96 手懐けられてるのかも side:日奈星凛莉


 涼奈すずなは基本的に大人しい。


 面倒を嫌い、目立つことを良しとしない。


 だけどそんな彼女も突然大きく動き出すきっかけが二つある。





 一つはあたしに関すること。


 突然一人でバレーボールの練習を始めてみたり、腹を立てたら噛んできたり、誕生日プレゼントは慣れないお店で買い物だってする。


 誰も気付かないあたしの傷にだって気付いてくれるし、告白だって涼奈からしてくれた。


 どれも普段の涼奈ならしない行動で、それはあたしにしか見せない顔だ。


 それはあたしが特別ということで、嬉しい反応だ。


 だけど、その突発的な行動を起こすきっかけは、あたしだけじゃない。





 もう一つは進藤湊しんどうみなとに関することだ。


 涼奈は進藤に対しても突然、変な行動を起こす。


 妹である進藤ここなにお弁当を教えようとしてみたり、勉強会を開いてみたり、体育祭で私がいないタイミングで話したりもしている。


 何より、彼に対してだけ態度が違う。


 興味関心を示さない涼奈が明らかに興味を抱いている。


 それは恋愛感情でないと聞いたけど、だからと言って何なのかということは明らかにされていない。


 涼奈は、進藤のことで何かを隠している。


 それだけは、はっきりしていた。


 聞こうとしてもはぐらかすばかりで、まともに答えようとはしない。


 最初の内はそれでもいいと思っていた。


 だけど、こうして付き合い出すとそんな些細な変化が見逃せない。


 あたし以外に関心を持つ相手がいることを許せなくなる。


 子供だ。


 自分でも分かっている。


 それでも、そう思ってしまうのだからどうしようもない。


 あたしはただ、涼奈を独り占めしたいだけなのに。



        ◇◇◇



「期末試験、また勉強教えてよ」


 帰り道、あたしは涼奈と腕を組んでお願いしてみる。


 以前の涼奈なら放せとすぐに逃げようとしてたけど、付き合ってからはすんなり受け入れるようになった。


 それはすごく嬉しい。


 涼奈の腕は細くて、華奢な体は折れてしまいそうな繊細さがある。


「いいけど……どこでやるの、カフェ?」


「家でいいんじゃない?」


 お互いに親はいないんだし、前と関係性も変わっているんだから毎回カフェに行く必要もない。


「……ああ、うん。いいけど」


 涼奈が明後日の方向を見る。


 基本的に涼奈は何か思う事があると視線を反らす癖がある。


「涼奈、なんか変なこと考えてない?」


「変なことってなにさ」


 急にぶっきらぼうになる。


 図星な時はだいたい口調が変化する。


「ほら、あたし涼奈のそういう姿も知ってるから」


 わざと勿体ぶった話し方で涼奈の反応を煽る。


「凛莉ちゃん、うるさい」


「また、してあげよっか?」


「わたし一人で帰る」


「あー、うそうそ、冗談じゃん」


 涼奈は一人で帰るって強い言葉を使うけど、腕を放そうとまではしない。


 多分、あたしから離れたいわけじゃないんだと思う。


 そういう変化は可愛いなと思う。







 涼奈の部屋で勉強をする。


 この家にも慣れてきて、涼奈と一緒にいることもかなり自然になってきた。


 一緒にいるのが当たり前で、いないことの方が不自然。


 そんな関係性をあたしは望んでいた。


 それに首には涼奈がくれたネックレスがある。


 彼女との繋がりを強く感じられるそれに触れたくて、ブラウスのボタンを開ける。


 触れるとひんやりと冷たかった。


「……凛莉ちゃん」


「ん、なに?」


 ローテーブルを挟んで正面にいる涼奈の目線が鋭い。


 なのに、あたしと目は合っていない。


「なんでボタン開けたの」


 ああ、胸元を見てたんだ。


「窮屈だし、ネックレス触りたいなと思って」


「……ふうん」


「あ、もしかしてドキドキした?」


 涼奈の目はさらに険しさを増す。


「そんなわけないでしょ」


「そんなわけあってもいいと思うんだけど」


 それにボタン一つ開けただけですぐに反応してくるんだから、そういう気持ちがゼロってわけじゃないと思う。


 なのに涼奈はそういうコミュニケーションをあまり取りたがらない。


 あたしの誕生日にした時が嘘のようだ。


「家の中はいいけど、外ではちゃんと閉めなよ」


 窘めるように言ってくる。


「でも、外出たら学校じゃないんだし。良くない?」


「ネックレスは見せてもいいけど、胸元は見せちゃダメ」


 それって結局ボタンを閉めろってことだ。


「思ったんだけどさ、それって涼奈があたしのこといやらしい目で見てるからでしょ?涼奈ったらあたしのこと変態呼ばわりするくせに、自分だってそういうこと考えてるんだ?」


 その手のことは否定ばかりする涼奈だから、これもどうせ否定するだろう。


 そうしたらあたしの恰好にはもう文句は言えなくなる。


 涼奈が何とも思っていないなら、してはいけない理由にはならないからだ。


「……だったら、悪い?」


 予想外の答え。


 すんなり認めるとは思わなかった。


「あ、へえ……涼奈もそういうのはあるのね」


 意外すぎて、こっちがどう反応していいか分からなくなった。


「あるよ、そりゃ。でもそういう感情をわたし以外の人に持って欲しくないの。だから見せないで」


「……」


「返事は?」


「まあ、ブラウスくらいなら」


 どっちみち学校では閉めないといけないし。


「スカートも長くしな」


「いやいや、こっちはいいでしょ」


 胸元はまあ、分からなくはないけど。


 さすがにスカートは過剰反応だと思う。


 ファッションの範囲でしょう、これは。


「……言う事、聞かないんだね」


 むくりと涼奈が立ち上がる。


 そのままあたしの横に座る。


 じとりとした目であたしの足を見下ろしていた。


「涼奈?」


「……じゃあ、こうする」


 そのまま顔を沈めると、涼奈はあたしの足を噛み始める。


「いっ……」


 左の太ももに痛みが走る。


 最近なかったから忘れてた。


 涼奈は感情の波が乱れるとあたしのこと噛み出すんだった。


 あまりに痛いから止めようとした所で顔が上がる。


「ここなら、どう?」


 噛まれたのはほとんど膝に近い場所だった。


 あたしのスカートの長さだと、そのまま噛まれた跡が剥き出しになる。


「これ、見えるじゃん」


 今まで何だかんだ隠せる場所にしてたのに。


「隠しなよ、スカート長くして」


「……ここまでするかぁ?」


 涼奈のネジが段々と外れてきている気がする。


 スカートを長くさせるためだけに、人の足を噛んで、見える場所に跡をつける。


 そんなの普通の感情でやることじゃない。


「するよ」


 するり、と涼奈があたしのネックレスに触れる。


「このネックレスは凛莉ちゃんの首元を縛ってくれたし、足も噛みつけば縛り付けられる。なら、するよ」


「歪だと思うんですけど」


 自覚はあるのか、涼奈がムスッとする。


「分かってる。でもこうしたいんだから仕方ない」


「……そういうのも嬉しいけど。たまには普通の愛情表現が欲しいんですけど」


 ないものねだりなのは分かっているけど。


 たまには涼奈の素直な愛を貰っても罰は当たらないと思う。


「普通……」


「そう、普通」


 歪な涼奈ちゃんにそんなのムリなのは分かってるけどさ。


 たまにはストレートに可愛いとか好きとか言ってくれてもいいよね。


 涼奈って絶対なんかワンクッションあるから。


「……」


 涼奈は急に膝立ちになって、あたしの上を跨ぐ。


「凛莉ちゃん」


「なんですか、次は顔でも噛むんですか?……って」


 そのまま体を引き寄せられる。


 ドクンドクンと心臓の鼓動音。


 そして涼奈の優しい香りが鼻腔をつく。


 抱きしめられて、涼奈の胸に顔を埋めていた。


「……こういうこと?」


 自信がないのか、先細りしていく声。


「ああ……うん」


 どうやらあたしは涼奈に抱きしめられるだけで、さっきまでのことは水に流してしまうらしい。


 さすがにチョロすぎて自分でも驚いた。

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