95 過去と現在の関係性


 放課後。


「もうちょっとで期末試験だな」


 帰ろうと準備している時に、進藤しんどうくんが話しかけてくる。


「そうだね」


 体育祭から文化祭へと怒涛のイベントが終わったかと思えば、次は試験祭りだ。


 この目まぐるしい忙しさは本当にやめて欲しい。


「勉強してるのか?」


「いや、全然してないね」


「俺も」


「まずいんじゃない?」


「お前もだろ」


 当たり障りのない日常会話。


 それでも進藤くんが学校の中でヒロインと話すのはわたしだけだ。


「またさ、前みたいに勉強を教えてくれよ」


 それは、どのくらい前のことを話しているのだろう。


 ヒロイン全員と生徒会室で開いた勉強会のことを指しているのか。


 それとも、幼馴染である雨月涼奈あまつきすずなとのもっと昔の思い出話なのか。


 ……どちらだとしても。


「ごめん、多分難しいと思う」


「なんか用事あんのか?」


「うん」


 用事は入る気がするし、ないにしても進藤くんと一緒に勉強してはいけない。


「……日奈星ひなせさん、とか?」


「かもね」


 特別否定することでもないから、頷く。


「お前、最近ほんとに日奈星さんと仲良くなったよな」


「……うん」


 恋人だからね、とは言えない。


「そっかそっか、なら仕方ないな」


 進藤くんの言葉は少しだけ間が空く。


「なんていうか、涼奈変わったよな」


「……そうかな」


 進藤くんからしてみれば、昔からの付き合いだった幼馴染の付き合いが悪くなっている。


 そんな状況だから面白くはないのかもしれない。


「うん、前とは別人みたいだ」


 ……まあ、別人だしね。


 それに、進藤くんとの仲を深めるわけにはいかない。


 文化祭を経ても、進藤くんとヒロインとの関係性に進展はない。


 このままだとバッドエンディングを迎え、わたしとの距離を縮めるエンディングが待っているのかもしれない。


「涼奈ー、帰るよっ」


 凛莉ちゃんがわたしを呼ぶ声。


「あ、うん。今行く」


 分岐点だったはずの文化祭でわたしは凛莉ちゃんとのことばかり考えていた。


 個別ルートに分岐するのは、夏休みを終えた9月の始業式。


 時間で言えば、あと1ヶ月ちょっと。


 このまま時間を過ごしていくと、どうなるのか。


 その過程を追いながら考えて行かないといけないだろう。


「それじゃあ、進藤くん。またね」


「ああ、またな」



        ◇◇◇



「進藤とさ、何話してたの?」


 若干だけど凛莉ちゃんの雰囲気がピリついている。


 少し思う所があったのかもしれない。


「何でもないよ、期末試験もうちょっとだねって話しただけ」


「……他には?」


 進藤くんの事は何でもないことは凛莉ちゃんには何度も伝えている。


 それを理解したとも凛莉ちゃんは言っていた。


 それでも、今日はちょっと違うらしい。


「勉強教えてくれないかって誘われただけ」


「……まさかだけど」


「断ってるよ、さすがにないって」


 この世界でのエンディングのこと。


 凛莉ちゃんのことを考えても、それが良くないことは分かっているから。


「……ならいいけど」


 それでも凛莉ちゃんの機嫌はあまり良くならない。


 むすっとした表情のまま、外に出る。


 このまま変な空気で帰るのイヤだな。


「凛莉ちゃんどうしたの。さっきから変だよ」


「……何か、面白くないなって」


「面白くない?」


「だって進藤は昔からの付き合いだから、涼奈と仲良さそうに話してくるんでしょ?」


「まあ……」


 それが幼馴染っていうものだからね。


「涼奈が進藤の事をもう何とも思ってないのは分かってるけどさ。それでもこうして話すのって昔からの関係性があるからでしょ」


「そう、かもね」


「あたしは二年生になってからの涼奈しか知らないからさ。そんな昔からの付き合いとか持ち出されたら敵わないよね」


「……ああ、いや」


 そう言われたらそうかもしれないけど。


「でも、それってお互い様でしょ?凛莉ちゃんだって幼馴染はいるんだし」


「いるけど、男子であんなに仲良く話しかけてくる幼馴染はいないよ」


「あ、そうなんだ……」


 そうか。凛莉ちゃんは男の子が得意じゃないって言ってたし。


 雨月涼奈と進藤湊のような関係性は理解できないものなのかもしれない。


「だからさ――」


「え、あっ」


 狙っていたのか、いないのか。


 ちょうど人通りが少ない通りの壁に押し付けられる。


「ちょ、ちょっと凛莉ちゃん……」


「いいから」


 そのまま唇を重ねてくる。


 そうして何度か深いキスをして、ようやく唇が離れる。


 今日のキスは前の時と違って強引で、少しだけ痛い気がした。


「涼奈とこうやってキスを出来るのはあたしだけだし、そういう顔を見れるのもあたしだけ」


 そんな恥ずかしいことを真顔で言って、どうしたいのだろう。


 進藤くんの話しから随分逸れた気もする。


「……そうだけど」


「だけどさ、思い出とか昔の関係性とかはあたしの物にはならないから。あたしはそれが悔しい」


「悔しいって……」


「涼奈の過去はあたしのものにならないってこと。そしてその関係性が形を変えて今もまだ続いてるってことが悔しい」


「それは……」


「分かってるよ、そんなこと考えるだけ無意味だし。涼奈が悪いって言いたいわけでもない。でも思っちゃうんだ」


 凛莉ちゃんは目を逸らして、言う。


「なんで涼奈の初恋の相手があたしじゃないんだろう、って」


「……あ」


 そうだったんだ。


 凛莉ちゃんはわたしが初恋だったけれど、雨月涼奈にとってはそれは進藤湊。


 その関係性が、いつだってついて回るから凛莉ちゃんは憤っていたんだ。


 でも、本当はそれは違う。


 それは雨月涼奈彼女の話しであって、雪月真白わたしの話しじゃない。


 だから、本当はお互いに一緒なんだ。


「ちっ、違うよ凛莉ちゃん……わたし、本当にそんなんじゃなくて」


「いいよ、涼奈。バカなこと言ってるのはあたしだって自覚してるから」


「いや、本当に。わたし最初から進藤くんのことは好きじゃな――」


 その先をどう説明する?


 それは雨月涼奈の話しであって、雪月真白の話しではないとどう理解してもらう?


 転生した別の存在とでも言えば、信じてくれるだろうか。


 そうしたら今までのことも理解してもらえるだろうか。


「ごめん、意地悪だったね。涼奈は悪くないよ」


 凛莉ちゃんが優しくわたしの頭を撫でる。


 その手も声音も本当に優しいけれど、同時に苦しい。


 どう足掻いても雨月涼奈の存在がわたしに付き纏ってくる。


 わたしだけど、わたしじゃない存在が凛莉ちゃんとの関係を少しだけ歪にしていく。


 本当のことを言えば、本当のことを信じてもらえれば。


 この小さな違和感は消えて、わたしと凛莉ちゃんはもっと仲良くなれると思う。


「今の涼奈はあたしだけって分かってるから。それで満足しなきゃいけないのにね。子どもなんだ、あたし」


 ……わたしだって最初から凛莉ちゃんだけなのに。


 それでも、その真実を告げる勇気が出ないのはわたしが雨月涼奈という存在に頼っているからなのかもしれない。

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