102 俯いたまま
期末試験が始まっていた。
テストによって淡々と過ぎていく学校生活は、普段より人と話す機会が減る。
その分だけ、一人でいることの寂しさを感じるのも少しで済む。
だからいつは嫌いなテストも、今だけはありがたいと思っている。
過ぎていく時間と、いつまでも重いままの胸の奥。
息を吐き出して少しでも軽くならないかと試してみるけれど、何も変わらない。
そんな期末試験も明日が最終日。
すぐに終業式を迎えて、夏休みに入る。
そうして、凛莉ちゃんとの関係が途切れた生活を続けていくんだろう。
きっと、慣れる。
そう信じて毎日をやり過ごす。
◇◇◇
昼休みになった。
わたしはすぐに教室を出て、購買に向かう。
サンドイッチを買ってから、教室には戻らず階段を上っていく。
最上階の扉を開けると、やけに青い空が広がった。
陽ざしが強くて、肌を焼くような熱さが襲ってくる。
せめて風くらいは吹いて欲しかった。
「やあ、また来たんだね」
屋上には、
「……どうも」
わたしは軽く会釈をして、なるべく彼女から離れた場所に腰を下ろす。
ベンチ等はないから、床にぺたりと座る。
凛莉ちゃんに嫌われてから、わたしは昼休みをずっとここで過ごしている。
日焼けしそうだし、暑いから本当は嫌だけど。
他の場所には人がいるから、居場所がここくらいしかなかった。
こんな時期に屋上で過ごそうなんて酔狂な人は、目の前の先輩ヒロインくらいしかいない。
「そろそろ教えてくれもいいんじゃない?」
二葉先輩の方を見ると、柵にもたれ掛かかり右手にはよく分からない紙パックのジュースを持っていた。
「……なんですか」
わたしはサンドイッチの封を開ける。
「最近ずっとここに来てる理由」
「言いたくありません」
「いや、最初もそうやって拒否されたけどさ。この状態がずっと続いてると、さすがに私も気になってくるというかね?」
最初に来た時もそんな質問をされてわたしは答えずにいると、二葉先輩は理解を示したように黙ってくれていた。
おかげで昼休みはここで静かに過ごせていたのに、今日は会話を強要してくる。
わたしはサンドイッチを頬張る。
パンはふわふわしていて卵は甘い。
「ここが好きなのかな?」
わたしは沈黙を貫こうとしているのに、二葉先輩はずけずけと踏み込んでくる。
数日黙ってくれていたのは相当我慢していたのかもしれない。
「学校そのものが好きじゃないですよ、わたしは」
本当は話しもしたくないけれど。
時間が経ち凛莉ちゃんに対する気持ちが落ち着いたことで、少しだけなら話す余裕はあった。
話し掛けてくる人間を無視し続けるのも疲れるから、答えるしかないというのもある。
「へえ、私と一緒だね」
「……どこがですか」
「一人になりたくて、ここにいるんでしょ?」
「……」
二葉由羽は別に友達がいないわけではない。
ただ昼休みは一人で行動を始める変な部分があるだけの人だ。
わたしのように集団に馴染めない人間とは違う。
「あれ、ちがった?」
それで言うなら、真逆だ。
わたしは一人だから、一人でいても他人の視線が気にならない場所を探しているだけ。
「……ここが一人でいても平気な場所だからです」
「ああ、そういうこと」
“なるほど、なるほど”と頷いてから、少しの間が空く。
「でもさ、それって矛盾してるよね」
「なにがですか」
今日の二葉先輩は饒舌だ。
わたしが返事をしてしまったのがいけなかったのかも。
ずっと黙っていれば良かった。
「学校が居づらくて一人でいることも気になるなら。誰かと一緒にいればいいよね?」
また当たり前のことのように、この人は……。
こういう人は陰キャぼっちの気持ちなんて理解できないんだろう。
「それが出来たら苦労しません」
「あの子は?
その名前を、今一番出して欲しくないのに。
「……」
「あの子と上手く行ってないの?」
「……言いたくありません」
「それ、もう言ってるようなもんだよ」
二葉先輩は微笑む。
わたしは彼女に面白話を提供したいわけではない。
「そっか、それで居づらくなっちゃったってことね」
靴の乾いた足音。
横を見ると、二葉先輩が近づいて来ていた。
「……なんですか」
見上げると、太陽が逆光になって二葉先輩の顔はよく見えない。
「じゃあ、私が君の居場所になってあげようか?」
「……はい?」
「日奈星ちゃんとの場所を失ったなら、私がその居場所になってあげるよ」
それがどういう意味か、よく分からない。
「教室に居づらいなら毎日ここに来たらいい。私が相手をするよ」
「……雨とか雪とか降った時は、どうするんですか」
「なら、私が涼奈ちゃんの教室に行ってあげるよ。もちろん来てくれても構わないけどね」
それなら少しはこの孤独も埋まるのだろうか。
「ここで私と過ごせたってことは、多少なりとも一緒にいれる可能性はあると思ってるんだけど」
……正直、消去法でここにいただけだけど。
でも、そう捉えることも出来るのかもしれない。
「一人、寂しいんでしょ?」
昔のわたしなら、凛莉ちゃんと出会う前のわたしなら。
きっと、わたしは教室でも一人でいられた。
それが当たり前だったから、何でもなかった。
でも凛莉ちゃんがそれを変えてしまった。
二人でいることを知ってしまったわたしは、もう一人でいることに耐えられない。
いつの間に、わたしはこんなに弱くなってしまったんだろう。
「あの、なんでそこまでしてくれるんですか?」
一つ、分からないことがあるとすれば二葉先輩の行動理由だった。
「初めて会った時に言ったでしょ、“君が面白そうだから”って」
「……そうですか」
でも、そうしたならわたしは楽になれるのだろうか。
この胸の奥の重みは消えてくれるだろうか。
この寂しさは、埋まるのだろうか。
「すぐには難しいよね」
「……まあ、そうですね」
「明日、答え聞かせてよ」
「やけに急がせますね」
「自分の中の答えなんて、一日もあればすぐ見つかるよ」
簡単に言うけど。
わたしはそんなに自分のことを正しく理解できるような人間じゃない。
そのはっきりしない態度で、凛莉ちゃんを傷付けてしまったのだから。
「それじゃ、また明日ね」
二葉先輩は手を振って去って行く。
どうすればいいのかは、まだよく分からない。
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