧嘩したんでしょ?」


 放課後の帰り。


 ちょうどかえでと二人だけになると、からかうように話しかけてきた。


「なに、いきなり」


「今日、雨月と一言も話してなかったから」


「たまたまだし」


「雨月から貰ったネックレスつけてないのは?昨日はブラウスのボタン閉めてまでつけてたのに」


 ぐっ……。


 昨日すぐ楓に自慢したあたしがバカだった……。


「“ねえ、これ。涼奈すずながあたしの誕生日にくれたの、ヤバくない!?”」


 楓は顔の横で手を組んで猫なで声を上げる。


 いつもの楓のテンションじゃない。


「なにそれ、あたしの真似?」


「うん、昨日の凛莉。似てるでしょ」


 素に戻る楓の声と態度は、落差が大きすぎる。


「ぜんぜんっ、あたしそんなバカみたいじゃないし」


「なんだったら、今の私の真似よりもっとだらしない顔してたよ」


「だらしないってなに」


「エサもらって喜んでるペットみたいな」


「うざっ」


 でも、そんなに浮かれていただろうか。


 楓はあたしのことをからかう時はあるけど、誇張してまで面白おかしくするような子ではない。


 そう映ってしまうようなテンションの高さはしていたんだろう。


「ネックレスはたまたま忘れたのっ」


「ふーん。たまたまねぇ……」


 あたしがそう言ってしまえば否定することは出来ない。


 もうこの話はおしまい。


「じゃあ、今日なんでお弁当二つ持ってきたの?」


「だから、それはいつものクセで……」


 ぼーっとしていたら無意識で二人分のお弁当を作って、鞄にしまい込んでいた。


 ルーティーンて怖い。


「いや、一緒に食べないにしても雨月に渡せばいいじゃん」


「それは……」


「雨月、昼休みすぐに教室を出てったよね。購買に買いに行ったのかな?」


「そう……じゃない?」


 その後、授業が始まるまで教室に戻ってこなかったら何をしていたかは知らない。


「いや、分かってるならあげなよ」


「だって涼奈、どっか行ってたし」


「普段はいつどこにいても飛んで駆けつけるくせに?」


「うっ……」


 どう答えても楓が追い詰めてくる。


「雨月が通り過ぎてるの分かってるくせに、わざと気付かないふりなんてしちゃってさ」


「……そんなの楓の気のせいだし」


「いつもガン見してるくせに、よく言うよねー」


 逆に楓もどこまであたしのこと見てるんだ。


 怖いんですけど。


「登下校を一緒にしない、お弁当はあげない、目線は合わせない、一言も話さない。これって客観的にどう思う?」


 そんなに羅列されると、返す言葉が見つからない。


「喧嘩、してるんでしょ?」


「……涼奈が悪いんだし」


 楓を誤魔化すのは無理だと諦めた。







「子供だなぁ……」


 簡単な経緯だけを話すと、楓はため息を吐いて呆れていた。


「誰が子供って?」


「凛莉が」


「あたしが?」


「だってちがう誕生日を言われただけでしょ?」


 分かってない。


 ドライな楓はそういう気持ちが大事なことを全然わかってない。


「だって意味わかんなくない?わざわざ違う誕生日なんて教える?」


「いや、それは確かに意味わかんないけどさ」


「じゃあ」


「でも、理由は聞いたの?」


「……そんなの聞いても意味わかるわけないじゃん」


「それだけ意味不明なことするんだから、深いワケがあるのかもよ」


「だって、進藤は涼奈の本当の誕生日をお祝いするって言ってたんだから。絶対あたしが邪魔だから嘘の日付教えたと思わない?」


 そうだ。


 妙な距離感の二人だから、その中にあたしが入るのが邪魔だと思われたんだ。


「って、雨月は言ってたの?」


「……言ってはないけど。でも、そんなこと口に出すわけない」


「うーん。凛莉よぅ」


 楓はあたしの肩に腕を置いてくる。


「あんたさぁ、ちょっと重いよ?」


「いや、重いのはそっちなんだけど……」


 勝手に体重を預けといて何言ってんだ。


「そうじゃなくてさ。嘘つかれただけで癇癪おこしたり、幼馴染が祝うって言っただけで怒ったり。もっと冷静になりなって」


「だから、それは楓が他人事だから……」


「嘘ってさ、ついた理由の方が大事じゃない?雨月も凛莉にそうしないといけない理由があったのかもよ。それを知るべきだと思うけど」


「……それは」


「進藤のこともさ。雨月は断ろうとしてたんじゃないの?」


「そんなの何とでも言えるじゃん」


 やれやれ、と楓は首を振る。


「全く、これ以上ないくらいしょうもない痴話喧嘩に付き合ってあげてるのに。その言い草はどうかと思うんだけど」


「はっ、ち、痴話喧嘩って……!?」


 あたしは涼奈と付き合っていることは誰にも言っていない。


「いや、あんた明らかに雨月ラブでしょ。愛が重すぎって感じ」


「あ、あはは……たまには楓もおもしろいこと言うのね」


「弁当を作る、嘘をつかれて怒る、昔の男の絡みに嫉妬する、プレゼントに喜んで、ムカついたら外す」


「……」


「どう見ても雨月の女でしょ、あんた」


「すっ、涼奈も女子ですけどっ」


 トントンと楓はあたしの胸元をつつく。


「これもさぁ、ほんとは雨月に“付けろ”って言われたくて、わざと外したのを見せびらかしてるんじゃないの?」


「……はっ、ちっ、ちがっ」


「鞄の中にネックレス忍ばせて、いつでも着けれるように準備してるの知ってるんだけど?」


「……!?勝手に見たのっ!?」


「いや、当てずっぽう」


「……あんたねえっ」


 そしてまたニヤニヤと楓はいやらしい笑みをこぼす。


「自分から拒否しといて、向こうから接近してくる理由作るとか、あざとぉ。凛莉ってサバサバしてるのかと思ってたけど、恋愛になると女々しいのね?」


「だから、ちがうって……!」


 なに、なんなのっ。


 いや、そりゃちょっとも考えなかったかと言われたら、そんなことはないけど。


 足もまだうっすら跡があるのに出したけど。


 涼奈が怒ってあたしに突っかかってくるかもとは思ったけど。


 でも、それは可能性の話しで。


 そうして欲しかったわけじゃないし。


「だいたいね、そんなことにマジギレしてる時点で好きな証拠だから。好きと嫌いは簡単に変換されるの知ってる?」


 楓の追求が一向に止まる気配がない。


 もう勘弁してくれないかな……。


「はやく仲直りしなって」


「そんなこと、楓に言われてすることじゃないしっ」


「こっちが迷惑なんだって」


「なんでよっ」


「雨月と仲良くしてる時は常に上機嫌だったのに、喧嘩した途端ヤサグレすぎだから。今日みんなあんたに気を遣ってたの分かってる?」


「いや、あたし普通だったし」


「ずーっと組んだ足ぶんぶん振って、会話振っても生返事、溜め息多いし、かと思ったら急に自分の髪の毛ブチブチ抜き出すし」


「癖だしっ」


「機嫌が悪い時のね」


「……うるさいっ」


 それでも楓はケラケラと笑っている。


「まあ、私は面白いからどっちでもいいけど。でも凛莉はこんなの続けてるとやつれそうだからね。友だちとしてのアドバイス」


「はいはい、ありがとうねっ。でもあたし、涼奈から謝ってこないと許す気ないから」


「強がってるけど、それ、謝りさえすればすぐ許すって意味でしょ?」


「……」


「こんな面倒くさい子の精神安定剤なんだから、雨月も大変だよ」


 あたし、そんな面倒くさくないしっ。


 何も言ってくれない涼奈が悪いんだしっ。

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